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第15話⑤暗い朝

◇08月17日 01時台/研究所の外/達也


研究所が静まり返った深夜、達也は眠れないままベッドを抜け出した。

停電した廊下は真っ暗で、手にしたランタンの明かりだけが足元を照らしている。

物音を立てないよう建物の外へ出ると、夜気を吸い込みながらタバコを取り出し、火をつけた。


赤く灯った先端を眺めながら煙を吸い込む。

研究所の周囲にはフェンスがあり、自衛隊員も警戒している。

山小屋より守りは固いはずなのに、達也の頭は妙に冴えていた。


ここ数日の出来事が多すぎた。


父娘を襲っていた般若の刺青男。

娘を人質にして逃げようとした男を、美樹は最後に散弾銃で撃ち殺した。


その日の夜には、街全体から明かりが消えた。

それまで当たり前のように灯っていた街灯や建物の光が、一斉に失われた瞬間を今でも覚えている。


罠に掛かった感染者が、自分の足を傷つけながら拘束を破ったこともあった。

人間なら痛みで動けなくなるような傷を負っても、あいつらは止まらなかった。


そして山小屋へ戻れば、今度は人間が唯と夏帆を襲っていた。

その男たちの腕にある炎の刺青を見た途端、美樹は再び別人のようになった。

空気銃で撃ち、ナイフで何度も刺し、もう一人にはガソリンを浴びせて火をつけた。


達也は煙を吐きながら眉を寄せる。

美樹がただ短気だから、という話ではなかった。

般若の刺青男を撃った時も、炎の刺青を見た時も、普段とは明らかに違っていた。


何か理由がある。

そう思っても、本人が話さない以上、達也にも分からなかった。


さらにその後、自分まで感染者に耳を噛み千切られた。

あの瞬間、自分も終わったと思った。


感染者に噛まれた人間は感染する。

それを疑いもしなかったから、研究所へ向かう途中では、どうせ自分も感染者になるのなら多少噛まれても同じだとさえ考えていた。


なおみも同じだった。

結果、二人とも余計な傷を増やした。

それなのに、ようやく辿り着いた研究所で聞かされたのは、想像していたものとはまるで違う話だった。


自分たちのような特殊赤血球保有者は、感染者に噛まれたからといってFMウイルスへ感染するわけではない。

達也は耳に残る痛みを意識しながら、苦笑した。


『……数日で色々ありすぎだろ』


少し前まで、自分たちは山小屋で七人だけの生活をしていた。

それが今は、知らない避難者や研究員、自衛隊員と同じ建物で眠っている。

感染者についても、噛まれれば終わりだと思っていた頃とは知っていることがまるで違う。


けれど、知識が増えたからといって状況が良くなったわけではなかった。

研究所の電気は止まっている。


朝になれば、ガソリンを取りに行かなければならない。

その先で何が起きるのかも分からない。

達也は短くなったタバコを最後に一度吸うと、確実に火を消した。


『まあ……考えててもしゃあねぇか』


眠れるかどうかは分からないが、明日も動かなければならない。

達也はランタンを手に研究所へ戻り、暗い廊下を自分の部屋へ向かった。





◇08月17日 07時台/研究所の食堂/健一、唯、夏帆、権蔵、達也、なおみ、美樹

翌朝。


食堂には外から入る朝の光とランタンがあるだけで、研究員や避難者たちは薄暗い中で朝食を取っていた。

発電機を動かすガソリンはもうない。


ガソリンがなければ、研究設備だけでなく、研究所で使っている電力そのものを復旧できない。

健一たちも朝食を取りながら、昨日教えられた非常用ガソリンスタンドへ向かう準備について話していた。


必要なのは、山小屋から持ってきた予備の発電機と『発電機の使い方』の本、それに燃料を運ぶための容器だった。

現地で非常用給油機を確認し、発電機から電力を送って動かす。

それが今日の目的になる。

健一は昨夜読んだ内容を頭の中で整理しながら食事を進めていたが、向かいに座る唯の様子に気づいて手を止めた。


ほとんど食べていない。

昨日の夕食でも食欲は落ちていたが、今日はさらに酷かった。


