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第13話②守る場所を決める

◇08月15日 00時台/山小屋/美樹


温泉から戻った四人が寝支度を終えると、山小屋の明かりも消された。

疲れていたこともあり、皆はほどなく眠りについたが、美樹だけはなかなか寝つけなかった。


目を閉じて横になっても眠気が訪れず、何度か身体の向きを変える。

そのたびに周囲から聞こえる静かな寝息が、妙に耳についた。


やがて眠れないことを諦めるように目を開け、美樹は暗い天井をしばらく見つめた。

何かを考えようとしているわけでもない。


ただ胸の奥に落ち着かない感覚だけが残っていて、身体が休もうとしてくれなかった。

それでもいつの間にか浅い眠りへ落ち、山小屋には静かな夜が戻った。




◇08月15日 06時台/山小屋前/美樹、嵯峨


美樹は目を覚ますなり、苛立ったように眉を寄せた。

ほとんど休めた気がしない。

寝床から身体を起こし、まだ眠っている皆を起こさないよう外へ出ると、嵯峨が気配に気づいて近づいてきた。


『おはよ……』


いつもより低い声で言いながら餌を用意する。

嵯峨が食べ終えるのを待つ間、美樹は顔を洗い、それから訓練を始めた。

まず『待て』と『進め』のハンドサインを短く確認する。

美樹が手を上げると嵯峨はその場で止まり、続いて進む合図を出せば歩き始めた。


『そう。それでいい』


頭を撫でると、嵯峨の尻尾が動いた。

美樹はそこで、昨日の本屋で手に入れた付録の犬笛を取り出した。


山中の家から持ち帰った謎の笛も犬笛だったことが分かり、嵯峨が犬笛の合図を知っている可能性が出てきた。

美樹は少し離れた嵯峨を確認すると、新品の犬笛を口にくわえ、短く一度吹いてみた。

嵯峨はすぐに顔を上げると、美樹の方へ歩いてきた。


『……来た』


近くまで来た嵯峨の頭を撫でると、尻尾が嬉しそうに動いた。


『山中さん、これで嵯峨を呼んでたのかな』


美樹は少し距離を変えながら何度か同じ一吹きを試し、嵯峨が戻ってくることを確認して訓練を切り上げた。




◇08月15日 08時台/山小屋/健一、唯、夏帆、権蔵、達也、なおみ、美樹


全員が起きると、いつも通り朝食になった。

昨日の出来事を引きずっている者は多かったが、今日はやることが決まっている。


夏帆は権蔵から空気銃を教わる。


健一たちは山小屋の周囲へ造る壁の範囲を決め、必要な資材を考える。


なおみは、昨日の二人以外にも周辺へ人が入り込んでいないか偵察に出る予定だった。


朝食を終えると、それぞれ準備に移った。





◇08月15日 09時台/山小屋前/権蔵、夏帆


権蔵は山小屋の外へ二丁の空気銃を用意していた。

一丁は美樹が普段使っているもの。


もう一丁は、今日の訓練で夏帆が使う。

夏帆は腫れの残る顔で銃を受け取ると、権蔵の説明を真剣に聞いた。

まず教わったのは撃ち方ではなく、取り扱いだった。


銃口を人へ向けないこと。

撃つつもりがない時には引き金へ指を掛けないこと。

装填状態を確認し、自分の思い込みだけで安全だと決めつけないこと。


権蔵は一つずつ確認させてから、ようやく構え方へ進んだ。


『最初から当てようとせんでええ。まず安全に扱えるようになる方が先じゃ』


『分かったわ』


夏帆は教えられた姿勢を真似し、銃を構える。

初めて扱うため動きにはまだ硬さがあったが、昨日のこともあってか集中は切れなかった。


その隣では、美樹がいつもの射撃練習をしていた。

すでに基本的な構えや照準については何度も習っているため、権蔵はそこを繰り返さず、今日はもう一段先のことを教える。


挿絵(By みてみん)


