第12話⑤炎の刺青
◇08月14日 15時台/山小屋前/健一、唯、夏帆、権蔵、達也、なおみ、美樹
山道を上ってきたバンの先に山小屋が見え始めた時、助手席の健一は敷地の脇に停まっている車へ目を留めた。
見覚えのない車だった。
『……あの車、誰のだ?』
権蔵もすぐに気づき、速度を落とす。
後ろを走っていたなおみのバイクも減速した。
朝、自分たちが出発した時にはなかった。
山小屋に残っているのは唯と夏帆、それに嵯峨だけだ。
健一の表情が変わった。
『止めてくれ』
権蔵が山小屋から少し距離を残してバンを停めると、五人はすぐに車を降りた。
美樹は空気銃、権蔵も散弾銃を手に取り、なおみは刀へ手を掛ける。
誰も不用意に山小屋へ近づかなかった。
その頃、室内にいた二人の男も車の音に気づいていた。
窓から外を窺った男の顔から、それまでの余裕が消える。
『……おい、5人いるぞ。銃持ってる奴もいる』
もう一人も窓際へ寄り、外を確認した。武器を持った五人が車から降り、山小屋を警戒している。
『中見られたら終わりだ。何もしてねぇフリして車まで行くぞ』
『止められたら?』
『ナイフ出して怯ませる。その隙に車出せ。撃たれる前に乗り込むしかねぇ』
二人は素早く話を合わせると、何事もなかったような顔を作って山小屋から出た。
両手を見える位置へ上げ、敵意はないと示すようにゆっくり歩いてくる。
『ああ……君たちの家だったのか。知らなかったんだ』
もう一人も続けた。
『勝手に入って悪かった。すまなかった、許してくれ』
健一は黙ったまま二人を見る。
衣服の乱れや表情だけでは、中で何があったのかまでは分からない。
ただ、知らない人間の家へ勝手に入り、こちらが戻ってきた途端に急いで立ち去ろうとしていること自体が不自然だった。
男が愛想笑いを浮かべた。
『じゃあ……俺たちはこれで』
二人は健一たちの横を通り過ぎるように、自分たちの車へ向かおうとした。
『……ちょっと待て』
健一の声で、二人の足が止まる。
『中で何してた?』
一瞬だけ、男たちは顔を見合わせた。
その反応を見逃さず、健一は薪割り斧を握り直す。
なおみも男たちの手元から目を離さなかった。
片方の男が、ゆっくり腰の方へ手を伸ばそうとする。
その時だった。
美樹だけが、さっきからまったく動いていなかった。
達也が横を見る。
『……美樹?』
返事はない。
美樹の視線は男の顔ではなく、腕へ向いていた。
炎を模した刺青。
それを認識した瞬間、美樹の呼吸が乱れ始めた。
空気銃を握る手が小刻みに震える。
『美樹? おい』
達也がもう一度呼ぶ。
それでも美樹は反応しなかった。
目の前にいる男たち以外が見えていないようだった。
顔から血の気が引き、恐怖に強張っていた表情が、次第に別のものへ変わっていく。
憎悪だった。
美樹はいきなり空気銃を肩へ上げた。
『美樹!?』
誰かが止めるより早く、発射音が響いた。
ペレット弾を受けた男が悲鳴を上げ、その場に倒れる。
『ぐああっ!』
もう一人の男は何が起きたのか理解するより先に、車へ向かって走り出した。
美樹は空気銃をその場へ放り出すと、腰のナイフを抜いて追いかけた。
『おい、美樹!』
達也の声も届かない。
逃げる男へ追いついた美樹が背後から掴みかかり、二人は激しくもみ合った。
男も振りほどこうとするが、美樹は離れず、その身体へナイフを突き立てる。
男が崩れた。
それでも美樹は止まらなかった。
倒れた男へ馬乗りになると、何度もナイフを振り下ろす。
健一たちは、突然豹変した美樹に一瞬反応が遅れた。
昨日、般若の刺青男を撃った時とも違う。
目の前の相手を倒すためではなく、積み重なった何かを叩きつけるような動きだった。
