第12話④山小屋への侵入者
◇08月14日 15時台/山小屋前/唯、夏帆、嵯峨
山小屋の前では、唯と夏帆が二人で作業を続けていた。
朝から何度も街の方角が気になっていたが、健一たちはまだ戻っていない。
予定では今日中に帰ってくるため、二人は時折山道へ目を向けながら、それぞれの仕事を進めていた。
近くでは嵯峨が伏せていた。
その嵯峨が、突然顔を上げた。
耳を立てて山小屋に続く道の方角を見つめると、喉の奥から低い唸り声を漏らす。
『ウーッ……』
夏帆が作業の手を止めた。
『嵯峨?』
普段とは違う反応だった。
嵯峨は立ち上がり、道の先を睨んだまま動かない。
夏帆もそちらへ目を向ける。
やがて木々の間から、二人の男が乗った車が見えた。
見覚えはない。
男たちは車から降りてくると、そのまま山小屋の方へ歩いてくる。
二人とも腕には炎を模した刺青が入っていた。
生存者。
そのはずなのに、夏帆は安心できなかった。
男たちは山小屋を見ると、次に夏帆と唯へ視線を移した。
助けを求めている人間の顔ではない。
周囲を見回す目つきにも、誰かを探しているというより、他に誰もいないか確かめているようなものを感じた。
夏帆は唯の前へ出た。
『何か用ですか?』
二人は足を止める。
男の一人が山小屋を見ながら尋ねた。
『ここ、お前らだけか?』
その質問で、夏帆の警戒心はさらに強くなった。
水や食料を求めるでもなく、最初に聞くことがそれだった。
夏帆は答えなかった。
『帰ってください』
唯の腕へそっと手を伸ばす。
『唯ちゃん、中に入ろう』
『はい……』
二人で山小屋へ戻ろうとした時、男の一人が距離を詰めようとした。
嵯峨が激しく吠えた。
『ワンッ! ワンッ!』
夏帆と唯の前へ飛び出し、男へ向かっていく。
『邪魔だ!』
男は嵯峨が飛びかかってくる直前に足を振り上げた。
鈍い音とともに蹴りが入り、嵯峨の身体が地面へ転がった。
『嵯峨!』
夏帆が反射的にそちらを見る。
嵯峨は倒れたままではなかった。
すぐに脚を踏ん張って立ち上がったが、蹴られた箇所をかばうようによろめいた。
それでも男たちへ激しく吠え続けるが、再び飛びかかれる状態ではなかった。
もう一人が夏帆へ踏み込み、拳を振るう。
顔に衝撃を受けた夏帆は体勢を崩し、そのまま地面へ押し倒された。
『夏帆さん!』
唯が駆け寄ろうとしたところへ、嵯峨を蹴った男が回り込む。
『離して!』
腕を掴まれた唯は身体を振って抵抗したが、力の差が大きかった。
背後から腕を押さえ込まれ、夏帆のところへ行くことができない。
『唯ちゃん!』
夏帆は自分を押さえつける男を振り払おうとした。
体重を掛けられ、思うように身体を起こせない。
それでも抵抗をやめず、腰へ手を伸ばす。
そこには剣ナタがある。
男は夏帆を完全に押さえ込んだつもりなのか、顔を近づけながら笑っていた。
その油断を逃さなかった。
夏帆は剣ナタを抜くと、男の脇腹へ突き立てた。
『ぐぁっ!?』
男が声を上げて身体を引く。
刃は肋骨に阻まれ、深くまでは入らなかった。
それでも予想していなかった反撃に男の力が緩み、夏帆はすぐに身体を抜こうとした。
しかし、逃げ切る前に男の顔つきが変わった。
『クソあまが!!』
激昂した男が夏帆へ襲いかかる。
夏帆は剣ナタを振ろうとしたが、今度は腕を押さえ込まれた。
男は力任せに剣ナタを奪い取ると、手の届かない場所へ投げ捨てた。
そのまま拳が飛んでくる。
夏帆は腕で顔を守ろうとしたが、完全には防げない。
『やめて! 夏帆さんを殴らないで!』
唯が泣きながら叫ぶ。
腕を拘束されたまま何度も身体を捩るが、男は離そうとしなかった。
『お願い! やめて!』
それでも暴行は止まらない。
夏帆は抵抗を続けたが、何度も殴られるうちに動きが鈍くなっていった。
顔は腫れ、口元から血が流れている。
やがて男が手を止めた。
荒い息を吐きながら、地面に倒れた夏帆を見下ろす。
『この女じゃやる気が起きねぇ』
吐き捨てるように言うと、男は振り返った。
その視線の先には唯がいた。
唯を拘束していたもう一人も、同じように彼女へ目を向ける。
二人の視線を受けた瞬間、唯は何をされようとしているのか察した。
顔から血の気が引く。
『嫌ッ……嫌ッ! やめてください!』
必死に身体を引く。
だが腕を掴まれ、逃げられない。
『離して! お願いだから……!』
男たちは聞く耳を持たなかった。
一人が唯を引きずり、もう一人は倒れている夏帆を乱暴に起こす。
夏帆もまだ意識はあり、踏ん張ろうとするが、殴られた身体に十分な力が入らない。
『唯ちゃん……』
掠れた声が出る。
男たちは二人をそのまま山小屋の中へ連れ込んだ。
唯は入口へ足を掛け、必死に抵抗した。
『嫌! 入らない! 離して!』
それでも力で押し込まれる。
室内へ入ると、男たちは唯の抵抗を押さえつけた。
『やめて……お願い……』
唯は身体を縮めようとしたが、逃げる余地はなく、男の手が衣服へ掛かる。
床に倒された夏帆は腫れた顔を上げ、唯の方へ手を伸ばそうとした。
その時だった。
山道の向こうから、微かなエンジン音が聞こえてきた。
一台ではない。
山小屋へ向かって、少しずつ近づいてくる。
男たちは顔を見合わせた。
一人が唯の両手を縛って動けないようにすると、慌てて窓へ向かった。