『弾は真っ直ぐ飛び続けるわけじゃない。距離だけ見とればええわけでもないぞ』


権蔵は周囲の草や木の枝を指した。


『風を見るんじゃ。近くが動いとらんでも、向こうの草が揺れとることもある』


美樹は標的だけでなく、その周囲を見る。

これまで狙撃前に人や感染者がいないか確認する癖はついてきたが、今度は風まで情報として見る必要がある。


さらに権蔵は、平地だけでなく高い場所から撃ち下ろす場合や、斜面の上へ撃ち上げる場合の狙い方についても説明した。

美樹は何発か撃ちながら違いを確かめる。


『思ったより考えること多いね』


『遠くを狙うほど、ごまかしが利かんからの』


続いて権蔵は二種類の空気銃にも触れた。


『わしのプレチャージ式は二百気圧ほどある。こっちのポンプ式は五十から六十気圧程度じゃ。同じ空気銃でも威力は違う』


夏帆が手にしている銃を見る。


『じゃあ、同じように当たっても結果が違うのね』


『そういうことじゃ。自分の銃がどこまで使えるか分からんまま撃つのが一番危ない』


美樹も頷いた。

空気銃という名前が同じでも、すべて同じ性能ではない。

夏帆はまず安全な取り扱いと基本動作を覚え、美樹は風や高低差を意識した射撃を続けた。


同じ頃、なおみはバイクで山小屋周辺を巡回していた。

昨日の炎の刺青を入れた二人が、偶然この地域へ来ただけとは限らない。

ほかにも人が入り込んでいる可能性を考え、山道や川沿い、人が車を停められそうな場所を中心に確認していく。


ただし、今回は深追いしないと最初から決めていた。

何か見つけても一人で確かめに行かず、すぐ無線で健一たちへ知らせて撤退する。

昨日までとは、人間に対する警戒の仕方そのものが変わっていた。


なおみは速度を抑え、タイヤ跡や人が歩いた痕跡、煙などがないか注意しながら巡回を続けた。

山小屋では、健一、達也、唯の三人が周囲を見ながら壁の位置を考えていた。


『小屋のすぐ近くだけ囲っても、狭すぎるよな』


健一が言うと、達也も頷く。


『車を中へ入れられないと面倒だろ。出入り口も作らなきゃいけないし』


壁を造ると言っても、ただ山小屋の四方へ木を並べれば済む話ではない。

車両を置く場所、井戸への動線、倉庫への出入りを確保しながら、どこまで囲うのかを決める必要がある。


唯も無理のない範囲で二人について歩き、位置を確認した。

健一は地上から見るだけでは分かりにくいと判断し、達也にドローンを飛ばしてもらう。


上空から映した山小屋周辺の映像を三人で確認すると、斜面や木々の位置、比較的平らな場所が一度に把握できた。

達也が画面を指す。


『ここまで囲うなら結構な長さになるぞ』


『うん。だから先に必要な量を出したい。資材を集めてから足りないってなるのは困る』


健一は映像と実際の地形を見比べながら、壁を通す候補を決めていった。

唯も画面を覗き込む。


『入口は一つだけにするの?』


『普段使うところは絞った方が守りやすいと思う。でも、逃げ道までなくすのは危ないから、その辺も考えないとな』


まだ壁そのものを造る段階ではない。

まず、どこを守るのか。


そのために何がどれだけ必要なのか。

三人はドローンの映像を使いながら、山小屋周辺の地形を改めて確認していった。

挿絵(By みてみん)

■唯のサバイバルメモ

・今日のテーマ:プレチャージ式空気銃


皆さんこんにちは。唯です。

今回のお題は『プレチャージ式空気銃』についてです。


権蔵さんが使っている空気銃は『プレチャージ式』と呼ばれるタイプです。

英語では『PCP(Pre-Charged Pneumatic)』。

簡単に言うと、銃についているタンクへあらかじめ高圧の空気を貯めておいて、その空気を少しずつ使って弾を発射する空気銃です。

美樹さんが使っているポンプ式は、撃つ前に何度もポンプして空気を圧縮します。

でもプレチャージ式は最初にたくさんの空気を貯めておくので、撃つたびにポンプする必要がありません。

権蔵さんの銃には、約200気圧もの空気が入っています。

……200気圧。

なんか数字だけでも怖いですね。



◇どうやって200気圧も入れるの?