『唯』


呼ばれて、唯がゆっくり顔を上げる。


『身体、まだ痛いのか?』


『……うん。でも大丈夫』


そう答えたものの、顔色は良くなかった。

少し姿勢を変えるだけでも身体の節々が痛むのか、わずかに顔をしかめている。


夏帆も隣から様子を見ていた。

昨夜から続いていた痛みは、休んでも軽くなるどころか強くなっている。


朝食もほとんど口にできていない。

健一は心配そうに眉を寄せた。


『今日は俺も残った方が――』


『大丈夫だから、お兄ちゃんは行ってきて』


唯は無理に笑ってみせた。


『でも』


『研究所の電気、直さないといけないんでしょ? 夏帆さんもいるし、本当に大丈夫だから』


健一はすぐには頷けなかった。

唯は昔から身体が弱い。

薬も必要としている。

それだけに、単なる疲れだと簡単に考えることはできなかった。


そんな兄妹の足元を、嵯峨が何度も行ったり来たりしていた。

いつものように食堂の隅で大人しくしているのではなく、唯の近くまで来て顔を見上げ、少し離れてはまた戻ってくる。


美樹がその様子に気づく。


『嵯峨、どうしたの?』


呼ばれても、嵯峨は美樹の方へ来なかった。

食堂の中を落ち着かなさそうに歩き、何度も唯のそばへ戻っては、その顔を見上げている。


挿絵(By みてみん)


唯が手を伸ばして頭を撫でた。


『大丈夫だよ、嵯峨』


嵯峨はその手の匂いを嗅ぎ、じっと唯の顔を見上げた。

夏帆もその様子を見ながら、唯の状態への不安を強くした。

それでも今は、研究所の電力を取り戻すことも急がなければならない。

朝食を終えると、健一たちは非常用ガソリンスタンドへ向かうため、発電機や必要な装備を確認し始めた。

挿絵(By みてみん)

■唯のサバイバルメモ

・今日のテーマ:停電したガソリンスタンド


皆さんこんにちは。唯です。

今回のお題は『停電したガソリンスタンド』についてです。


お兄ちゃんたちは発電機を使って、停電したガソリンスタンドの給油機を動かそうとしてますね。

ガソリンスタンドでは、地下にある大きなタンクへ燃料を貯めて、電動ポンプで汲み上げています。

だから停電すると、地下にガソリンが残っていても、給油機が動かない

なんてことが起こります。



◇停電しても使えるガソリンスタンド

日本には災害時でも燃料を供給できるように、自家発電設備などを備えた『住民拠点SS』があります。

さらに設備によっては、災害時に地下タンクから燃料を汲み上げるための手動ポンプが用意されていることもあります。

つまり、『電気がない=地下タンクのガソリンは全部使えない』とは限らないんですね。

お兄ちゃんたちが山小屋から予備の発電機を持ってきたのも、ちゃんと役に立ちそうです。



◇海外では地下タンクからガソリン泥棒!?

ちなみに海外では、タンクローリーが燃料を入れる地下タンクの注入口などから、ポンプを使って大量のガソリンを盗もうとした事件もあります。

車に大きなタンクまで積んで、何百ガロンも盗もうとした人までいるんだって。


……やることが派手です。


でも、絶対に真似しちゃ駄目です。

ガソリンそのものだけじゃなく、ガソリンの蒸気も非常に燃えやすいからです。

地下タンクから無理に燃料を抜こうとして、火災や爆発につながった事故もあります。

『燃料がある!』と分かっても、安全に取り出せる設備と知識があるかは別問題なんですね。


……ということで。

研究所に着いた時は、『ここなら少し安心できるのかな』って思ったんだけど……


今度は電気が消えちゃいました。


私もちょっと身体が痛いし、

嵯峨もなんだかずっと私のことを気にしてるみたい。

……どうしたんだろう?


まずはお兄ちゃんたちが無事にガソリンを持って帰ってきて、研究所の電気が戻ってくれるといいな。

『この先も気になる』『みんながどうなるのか見届けたい』って思ってもらえたら、評価やブックマークで応援してもらえると嬉しいです。



では今日はここまで。

またね。

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