再会。
まだ手の中には、感染者を倒したばかりの嫌な感触が残っている。
柄を握る手は汗で湿り、呼吸も乱れていた。
それでも足を止めるわけにはいかない。
唯は昔から問題が起こると、その場で身を潜める癖があった。
だから健一は、唯がまだ病院のどこかに身を隠していると信じていた。
唯はこの病院のどこかで、自分を待っている。
二人は周囲を警戒しながら病院の敷地を進み、建物の脇を抜けて中庭へ足を踏み入れた。
中庭には誰の姿もない。
風が吹き抜け、木々の葉がかすかに揺れる。
その静けさの中で、健一は二階を見上げた。
窓ガラスの向こうに、一人の人影が立っていた。
『……』
女性は窓際へゆっくりと近づき、中庭を見下ろす。
その視線が健一を捉えた瞬間、動きが止まった。
目を大きく見開き、信じられないものを見るような表情になる。
『……お兄ちゃん』
かすれた声が、開け放たれた窓から漏れた。
健一の心臓が大きく脈打つ。
『唯!』
思わず名前を叫ぶ。
窓辺に立つ唯の瞳から涙があふれる。
その表情だけで、どれほど不安だったのか健一には伝わった。
兄は来ないかもしれない。
そう思いながらも、心のどこかで信じ続けていた。
そして今、その願いは現実になった。
唯は震える唇で、小さくつぶやく。
『本当に……来てくれた』
健一は大きく手を振った。
『当たり前だ! 約束しただろ!』
唯は何度もうなずく。
涙をぬぐう暇もなく、兄の姿を見つめ続けた。
その再会の喜びは、ほんの一瞬で断ち切られる。
バンッ!
突然、建物の奥から鈍い衝撃音が響いた。
唯の身体がびくりと震える。
バンッ!
もう一度。
今度は先ほどよりも大きな音だった。
唯ははっと振り返る。
音がしているのは、自分たちが身を潜めている非常用倉庫の扉だ。
外から何かが激しく叩きつけられている。
『お兄ちゃん、助けてッ!』
唯は窓から身を乗り出すように叫んだ。
『感染者が扉を破りそうなの!』
健一の表情から笑みが消える。
『権蔵さん!』
権蔵もすぐに状況を察した。
『急ぐぞ!』
その時、唯の隣にいた夏帆が窓辺へ駆け寄る。
『向こうの非常階段が近道よ!』
そう言って建物の外側にある非常階段を指さした。
『分かった!』
健一は薪割り斧を握り直し、権蔵とともに非常階段へ向かって駆け出した。
夏帆が指さした非常階段は建物の外側に設置されている。
そこを上れば、唯たちが閉じ込められている二階へ最短でたどり着けるはずだった。
バンッ!
バンッ!
病院の中から鈍い衝撃音が響く。
非常用倉庫の扉が、何度も叩かれている音だった。
健一の胸は締めつけられる。
『間に合ってくれ……!』
階段へ駆け寄ろうとした、その時。
赤く充血した目をした感染者が、ゆっくりと立ち塞がった。
扉をたたく音に引き付けられたのか建物の陰から感染者が一体、また一体とのろのろと姿を現した。
赤く充血した目。
血で汚れた衣服。
健一たちを見つけると、ゆっくりと腕を伸ばしながら近づいてくる。
『権蔵さん!』
『止まるな』
権蔵は剣ナタを構えたまま前へ出る。
感染者との距離はもう数歩しかない。
『道を開けるぞ!』
最初の一体が口を開き、健一へ飛びつこうとした。
健一は身体をひねってかわし、薪割り斧を横薙ぎに振る。
柄が感染者の身体にぶつかり、大きく体勢を崩した。
その隙を逃さず、権蔵の剣ナタが鋭く閃く。
鈍い音とともに感染者が崩れ落ちた。
さらにもう一体。
健一は深く息を吸い込み、今度は迷わなかった。
斧を大きく振り上げ、頭を狙って振り下ろす。
重い衝撃が腕へ伝わる。
感染者はその場へ崩れ落ち、動かなくなった。
『その調子じゃ!』
権蔵が叫ぶ。
二人は足を止めることなく非常階段へたどり着いた。
階段を駆け上がる足音が、病院に響く。
階段を上る最中にも扉を叩く音は鳴りやまない。
バンッ!
バンッ!
二人は階段を上り、二階の廊下へ続く扉を開け放った。




