第17話③生きるための焼却
◇08月17日 12時台/町工場/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹
健一たちはアパートを出ると、権蔵が見つけた町工場へ向かった。
ガソリンスタンドからは少し離れているものの、発電機の音はここまで聞こえている。
感染者の大部分がそちらへ引き寄せられている今なら、周辺を移動する余地はまだあった。
工場の近くまで来ると、五人はすぐには中へ入らず、まず外から様子を窺った。
開口部の向こうに見える範囲だけでも、三体ほどの感染者が徘徊している。
権蔵が小声で言った。
『まず中を片付けるぞ』
なおみが刀を抜き、他の四人は入口付近から周囲を警戒する。
最も近い一体は、なおみへ背中を向けていた。
なおみは足音を抑えながら距離を詰め、気づかれる前に背後から仕留める。
倒れた身体が床へ当たった音に、少し離れていた二体目が反応した。
なおみへ顔を向け、そのまま近づいてくる。
『……気づかれた!』
隠れる意味がなくなったとなおみは判断し、間合いへ入ってきた二体目も刀で倒した。
残る一体も異変に気づき、今度は明らかに速度を上げて走ってくる。
なおみとの間にはまだ距離があった。
バシュッ――。
権蔵の空気銃が先に撃たれ、ペレット弾を受けた感染者はなおみへ届く前に倒れた。
健一たちは工場内を一通り確認した。
『他にはいないな』
達也が工場の中を見回す。
『で、爺さん。ここ使って何するつもりなんだ?』
権蔵は正面の大きなシャッターへ目を向けた。
『ガソリンスタンドに集まっとる連中を、ここへ全部誘い込む』
『全部って……百体近くいるんだぞ?』
『じゃからじゃ。一体ずつ撃っとったら、いつまで経っても終わらん』
権蔵は工場内を見回しながら続けた。
『正面のシャッターから感染者を中へ誘い込む。裏口と窓は先に全部塞いで、入った連中が外へ出られんようにする』
健一も意図を理解した。
『最後の感染者まで入ったら、正面のシャッターも閉めるってことですね』
『そうじゃ』
達也が眉を寄せた。
『でも、ガソスタにいる連中をどうやってここまで連れてくるんだ?』
健一も少し考えてから達也を見る。
『ドローンにスピーカーみたいなの付けて、音を出しながら誘導できないか?』
達也は持ってきたドローンへ目を向けた。
『小さいスピーカーくらいなら付けられるかもしれねぇな。重すぎる物は無理だけど』
『音に反応するなら、ドローンを追わせながらここまで引っ張ってこれるかもしれない』
『ほなやろか。ほんで失敗したら他の方法を考えればええしな』
作戦が決まると、五人は準備に取り掛かった。
まず感染者が別の場所から逃げ出さないよう、工場の裏口を施錠し、針金で鍵を固定する。
窓には工場内に残されていた金属棒を使い、プロパントーチで溶接して出入りできないよう封鎖していった。
準備を進めている途中で、健一は工場内に置かれていたドラム缶へ目を留めた。
中を確認すると、まだ液体が残っている。
『……まだ入ってる』
権蔵も近づいた。
冬場の暖房などに使っていたものなのか、中身は灯油だった。
『使えるな』
五人でドラム缶を工場の中心付近まで移動させる。
続いて権蔵が天井を見上げた。
『達也。ドローンは上から逃がせるか?』
達也も採光用の窓を確認する。
『あの採光窓が開けばいけると思う』
権蔵が空気銃を向ける。
バシュッ――。
直後、天井のガラスが割れた。
ガッシャーン!
