第13話③退路と群れ
◇08月15日 12時台/山小屋/健一、唯、夏帆、権蔵、達也、なおみ、美樹
午前中の作業を終え、全員が山小屋へ戻って昼食を取った。
偵察から帰ってきたなおみは、食事を始める前に周辺の状況を報告する。
『ひと通り見てきたけど、人の気配はなかったで。車も煙も見つからへんかった』
健一は少し安堵した。
『昨日の二人以外は、この辺には来てないみたいだな』
『今のところは、やけどな』
なおみはそう付け加えた。
痕跡が見つからなかっただけで、この先も誰も来ないとは限らない。
山小屋を壁で囲う方針は、やはり変える必要がなかった。
昼食を終えると、健一、達也、なおみの三人は出発の準備を始めた。
権蔵は昨日のこともあり山小屋へ残って夏帆に銃の扱い方を教える事にした。
午後の目的は、ホームセンターと研究所の偵察だった。
壁を造るなら大量の資材や工具が必要になる。
ホームセンターにはそれらが揃っている可能性が高いが、同時に、こうした状況では生存者が拠点として利用している可能性もある。
見知らぬ人間に対する警戒は、昨日までとは比べものにならないほど強くなっていた。
健一は薪割り斧を持ち、達也はバール、なおみは刀を装備する。双眼鏡とドローンも持っていくことにした。
『今日は中に入るのが目的じゃない』
健一は二人へ確認するように言った。
『まず遠くから見る。人がいるか、感染者がどれくらいいるかを確認して、安全そうなら近づく』
達也が頷く。
『研究所も同じだな』
『うん。昨日の通信が止まった理由も気になるけど、いきなり門まで行く必要はない』
なおみも荷物を車へ積みながら答えた。
『危なそうやったら、そのまま帰る。それでええな』
三人は方針を合わせてから山小屋を出発した。
◇08月15日 13時台/市街地の道路/健一、達也、なおみ
街へ近づくにつれ、道路には放置された車が増えていった。
地震直後に乗り捨てられたものだけでなく、道路脇へ無理に寄せたまま残されている車や、衝突した状態で止まっている車もある。
健一は運転しながら前方を見た。
『前より走りづらくなってんな』
『ああ……そうだな…』
達也は気のない返事をしつつ、携帯無線機の周波数を変えて拾える電波がないかチェックをしていた。
どこかで生存者同士が無線を使っていれば、その声を拾えるかもしれないと考えたからだ。
『電波を何も拾わねぇな…』
達也は無線を座席に置くと、道路の状況を確認する。
以前なら避けて通れた感染者も、今は走る個体が増えている。
停車して進路を確認するだけでも、周囲へ注意を払わなければならなかった。
三人は不用意に中心部へ入らず、まずホームセンター周辺の状況を確認できる場所を目指した。
その後は研究所も同じように遠方から偵察する予定だった。
どちらも、近づくのは安全を確認してから。
それが今日の絶対条件だった。
◇08月15日 16時台/ホームセンター手前の道路/健一、達也、なおみ
ホームセンターへ近づくにつれ、道路の様子が変わった。
大通りの先に、警察が設置したと思われるバリケードが残っている。
その周囲には何台もの車が放置され、一部は斜めに止まったまま道幅を塞いでいた。
健一は速度を落とし、通れそうな隙間を探したが、やがて完全に車を止めた。
『無理だな。ここから先、車じゃ入れねぇ』
達也も窓から前方を見る。
バリケードと放置車両が重なり、車一台が抜けられるだけの幅は残っていない。
政府が移動制限を出した際、警察が大通りを封鎖した痕跡なのだろう。
ホームセンターまでは、まだ少し距離がある。
なおみも周囲を確認してから言った。
『歩くしかないな』
三人は車を降りた。
双眼鏡とドローン、武器を持ち、徒歩で先へ進む。
その時、達也の無線機だけが車内に残されていた。
三人とも、それに気づかなかった。
しばらくして。
誰もいなくなった車内で、無線機から突然女性の声が響いた。
『誰か! 誰かいないの!?』
切羽詰まった声だった。
『誰か! 応答を! 来島さん、誰でもいい! 感染者に追い詰められて出られないの! 誰か!』
だが返事はない。
健一たちはすでに車から離れており、その声を聞く者はいなかった。
