第13話⑥終わったと思った
◇08月15日 19時台/研究所の門前/健一、達也、なおみ
研究所へ辿り着いた頃には、空が夕暮れの色に染まり始めていた。
健一は息を切らしながら門へ近づいたが、施設の入口は固く閉ざされている。
その向こうには人影があり、こちらに気づいた直後、ライフルを持った自衛隊員が銃口を向けた。
『止まれ! それ以上近づくな!』
健一たちは反射的に足を止めた。
なおみは噛まれた腕から血を流し、達也も耳へ当てた布を真っ赤に染めている。
それでも目の前から銃を向けられている以上、勝手に動くことはできなかった。
健一は両手を見える位置まで上げる。
『仲間が怪我をしている。助けてください!』
自衛隊員はすぐに門を開けなかった。
ライフルを構えたまま三人を確認し、低い声で命じる。
『その場から動くな!』
『分かりました! でも二人とも感染者に襲われて――』
『その前に確認するが、3人とも特殊赤血球の持ち主か?』
『はい。全員そうです。』
自衛隊員の視線がなおみへ向いた。
『その腕は噛まれたのか?』
なおみは傷を押さえながら答える。
『……せや。二回噛まれた』
『血液や体液を浴びたか?』
『戦ってる最中に血はついたかもしれへん。でも、口に入ったとかまでは分からん』
自衛隊員は続けて達也にも目を向けた。
『そっちは?』
達也が耳の布を押さえる。
『耳を噛み千切られた』
『発熱は? 意識が朦朧としたり、身体が思うように動かないような症状はあるか?』
なおみと達也は互いを見る。
『今んとこない』
『俺も。痛いだけだ』
健一は閉ざされた門を見ながら声を上げた。
『研究所からの無線を聞いて来たんです! 生存者に応答を求めてたでしょう!?』
自衛隊員の表情がわずかに変わった。
『無線を聞いたのか?』
『はい。岐阜環境保全、高度感染症研究センターって名乗っていた。昨日、街で受信しました』
自衛隊員はしばらく三人を見たあと、片手で無線を取り、研究所内の誰かと短いやり取りを始めた。
健一たちはその場で待つしかなかった。
なおみの腕からは今も血が滲み、達也の耳も完全には止血できていない。
二人とも立ってはいるが、ここまで走り続け、戦闘まで重ねた疲労が表情に出ていた。
やがて自衛隊員が無線を下ろした。
『受け入れる。ただし、こちらの指示には必ず従ってもらう』
門が開き始める。
健一が安堵しかけたところで、すぐに次の指示が飛んだ。
『武器を地面に置け。ゆっくりだ』
健一は薪割り斧を足元へ置いた。
達也もバールを下ろし、なおみは少し迷ったあと刀を鞘ごと地面へ置く。
三人が武器から離れると、自衛隊員が順番に身体の状態を確認した。
健一には目立った外傷はない。
達也となおみも負傷箇所以外に、今すぐ動けなくなるような異常は見られなかった。
自衛隊員は三人へ改めて告げる。
『中へ入れる。ただし自由に動くな。こちらの指示に従ってもらう。怪しい行動をすれば拘束する』
『分かりました』
今の健一たちに異論はなかった。
とにかく二人を診てもらいたい。
それが最優先だった。
門を通過すると、自衛隊員に付き添われたまま研究所の中へ案内される。
施設内には人がいた。
それだけでも、崩壊していく街から来た健一たちには奇妙な感覚だった。
だが周囲を自由に見て回ることは許されず、一般の居住区画へ向かうこともない。
三人が通されたのは、外部から来た生存者を確認するための一時隔離区画だった。
そこで待っていた研究員が、なおみの腕を見た途端に表情を変える。
『凄い出血じゃない。すぐに手当てをしないと』
研究員が治療の準備を始めようとすると、なおみは傷を差し出すより先に尋ねた。
『……感染は、するんですか?』
研究員の手が止まる。
達也もすぐに続けた。
『あとどれくらい人間でいられますか?』
研究員は一瞬、質問の意味が分からないような顔をした。
『え?』
達也は血の滲む耳を押さえたまま言う。
『感染者に噛まれたんですよ。俺も、なおみさんも』
なおみも研究員を見つめる。
ここまで二人を支配していた恐怖が、その目にはっきり浮かんでいた。
自分たちはもう感染しているのではないか。
いつ発症するのか。
あと何時間、人間のままでいられるのか。
研究員は二人の顔を交互に見たあと、あっさりと答えた。
『え? 噛まれたからといって感染するわけじゃないわよ?』
達也となおみは、同時に固まった。
健一も聞き間違えたのかと思った。
『……え?』
今度は三人の声が重なった。