破片が床へ散らばり、外の光がそこから差し込んでくる。
達也は開いた箇所を見上げて頷いた。
『おっけー。あそこなら抜けられる』
続いて権蔵が離れた場所から灯油に着火できるよう準備を進めた。
散弾銃の弾を3発取り出し、中の火薬を工場特有の金属製テーブルの上へ置く。
美樹はその様子を見て尋ねる。
『それを撃つの?』
『ああ。わしらが工場から離れた位置で狙う』
その後、火薬の近くには布に工業用消毒アルコールを浸したウエス(雑巾)を束にして配置しておく。
さらに権蔵は火薬から着火出来なかった場合に備え、近くの車から発煙筒を手に入れた。
『発煙筒? 何に使うの?』
『着火出来なかった時のために、これを窓から投げ込むんじゃ』
工場内で出来るすべての準備を整えると、正面の大型シャッターを大きく開けたあと、健一は灯油の入ったドラム缶を倒した。
これで工場には、感染者がまとまって入れる入口だけが残る。
五人はいったん正面シャッターから工場の外へ出た。
健一となおみはシャッター横の物陰へ移動した。
感染者の最後尾まで工場へ入ったことを確認してから、二人でシャッターを閉じる役目だった。
一方、達也は周囲を探し、音を出せるスピーカーを回収して戻ってきた。
『これなら使えそうだ』
スピーカーをドローンへ固定していると、美樹が横から覗き込む。
『落とさないでよ』
『俺を誰だと思ってんだよ』
なおみがすぐに返した。
『そう言う奴が一番落とすねん』
『縁起でもねぇこと言うな!』
達也は固定状態を何度も確認してから、ドローンを上昇させた。
やがてスピーカーから音楽が流れ始める。
人気の消えた街に、場違いなほど大きな音が響いた。
ガソリンスタンドの周囲に集まっていた感染者たちが、次々と反応する。
最初に一体が向きを変え、その後を別の感染者が追う。
やがて群れ全体が発電機ではなく、移動していく音楽の方へ進み始めた。
達也は感染者との距離を保ち、追いつかれない速度でドローンを町工場へ誘導する。
画面の中では、道路を埋めていた感染者たちが同じ方向へ流れていた。
走る個体もいる。
歩く個体もいる。
速度には差があったが、いずれも音を追っている。
達也はドローンを開いたシャッターの中へ入れた。
最初の感染者が工場へ飛び込む。
続いて二体、三体と入り、ほどなくして入口は感染者の群れで埋まった。
物陰に身を潜めていた健一となおみは、息を殺してその様子を見守った。
なおみが入口の向こうを確認する。
『……まだや。まだ後ろにおる』
『分かってる』
ここで焦ってシャッターを閉じれば、外に残った感染者が二人へ向かう。
二人は感染者の列が途切れるまで待った。
長く感じる時間だった。
やがて最後尾の感染者がシャッターを通過し、工場内へ消える。
その直後、達也の声が無線から響いた。
『今だ! シャッターを閉めろ!』
健一となおみは物陰から飛び出した。
二人で力を合わせ、開け放っていたシャッターを一気に閉じていく。
内部の感染者たちが異変に気づいた。
シャッターが閉じ切るのとほぼ同時に、内側から何体もの身体がぶつかり、激しい音が響く。
なおみが叫んだ。
『健一! 離れるで!』
『ああ!』
二人はその場から走って距離を取った。
工場内では達也のドローンが上昇し、権蔵が割っておいた天井の採光窓へ向かう。
達也は画面を見ながら機体を慎重に通した。
ドローンが割れた窓から外へ出る。
『抜けた!』
全員が工場から十分に離れた。
健一は無線を取る。
『権蔵さん! こっちは大丈夫だ!』
離れた位置で待機していた権蔵は、工場内部を狙える場所から空気銃を構えた。
健一たちはさらに距離を取る。
権蔵がゆっくり照準を合わせる。
バシュッ――。
ペレットが火薬に命中した直後、工場内から火の手が上がった。
炎は内部へ広がり、閉じ込められた感染者たちのうめき声が外まで響いてくる。
シャッターや窓の向こうから激しい物音が続いたが、封鎖された工場から抜け出してくる感染者はいなかった。
達也は燃え上がる建物を見つめた。
『……すげぇな』
誰も続かなかった。
アパートで権蔵が口にした言葉が、健一の頭にも残っていた。
感染者は死者ではない。
記憶や感情が残っている個体さえいるかもしれない。
それでも、自分たちへ襲いかかってくる以上、何もしなければこちらが死ぬ。
健一たちは燃え続ける町工場を背に、その場を離れた。
後方では黒煙が立ち上り、空へ昇り続けていた。




