第16話①非常用給油機のパスワード
◇08月17日 07時台/研究所/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹
朝食を終えると、健一たちは非常用給油機のあるガソリンスタンドへ向かう準備を始めた。
研究所の発電機は昨夜、燃料切れで完全に停止している。今日ガソリンを持ち帰れなければ、照明だけでなく研究設備も動かせないままだ。
権蔵はプレチャージ式空気銃の状態を確認し、散弾銃も手に取って装填状態と残っているスラッグ弾を確認した。
昨日までの戦闘でスラッグ弾一発を使用しており、残りは二十一発。
散弾も含め、今後いつ補充できるか分からない以上、無駄にはできない。
近くでは美樹も空気銃を点検し、持ち出すペレット弾を確認している。
達也はドローンの電源を入れ、映像が正常に送られてくることを確かめた。
画面を見ながら機体を軽く動かし、バッテリー残量にも問題がないことを確認する。
『これも最近出番増えたよな』
『近づく前に周囲を確認できるからすごく助かる』
『ガソスタなんて音出したら絶対寄ってくるで。先に見れる範囲は見といた方がええな』
今回の目的は、感染者を倒すことではない。
停電している給油設備を動かし、大量のガソリンを確保して研究所まで持ち帰ることだ。
その作業にどれほど時間が掛かるのか分からない以上、最初から周囲の状況を把握しておく必要がある。
健一は昨夜まで読んでいた『発電機の使い方』をもう一度開いた。
始動前の確認事項、電力を供給する際の注意点、接続先との容量の確認。
普段なら読み飛ばしていたような箇所も、今日は実際に使う可能性があるため、一つずつ目を通していく。
研究所の外では、借りることになった小型トラックへの積み込みが進んでいた。
荷台には山小屋から持ってきた予備の発電機を載せ、その横へ空の二百リットルドラム缶を三本、さらに二十リットルの携帯缶を五本積む。
すべて満タンにできれば、相当な量になる。
物資管理おじさんも片手で扱える物を運びながら、積み忘れがないか確認していた。
『ドラム缶三本。携帯缶五本。発電機も積んだ。あとは現地で使う道具だな』
健一は『発電機の使い方』を持ち上げる。
『これも持っていきます』
『本だけ読んで動けば苦労せんのだけどな』
達也が言うと、健一は苦笑した。
『何も知らないよりはいいだろ』
権蔵は最後に散弾銃を肩へ掛け、全員を見回した。
『燃料を取りに行くだけとは思わん方がええ』
昨日までに経験したことを考えれば、その言葉を軽く受け取る者はいなかった。
停電した街では、発電機の音は想像以上に周囲へ響く。
給油を始めてから感染者が集まってくる可能性は十分にある。
『ああ。給油機を動かすまで時間が掛かるかもしれない。周囲の警戒を頼みます』
準備が整うと、健一、権蔵、達也、なおみ、美樹の五人は小型トラックへ乗り込んだ。
電気が止まった研究所を後にし、五人を乗せたトラックは、非常用給油機のあるガソリンスタンドへ向けて走り出した。
◇08月17日 09時台/ガソリンスタンド/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹
ガソリンスタンドが見えるところまで来ると、健一たちはすぐには敷地へ入らなかった。
安全な所でトラックを停止させ、達也がドローンを飛ばし、まず上空から周囲を確認する。
敷地内には数体の感染者が徘徊していたものの、周辺の道路や建物の外周にも、今のところ大きな集団は見当たらない。
達也は映像を拡大しながら言った。
『今ならいけそうだな』
健一も画面を確認する。
少なくとも、到着した時点で囲まれる状況ではない。
『長居はしたくない。始めよう』
敷地内にいた数体の感染者を、権蔵と美樹が空気銃で一体ずつ処理する。
周囲に新たな感染者がいないことを確認してから、健一たちは研究員から聞いていた非常用給油機を探し始めた。
『一台だけ非常用になってるって話だったよな』
健一は給油機を一台ずつ確認していく。
達也も反対側から表示や接続部分を見て回った。
権蔵となおみは周辺を警戒し、美樹も空気銃を持って敷地の外や道路へ注意を向けている。
しばらく探したところで、健一が一台の給油機の側面にある接続口へ目を留めた。
『これじゃないか?』
達也も近づいて確認する。
『発電機つなげるようになってんな』
健一は持参した『発電機の使い方』を開き、給油機側の表示と見比べた。
非常時には、ここへ外部の発電機を直接接続して給油機を動かす仕組みらしい。
場所を確認すると、健一はトラックをその給油機の近くまで移動させた。
健一と達也が協力して荷台から発電機を降ろす。
いきなり始動させず、二人は給油機側の接続口と発電機の出力をもう一度確認した。
間違った接続で給油機を壊してしまえば、地下にどれだけガソリンが残っていても意味がない。
『……よし。やってみよう』
達也が発電機を支え、健一が手順を確認しながら接続する。
接続に問題がないことを確かめてから、健一が発電機の始動操作を行った。
数度試すと、エンジンが掛かった。
ブォォォォン――。
途端に、それまで静まり返っていたガソリンスタンド一帯へ大きな駆動音が響いた。
車の往来もなく、人の話し声も消えた街では、以前なら生活音に紛れていたはずの音が異様なほど大きく感じられる。
達也が周囲を見回した。
『……これ、結構遠くまで聞こえてんじゃねぇか?』
なおみは刀へ手を掛けたまま、道路の向こうを警戒している。
『せやから言うたやろ。こんだけ静かやったら、そら寄ってくるで』
健一も発電機を見ながら頷いた。
『急ごう。動かしてる時間が長いほど危険になる』
すぐに給油機が反応したわけではなかった。
発電機が正常に動いていることを確認しながら待っていると、やがて止まっていた給油機の画面に明かりが戻った。
達也が声を上げる。
『おお! 動いた!』
『よし……!』
健一も思わず拳を握る。
これで地下タンクからガソリンを取り出せる。
そう思った直後、画面が切り替わった。
そこに表示された文字を見て、五人の動きが止まる。
【パスワードを入力してください】
達也が画面を睨んだ。
『……ファック』
美樹が横から覗き込む。
『何それ』
『俺らを歓迎してないみたいだな』
達也は操作部へ手を伸ばし、とりあえず思いついた数字を入力した。
《0000》
【ERROR】
『だめか……』
続いて、
《1111》
【ERROR】
『これも違う……』
少し考えたあと、今度は六桁の数字を入力する。
《114514》
【ERROR】
達也は首を傾げた。
『さすがにこれは違うよなぁ』
『当たり前でしょ』
美樹が呆れた声を出す。
発電機の音は、その間も止まらない。
パスワードが分からなければ給油できない。
しかし考えている間にも、騒音は静かな街へ広がり続けている。
健一は店内へ目を向けた。
『中を探そう。マニュアルか何かに書いてあるかもしれない』
全員でいつまでも給油機の前に立っている時間はなかった。
権蔵となおみが周囲への警戒を続ける中、健一たちはパスワードの手掛かりを探すため店内へ向かった。