無線機だけが、空になった車内で女性の呼びかけを流し続けていた。
健一たちはバリケードの隙間を抜け、放置車両の間を歩いてホームセンターへ近づいた。
建物が見える位置まで来ると、それ以上は進まなかった。
まず達也がドローンを飛ばす。
上空から駐車場、建物の外周、裏手へ回り、周辺道路まで確認していく。
外を歩く感染者はほとんど見当たらず、生存者らしい人影もない。
『外は大丈夫そうだな』
ドローンを戻すと、今度は健一が双眼鏡を構えた。
離れた場所から入口や窓を順番に確認していく。
『……待ってくれ』
健一の声が変わった。
店内の棚の間に、人影が動いている。
一体。
その奥にも。
さらに別の通路にもいた。
達也も双眼鏡を受け取る。
『……かなりいるぞ』
窓や入口から見える範囲だけでも、複数の感染者が店内を徘徊している。
奥までは見通せない。
見えていない場所に何体いるのかも分からなかった。
『三人で入るのは無理だな』
なおみも即座に同意した。
『資材欲しさに突っ込む数ちゃうわ。今日は場所だけ確認して帰ろ』
偵察という目的は果たした。
ホームセンターに生存者らしい姿は見えず、内部には多数の感染者がいる。
少なくとも三人だけで侵入する場所ではない。
達也は双眼鏡を下ろした。
『じゃあ車まで戻って――』
遠くで突然、大きな音が鳴り響いた。
『プゥーッ! プゥーッ! プゥーッ!』
三人が同時に振り返る。
車の警報音だった。
『俺たちの車の方だ!』
健一が声を上げた。
遠くに停めてきた車へ、一体の感染者がぶつかったらしい。
警報は止まらない。
『プゥーッ! プゥーッ! プゥーッ!』
静かだった街へ、一定の間隔で大音量が響き続ける。
そして、その音に反応して周囲の感染者たちが動き始めた。
道路の向こうから。
路地の奥から。
周辺の建物の中からも。
いくつもの影が姿を現し、警報の鳴る方向へ向きを変える。
歩いている個体だけではない。
走り出す感染者が、明らかに増えていた。
健一は状況を見た瞬間に判断した。
『戻るぞ! 今すぐ車まで!』
三人は来た道を引き返した。
問題は、警報へ集まる感染者と自分たちの退路が同じ方向にあることだった。
■唯のサバイバルメモ
・今日のテーマ:無線
今回は無線のお話です!
お兄ちゃんたちも使ってる無線機。
離れた相手と話せるし、携帯電話の基地局が止まっても使えるから、こんな世界ではすごく大事な道具なんだけど……
まず最初に、すごく大切なことがあります。
◇そもそも持っていない
電源OK。
電池OK。
周波数OK。
でも本人が無線機を車に置いていきました。
……達也さん。
持って行こうね。
どんなに高性能な無線機でも、手元になかったらただの置物です。
これ、たぶん無線知識以前の問題です。
◇雨や霧より『地形』の方が大敵
無線って、雨の日や霧の日には届きにくくなりそうなイメージがありますよね。
でも、お兄ちゃんたちが使うようなVHFやUHFの無線では、普通の雨や霧よりも、
・山
・建物
・谷
・森
みたいなものの方が大きく影響することがあります。
特にVHFやUHFの電波は、基本的には見通しの良い場所ほど届きやすいんだって。
だから高い場所へ登ったり、障害物の少ない場所へ移動するだけで、急に通信できることもあります。
……高い場所ってすごい。
人間も電波も、見晴らしがいい方が好きなんだね。
◇ところが、天気によっては逆にものすごく遠くまで飛ぶ
ここからが面白いです。
上空に暖かい空気、その下に冷たい空気があるような『気温逆転』が起きると、大気中の電波の進み方が普段と変わることがあります。
条件によっては、VHFやUHFの電波が大気の層に閉じ込められるようにして、地表に沿って遠くまで進むことがあるんだって。
これを、『トロポダクト』と呼びます。
条件が良いと、普段なら絶対に届かないような何百kmも離れた場所の電波を受信することがあります。
つまり……『今日は誰も無線を使ってないな』と思ってたら、
『ザザッ……こちら○○……』
って、ものすごく遠くの知らない人の声が突然聞こえてくることもあるってこと?
