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第17話②ちゃんと育てないとな

◇08月17日 11時台/研究所へ戻る車内/避難者たち


造園店と花屋を離れた避難者たちは、ほとんど言葉を交わさないまま研究所へ向かっていた。

車の荷台には、イチジクやミカンの苗木、ダイコンなどの種、園芸用の土や肥料が積まれている。

その隣には、首元を感染者に噛まれて命を落とした仲間の遺体が横たわっていた。

行きには、苗や種を見つけるたびに『これだけあれば少しは始められる』と話していた。

備蓄を食べ尽くす前に自分たちで食料を作らなければならないと、皆が同じ目的を持っていた。


だが今は、誰も荷台の苗木を見ようとしなかった。

しばらく沈黙が続いたあと、一人が窓の外を見たまま呟いた。


『……あいつも、一緒に育てるはずだったんだけどな』


返事はなかった。

つい数時間前まで同じ店内を歩き、苗を選び、車へ運んでいた。

それが一体の感染者に襲われただけで、もう帰ってこない。

やがて別の避難者が荷台へ視線を向けた。


『……ちゃんと育てないとな』


『ああ……』


仲間一人の命と引き換えに持ち帰ったものとしては、あまりにも小さな収穫だった。

それでも、この苗や種を無駄にするわけにはいかない。

備蓄だけに頼っていれば、いつか必ず食料は尽きる。

研究所へ到着すると、避難者たちは最初に仲間の遺体を車から降ろした。

それからイチジクやミカンの苗木、ダイコンなどの種、園芸用品を一つずつ静かに運び込んでいく。


誰も作業を急かさなかった。

悲しむ時間さえ十分には取れない。

それでも、生き残った者たちは持ち帰ったものを未来へ繋げなければならなかった。





◇08月17日 11時台/研究所/研究者、自衛隊員

同じ頃、研究所の門が開いた。

外へ出ていた二人の自衛隊員が戻ってくる。

彼らが持ってきたのは物資ではなかった。

午前中、研究員から確保できないか頼まれていた一人の生きた感染者だった。


両腕と両脚を厳重に拘束され、それでも身体を激しく捩りながら唸り声を上げ続けている。

拘束具が軋むたび、近くにいた避難者たちは本能的に距離を取った。

建物から研究員が出てくると、拘束された感染者の状態を確認した。


『ありがとう。隔離区画へ運んでちょうだい』


二人の自衛隊員は感染者を隔離区画へ運び、拘束をさらに厳重にした。

感染者は拘束された状態でも抵抗をやめず、腕や脚を固定する拘束具を何度も引っ張っている。

その様子を見ていた自衛隊員が、険しい表情で研究員へ尋ねた。


『……こんな事をして何になる? 本当に治療が出来るのか?』


研究員は感染者から目を離さず答えた。


挿絵(By みてみん)


