↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/101

第15話④消えた明かり

◇08月16日 19時台/研究所の食堂/健一、唯、夏帆、権蔵、達也、なおみ、美樹


夕食の時間になると、健一たちは研究所の食堂へ集まった。

食堂には七人だけではなく、研究員や自衛隊員、ここで暮らしている避難者たちの姿もある。


配膳された食事を受け取り、それぞれが空いている席へ座っていく光景は、山小屋での生活に慣れていた健一たちには久しぶりのものだった。

美樹は席へ着いてからも、落ち着かない様子で周囲を見ていた。


近くの席では研究員同士が何かを話しながら食事をしており、少し離れた場所では自衛隊員が黙々と箸を動かしている。

他の避難者たちも思い思いの席へ座り、食堂には複数の会話が重なっていた。


『……なんか変な感じ』


美樹の言葉に、達也が顔を上げる。


『何が?』


『人がこんなにいるの。最近ずっと私達だけだったから』


唯も食堂を見回し、小さく頷いた。


『私も……。普通の食堂みたいですね』


以前なら、これくらいの人数が同じ場所で食事をしていることなど何とも思わなかったはずだ。

それが今では、人の話し声があちこちから聞こえるだけで懐かしく感じられる。


達也は食事を口へ運びながら、建物の外へ視線を向けた。


『フェンスで囲まれている。自衛隊もいる。飯もある。ここなら感染者が来ても山小屋より安心だな』


『そうじゃな。少なくとも今までより大勢で守れる』


健一も同じことを考えていた。

山小屋では七人ですべてをこなしていた。

誰かが探索へ出れば、残った者だけで拠点を守らなければならず、眠る時にも周囲への警戒を完全に解くことはできなかった。


ここには研究員も避難者もいて、外では自衛隊員が警備している。

建物もフェンスで囲まれ、研究設備や備蓄まで残っている。

数日前まで街を逃げ回っていたことを考えれば、ようやく安全な場所へ辿り着いたようにも感じられた。


そんな中、健一は隣にいる唯の様子に気づいた。

食事がほとんど減っていない。

いつもなら量が多ければゆっくりでも食べ進めるのに、今日は箸を持ったまま何度も手が止まっていた。


『唯、あんまり食ってないけど大丈夫か?』


唯は顔を上げ、心配させまいとするように笑った。


『ちょっと疲れただけ。大丈夫だよ』


『本当に?』


『うん』


健一はまだ気になっていたが、唯がそれ以上何も言わないため無理には聞かなかった。


一方、唯の隣に座っている夏帆は黙ってその様子を見ていた。

夕方に訴えていた全身の痛みが、まだ残っているのだろう。

食欲まで落ちていることは気になったが、大勢がいる食堂で詳しく聞くことはせず、食事が終わって部屋へ戻ってから改めて状態を確認しようと考えた。


食事を終えた者から席を立ち、それぞれ割り当てられた部屋へ戻っていく。

健一たちも食器を片づけると、研究所で迎える最初の夜を過ごすため部屋へ戻った。





◇08月16日 21時台/研究所の検査室/夏帆、研究員


夏帆は再検査を受けるため、研究員のいる検査室を訪れていた。

昼間に一度採血をしているため、腕にはまだ小さな痕が残っている。

研究員は採血に必要な器具を準備しながら言った。


『ごめんね、もう一度採血させてもらって』


『大丈夫です。それより、最初の検査で何かあったんですか?』


研究員の手が僅かに止まった。

夏帆は夕方からずっと、それが気になっていた。

達也の再検査には明確な理由があったが、自分については『確認したい』としか聞かされていない。


研究員は器具を並べ直しながら答えた。


『まだ何とも言えないの。だから、もう一度確認したくて』


それ以上の説明はなかった。

夏帆も、まだ結果が出ていないものを無理に聞き出しても仕方がないと考え、袖をまくろうとした。

その時、室内の照明が一瞬だけ弱くなった。


夏帆が天井を見る。


『……え?』


照明はすぐに元の明るさへ戻ったものの、研究員も手を止めていた。


数秒後、今度は完全に明かりが消えた。

同時に、それまで動いていた研究機器の作動音も次々に止まり、検査室は一気に暗闇へ包まれた。

廊下の方から、何人もの声が聞こえ始める。

研究員はすぐにフラッシュライトを取り出し、手元を照らしてから停止した機器を確認した。


『……止まった』


『停電ですか?』


『たぶん発電機の燃料が切れた』


研究所そのものには電気が来ていない。

街全体が停電してからは、施設内の電力を発電機だけで維持していた。


その燃料が、ついに尽きたらしい。

夏帆は暗くなった検査室を見回した。


『検査は?』


研究員は停止した機器を確認したあと、首を横に振る。


『この状態じゃ無理。今日は中止にするしかないね』


夏帆は自分の腕を見た。

何が確認されようとしていたのか分からないまま、再検査まで延期されることになった。

研究員は準備していた器具を片づける。


『燃料が手に入ったら、改めて検査させて』


『分かりました』


廊下へ出ると、研究員や自衛隊員がフラッシュライトを使って状況を確認していた。

つい少し前まで明るかった研究所は、照明を失っただけで全く違う場所に見える。

夏帆は自分のフラッシュライトを頼りに、唯の待つ部屋へ戻った。





◇08月16日 22時台/研究所の居室/唯、夏帆


研究所は明かりを失ったまま夜を迎えた。

廊下では研究員や自衛隊員がフラッシュライトを使い、最低限必要な対応を続けている。

わずか数時間前には大勢が食堂へ集まり、電灯の下で普通に食事をしていたにもかかわらず、停電しただけで建物全体が不気味なほど静かになっていた。


健一たちもそれぞれ割り当てられた部屋へ戻っている。

明日は何としてもガソリンを確保しなければならない。

研究所の電力が復旧しなければ、照明だけでなく研究設備まで使えず、夏帆の再検査も進められない。


唯と夏帆の部屋も暗く、フラッシュライトを消せば互いの姿さえほとんど見えなかった。

唯はすでにベッドへ横になっていた。

夏帆は自分の寝床へ入る前に、もう一度そばへ行く。


『痛み、まだある?』


暗闇の中から、少し間を置いて返事があった。


『……少し』


夕方より良くなったとは言わなかった。

夏帆は唯の声を聞きながら、昼間から続いている症状を頭の中で整理した。

疲労だけなら休めば軽くなる可能性もある。

しかし食欲まで落ち、全身の痛みが何時間も続いていることは気掛かりだった。


『何かあったらすぐ起こしてね』


『はい。おやすみなさい、夏帆さん』


『おやすみ』


夏帆も自分のベッドへ入り、暗い天井へ目を向けた。

隣のベッドで眠ろうとしている唯の身体の痛みが気になり、すぐには眠れなかった。

研究所内の明かりが消えたまま、静かに夜が更けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。