方法はいくつかあります。

一つは『高圧手動ポンプ』。

見た目は大きな自転車用空気入れみたいですが、PCP空気銃専用のものなら200気圧を超える圧力まで空気を入れることができます。

電気がなくても使えるのが大きな利点です。

ただし圧力が高くなるほどポンプは重くなって、かなりの体力仕事。

ポンプ自体も熱くなるので、ずっと連続して使うものではないんだって。



◇高圧空気ボンベから入れる

もう一つが、権蔵さんたちも持っている充填用の高圧空気ボンベ。

大きなボンベの中へあらかじめ高圧の空気を貯めておいて、そこから銃のタンクへ空気を移します。

これなら現場で何百回もポンプしなくて済むので楽ですね。

ただし、このボンベ自体が空気を作ってくれるわけではありません。

ボンベの空気を使い切ったら、またどこかで補充しないといけません。

それに何度も銃へ充填しているとボンベ側の圧力も下がるので、最後までずっと200気圧で満タンにできるわけでもありません。



◇高圧コンプレッサー

そこで使われるのがPCP用の高圧コンプレッサーです。

電気の力で空気を圧縮して、銃へ直接充填したり、高圧空気ボンベへ貯めたりできます。

専用のものでは300bar、約300気圧まで充填できる機械もあります。

もちろん、車のタイヤに空気を入れる普通のコンプレッサーでは全然足りません。

プレチャージ式って、弾を撃つ前から結構すごい機械を使ってるんですね。



◇空気なら何でもいいわけじゃない

それと大事なのが、銃へ入れるのは乾燥した圧縮空気。

高圧にした空気へ水分が混ざると、内部の腐食などの原因になるので、専用ポンプやコンプレッサーには水分やゴミを減らすフィルターが付いているものがあります。

そして酸素を入れるのは絶対ダメ。

高圧の酸素は非常に危険で、空気銃メーカーも使用しないよう警告しています。



◇発射音

空気銃って、なんとなく『パシュッ』って静かに撃てるイメージがありますよね。

作中でもそんな感じで書かれています。

でも実際は、空気銃によってかなり違うみたいです。

美樹さんが使っているポンプ式のモデルになった空気銃は、実際に撃った人が『紙鉄砲みたいなパンッという大きな音』と表現するくらい、意外とちゃんと音がします。

静かな山の中なら、普通に目立ちそうですね。

ところが権蔵さんのプレチャージ式のモデルになった空気銃はちょっと特殊。

発射した空気の一部を次の弾を装填するために利用して、さらに銃身の周りにあるシュラウドでも発射音を抑える構造になっています。

実際に使った人の中には、『弾が標的に当たる音の方が大きい』と感じる人までいるんだって。

同じ空気銃なのに面白いですね。

ちなみにStill Aliveでは感染者を呼び寄せないため、全体的に空気銃の音をちょっと静かめに演出しています。

特に美樹さんの銃の『パシュッ!』は……

……作者さん、ちょっと静かにしすぎじゃない?

まあ、そこはご愛嬌ということでお願いしますw



◇実はかなり昔からある

ちなみに、高圧の空気を貯めて弾を撃つ銃そのものは、最近生まれたものじゃありません。

18世紀末にはオーストリア軍が『ギランドーニ式空気銃』という連発式の空気銃を使っていました。

銃床そのものが高圧空気のタンクになっていて、予備タンクまで持ち歩いていたんだって。

しかも当時は当然、電動コンプレッサーなんてありません。

大きな手動ポンプを使って空気を詰めていたそうです。

満タンにするには1000~2000回くらいポンプする必要があったとも言われています。

……200年前の人、頑張りすぎじゃない?

ポンプ式なら、体力がある限り自分で空気を作れる。

プレチャージ式なら、あらかじめ貯めた高圧空気で素早く何発も撃てる。


同じ空気銃でも、それぞれ長所と短所があるんですね。

こんな世界だと、弾だけじゃなくて、『空気をどうやって補充するか』まで考えないといけないんだなぁ……。


では今日はここまで。

またね。

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