『可能性は限りなく0ね』


自衛隊員の眉間に皺が寄る。


『なら、なんでこんな事を!』


研究員はそこで初めて自衛隊員を見た。


『私に諦めてほしい? もう出来ませんと言って、研究をやめて物資の補給に行きましょうか?』


『それは……』


自衛隊員は言葉に詰まった。

研究員は再び拘束された感染者へ視線を戻す。


『可能性が0じゃないなら、最後まで諦めずにやるだけよ。それこそが今の私達の生きる希望なのだから』


自衛隊員はそれ以上、何も言い返せなかった。

拘束された感染者は今も激しく身体を動かしている。

研究員は感染者の状態を確認した。

しかし研究所はまだ停電している。麻酔機器や各種研究設備を十分に使うことはできない。


詳細な調査と生体解剖は、電力が復旧してから行うことになった。

それまでは感染者を厳重に拘束したまま、隔離区画で監視する。


研究員は拘束された感染者を見つめた。

調べたいことはいくらでもある。

それでも今は、電気が戻るのを待つしかなかった。





◇08月17日 11時台/アパートの三階/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹


アパート三階では、権蔵と交代した美樹が窓際へ座り、ガソリンスタンドに集まっている感染者へ空気銃を向けていた。

距離は約四十メートル。

美樹は照準を合わせ、呼吸を整えてから引き金を引いた。


バシュッ――。


一体が倒れる。

すぐに次を撃とうとはせず、空気を充填し直してから改めて狙いを定めた。


二発目も命中した。

それまで欠かさず練習を続けてきた成果なのか、それとも元々適性があったのか。

権蔵ほどではないものの、美樹も四十メートルほどの距離なら安定して感染者へ当てられるようになっていた。


達也が横から様子を見ながら言った。


『……お前、普通に当てるようになったな』


『練習してるから』


『最初の頃と全然違うじゃねぇか』


美樹はスコープから目を離さない。


『うるさい。集中できない』


再び引き金を引くと、別の感染者が倒れた。

空気銃は、この状況では相性が良かった。

発射音が小さく、離れた場所から攻撃できる。

しかもペレット弾は比較的多く確保できており、権蔵は以前から五百発入りを十缶まとめて購入していた。

今後、銃砲店などを探せば追加の弾を確保できる可能性もある。


問題は、いくら倒しても終わらないことだった。

美樹が狙撃を続ける横で、なおみは双眼鏡を使って周囲の道路を監視していた。

しばらくして、その表情が曇る。


『……また来たで』


健一が窓際へ寄った。


『どこだ?』


『向こうの道。五体』


双眼鏡の先では、発電機の音に引き寄せられた感染者たちがガソリンスタンドへ向かっていた。

美樹は銃口を下げずに言う。


『せっかく減らしてるのに……』


それから数分も経たないうちに、なおみが別方向へ双眼鏡を向けた。


『次、奥側の細い道から二体歩いて来たで』


達也が顔をしかめる。


『またかよ……』


権蔵と美樹が何体倒しても、その分だけ周囲から新しい感染者が入り込んでくる。

達也はガソリンスタンド周辺を見ながら尋ねた。


『これ、何体倒した?』


『かなり減らしたはずなんだけどな……』


健一も数え切れなくなっていた。

なおみが双眼鏡を下ろす。


『減らした分、外から入ってきとる。これじゃいつまで経っても終わらへんで』


権蔵も窓際へ戻り、周辺の道路を確認した。

今いる感染者をすべて倒しても、発電機が動き続ける限り別の感染者が音を追ってやってくる。


『……これじゃ切りがない』


美樹が射撃を止めた。


『じゃあ、どうするの?』


権蔵はすぐには答えず、窓から周囲の建物を見渡した。

ガソリンスタンドから少し離れた場所に、小さな町工場がある。

ここからなら二百メートルほどだろう。

権蔵はしばらく工場を見つめた。

達也が声を掛ける。


『爺さん?』


『……あれを使おう』


健一も工場を見る。


『あの工場を?』


『ここで一体ずつ撃っとっても終わらん。だったら、まとめて片付ける方法を考えた方がええ』


全員の視線が、町工場へ集まった。





◇08月17日 12時台/研究所の畑/避難者たち


研究所では、戻ってきた避難者たちが休む間もなく作業を始めていた。

持ち帰れたのは、イチジクやミカンの苗木、ダイコンなどの種、それに園芸用の土や肥料だった。


仲間一人の命を失ってまで持ち帰ったものだった。

研究所の敷地内から農業に使えそうな場所を選び、土を耕して畝を作る。

ダイコンなどの種を植え、イチジクやミカンの苗木は日当たりと間隔を考えながら植える場所を決めていった。


作業の途中、一人が苗木を見ながら手を止めた。


『……あいつ、これ持って帰る時に言ってたよな』


別の避難者が土を掘る手を緩める。


『ちゃんと育てばって?』


『ああ……』


短い沈黙のあと、最初に話した男は再びスコップを土へ入れた。


『だったら……ちゃんと育てないとな』


水道がいつまで使えるか分からないため、近くの池から給水車で運んでいた水を使い、植えたばかりの苗や種へ少しずつ水を撒いていく。

一人の避難者が、濡れて色を変えていく土を見つめた。


『まだ俺達は生きている……。やれることをやらなければ……』


誰も返事はしなかったが、作業を止める者もいなかった。

今日植えたものが、本当に食料になるまで育つ保証はない。

収穫を見る前に、自分たちが死ぬ可能性さえある。


それでも備蓄を食べ続けるだけでは、いつか必ず終わる。

仲間を一人失ったその日に、研究所では未来の食料を作るための最初の畑が作られ始めていた。

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