先に我に返った達也が駆け寄る。
『美樹! もういい! こいつはもう死んでるぞ!』
美樹は聞こえていないように、もう一度腕を振り上げた。
達也が後ろからその腕を掴む。
『美樹!』
強く引き止められて、ようやく刃が止まった。
美樹は肩で激しく息をしながら、倒れた男を睨み続けている。
手にも腕にも力が入り、達也が掴んでいなければ再び襲いかかりそうだった。
その間に、最初に撃たれた男は傷口を押さえながら地面を這っていた。
自分たちの車へ向かっている。
『た、助け……』
男が必死に逃げようとしていることに、美樹が気づいた。
達也の腕を振りほどく。
『待て!』
止める間もなく、美樹は男へ向かって走った。
山小屋で保管されていたガソリン缶を掴み、そのまま男へ浴びせる。
強い臭いが周囲へ広がった。
男の表情が一変する。
『や、やめろ……!』
美樹は何も答えない。
男は地面を後ずさりしながら、声を震わせた。
『許してくれ……許してくれ!』
美樹は火をつけようとする。
手は震えていた。
そこへ健一が駆け寄り、美樹の腕を掴んだ。
『美樹! やめろ!』
『離して!』
美樹は振りほどこうとする。
『どうしたんだ!? お前、さっきから――』
『離してよ!』
健一が理由を問いただそうとした、その時。
山小屋の中から声が響いた。
『お兄ちゃん! 助けて!』
唯だった。
健一の表情が一変した。
美樹から手を離し、振り返る。
『唯!』
そのまま山小屋へ駆け込んだ。
室内は荒れていた。
床には物が散らばり、その奥に唯がいた。
拘束され、衣服も乱れている。
すぐ近くには夏帆が倒れていた。
顔が腫れ、殴られた箇所から血が流れている。
『唯!』
健一は真っ先に唯へ駆け寄った。
拘束を解きながら、腕や顔を確認する。
『大丈夫か!? 何かされたのか!?』
唯は泣きながら首を振った。
『私は平気……。でも夏帆さんが……私を助けようとして……』
健一が振り返る。
夏帆は起き上がろうとしていたが、殴られた身体に力が入らない。
『夏帆!』
健一がそばへ行く。
それまで耐えていたものが切れたように、夏帆の表情が崩れた。
『……怖かった……』
震える声とともに、夏帆は健一へ抱きついた。
『来てくれて……ありがとう……』
健一は傷へ触れないよう気をつけながら、その身体を支えた。
『遅れてすまなかった……』
なおみと権蔵も室内へ入ってくる。
状況を見たなおみはすぐに救急キットを取り出し、夏帆のそばへ膝をついた。
『夏帆、ちょっと傷見せて。無理に動かんでええから』
権蔵は唯へ衣服を掛け、落ち着かせながら怪我がないか確かめる。
その直後だった。
外から男の悲鳴が響き渡った。
健一が振り返る。
山小屋へ入るため、美樹から手を離した。
そのわずかな間に。
美樹は、ガソリンを浴びた男へ火をつけていた。
男は炎に包まれ、悲鳴を上げながら地面を転げ回っている。
達也は少し離れた場所に立ち、その光景を言葉もなく見ていた。
美樹だけは男から目を逸らさない。
『はぁ……はぁ……』
荒い呼吸を繰り返しながら、全身を小刻みに震わせている。
達也がようやく口を開いた。
『……美樹。お前、どうしたんだよ?』
美樹は炎の向こうにいる男を見たまま答えた。
『……こういうやつが許せないだけよ!』
吐き捨てるように言うと、地面へ置いていた空気銃を拾い上げた。
そして誰とも目を合わせず、一人で山道の方へ歩いていく。
『美樹……』
達也は呼び止めようとした。
だが、その背中を見たまま言葉を続けられなかった。
なぜ炎の刺青を見た瞬間、あれほどまでに豹変したのか。
その理由を知る者は、ここにはいなかった。
炎に包まれた男は、しばらく地面を転げ回っていたが、やがて動かなくなった。