……ちょっと怖いけど、ワクワクします。
◇もっと遠くと話す無線もある
お兄ちゃんたちが使っている無線だけが、無線じゃありません。
軍隊などでは、背負って持ち運べる大型の無線機もあります。
こういうものはよく、
『マンパック無線機』
と呼ばれます。
名前の通り、人が背負って運ぶ無線機です。
……重そう。
さらに『HF』と呼ばれる短波帯の無線では、電波を上空へ飛ばして、電離層の影響を利用して遠くへ届けることもできます。
VHFやUHFみたいに、
『山があるから届かない!』
という通信とは少し違って、
条件が良ければ数百km、場合によっては数千km先と通信できることもあります。
日本から外国と無線で話すことだってできます。
電話もインターネットも壊れた世界で、遠く離れた生存者の声が聞こえたら……
すごいですよね。
◇モールス信号もまだ生きてる
『ツー・トン・ツー・トン』
みたいなモールス信号って、昔の通信方法だと思ってませんか?
私も思ってました。
でもモールス通信、いわゆるCWは今でもアマチュア無線などで使われています。
音声よりも狭い帯域で通信できるので、条件が悪い時でも信号を拾えることがあります。
つまり、『声は聞こえないけど、トンツーなら届いた!』なんてこともあるわけです。
……覚えておいたら、世界が滅んだ時に役立つかも。
いや。滅びないでください。
◇軍用無線を拾ったら、自衛隊と話せる?
じゃあ街で軍用無線機を見つけたら、
『これで自衛隊と話せる!』
……とは限りません。
軍用通信では、通信内容を暗号化したり、使う周波数をものすごい速さで切り替えながら通信する『周波数ホッピング』のような技術が使われることがあります。
だから無線機そのものを手に入れても、
『何を話しているのか分からない』
『そもそも通信に参加できない』
なんてことがあります。
無線機を拾っただけで軍の通信網へ入れるほど、簡単じゃないんですね。
◇無線は『聞かれている』かもしれない
ここで、ちょっと歴史のお話。
第二次世界大戦中、アメリカ軍は日本軍の暗号通信に出てくる
『AF』という場所が、ミッドウェー島を意味しているのではないかと考えていました。
でも確証がありません。
そこでミッドウェー島から、『真水が不足している』という内容の通信をわざと流しました。
すると、その後に傍受した日本軍の通信で、『AFで水不足』という内容が確認されました。
アメリカ軍からすると、『ミッドウェーは水不足です!』
↓
日本軍『AFは水不足らしい』
↓
アメリカ軍『はい。AF=ミッドウェー確定』
……みたいなことです。
無線って、相手と会話するだけじゃないんですね。
誰が、何を、いつ話したのか。
それだけでも、大事な情報になることがあります。
◇だからサバイバル中の無線は気をつけよう
もし無線を使っているのが味方だけとは限らない世界になったら、
『私たちは○○町の○○にいます!』
『食料がいっぱいあります!』
『ここには七人しかいません!』
なんて普通に喋るのは、かなり危ないかもしれません。
知らない誰かが聞いている可能性があるからです。
無線は便利だけど、
聞きたい相手だけに聞こえているとは限らない。
これは覚えておいた方がよさそうです。
……というわけで達也さん。
無線機はちゃんと持って行ってください。
まずそこからです。
では今日はここまで!
またね!




