第12話②停電後の街、止まった給油機
◇08月14日 08時台/市街地の民家/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹
出発の準備をひと通り終えた五人は、民家の二階で朝食を取りながら、この先の探索について話し合った。
これまで街へ来る時は、飲み水を必要最低限しか持ってきていない。
断水していない地域では水道を使えたため、その分だけ車へ物資を積む余裕を作ることができていたからだ。
しかし、昨夜から街全体の電気が止まっている。
健一は食事を終えると一階の台所へ下り、蛇口をひねった。
少し待つと水はこれまでと変わらず流れ出し、健一は手をかざしてその状態を確かめる。
『まだ出るな』
後ろから見ていた権蔵が頷いた。
『じゃが、停電した以上いつまで出るか分からん。次に街へ来る時には、水も自分たちで持ってこんといかんな』
『車で来るなら、その分も最初から積んでおいた方がいいわね』
なおみの言葉に健一も同意した。
山小屋なら井戸があるため、今すぐ飲み水に困ることはない。
それでも街へ出れば話は別で、昨日まで使えていた設備が今日も使えるとは限らなくなっている。
『今出る分は持って帰ろう』
空いているペットボトルなどを集め、水道水を入れていく。
容器を満たす音を聞きながら、達也は台所の蛇口を見た。
『電気だけじゃなくて、水まで止まったら街は一気に使いづらくなるな』
『だから使えるうちに確保しておいた方がいい』
健一は満たした容器をまとめ、車へ持ち出せるよう玄関付近へ置いた。
その後、五人は山小屋に残っている物資を思い出しながら、今後何を優先して集めるべきか整理した。
井戸水はある。
薪も山で確保できる。
しかし米や長期保存できる食品は、消費すれば確実に減っていく。
街へ安全に来られるうちに、できるだけ確保しておきたい。
さらに問題になるのが燃料だった。
『食い物があっても、ガソリンがなくなったら行動範囲が一気に狭くなるな』
達也の言葉に、健一は停めてあるバンやなおみのバイクを思い浮かべた。
探索範囲を広げるにも、大量の物資を運ぶにも車は欠かせない。
『今日は米や保存食だけじゃなくて、ガソリンを手に入れる手段を探さないと…』
方針はすぐに決まったものの、昨夜の停電がそこでも問題になった。
達也が眉を寄せる。
『電気がないのに給油機って動くのか?』
『たぶん無理だ。でも予備電源か何かが残ってるかもしれない。確認するだけしてみよう』
健一自身、使える可能性が高いとは思っていなかった。
それでも確かめないまま諦めるよりはいい。
五人は荷物を車へ積み込み、近くのガソリンスタンドへ向かうことにした。
◇08月14日 09時台/ガソリンスタンド/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹
ガソリンスタンドまでの道中では、感染者を見つけても極力相手にしなかった。
進路上にいれば速度を落として距離を取り、避けられる場所ではそのまま迂回する。
走る感染者が増えている以上、わざわざ車を止めて戦い、周囲まで引き寄せる理由はなかった。
やがてガソリンスタンドへ到着すると、車両をすぐ給油機へ寄せることはせず、まず敷地内と周辺に感染者がいないかを確認した。
安全を確認してから、バンを給油機のそばまで移動させた。
車から降り健一が給油機の操作部を見る。
液晶には何も表示されていない。
ボタンを押しても反応はなく、別の給油機も同じだった。
達也も何度か操作してから諦める。
『やっぱ駄目か』
店舗側も確認したが、こちらも完全に停電しており、期待していた予備電源は見つからなかった。
達也は動かない給油機を軽く叩き、足元を見た。
『ガソリンは地下にあるんだろ? あるのに出せねぇのかよ』
権蔵が設備を眺めながら答える。
『設備が生きとっても、それを動かす電気がなければ使えんということじゃな』
必要な燃料は、すぐ足元の地下にある。
それでも取り出せない。
健一は改めて給油機を見る。
電気があることを前提に作られた設備は、停電した途端にただの大きな箱になっていた。
なおみが困ったように腕を組む。
『やっぱりダメね。これからどうしよう……』
健一もしばらく給油機を見つめていたが、ふと昨日までに集めた物資を思い出した。
『キャンプ場から持って帰った発電機あっただろ? あれを使えば何とか出来るかもしれない』
達也がすぐに給油機を見る。
『発電機持ってきたとして、これのどこに繋ぐんだ?』
『……それは』
健一は答えられなかった。
発電機で電気を作れたとしても、給油設備へどう接続し、どこへ電力を送れば安全に動かせるのか分からない。
知識もないまま適当に設備を弄れば、壊すだけで済むとも限らなかった。
なおみがスマートフォンを取り出し、通信状況を確認する。
『ネットで調べられたらいいけど……通信は地震発生から機能してないやんな』
権蔵が言った。
『分からんものを適当に弄るより、まず調べた方がええじゃろ』
『そうですね』
健一は周辺地図を広げ、現在地の近くを確認した。
その中に、一軒の本屋がある。
『ここなら、発電機とか電気設備について書かれた本が残ってるかもしれない』
達也も地図を覗き込む。
『本屋なんてあったか?』
『この辺に昔からある店が一軒あったはずだ』
『ネットが死ぬ前に全部調べられりゃ楽だったけどな』
『これからは本で調べることも増えるかもしれないな』
五人はガソリンスタンドを離れ、その本屋へ向かった。
◇08月14日 10時台/古い本屋/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹
しばらくして、五人は古い本屋の前へ着いた。
看板は色褪せ、店構えにも年季が入っている。
大型店ではなく、昔からこの地域で営業を続けてきた小さな書店だった。
小説や漫画だけでなく、実用書も幅広く扱っている昔ながらの本屋だ。
もっとも、今は照明が完全に消えていた。
入口付近には外からの光が差し込んでいるものの、店の奥は昼間とは思えないほど暗い。
昨日までなら照明を点ければ済んだ場所が、停電しただけでまるで別の建物になっている。
五人はフラッシュライトを取り出し、互いの位置を確認しながら中へ入った。
達也が小声で言った。
『昨日までなら電気点けりゃ済んだのにな……』
返事をする前に、棚の奥で物音がした。
全員が足を止める。
ライトを向けると、本棚の陰から一体の感染者が現れ、狭い通路をこちらへ近づいてきた。
美樹は反射的に空気銃へ手を掛けたが、すぐには構えなかった。
前には健一となおみがおり、棚に挟まれた狭い通路では安全な射線を取れない。
『撃てない』
そう判断した美樹が後ろへ下がると、健一となおみが前へ出た。
感染者が一人に狙いを絞れない距離を保ち、二人で対応して確実に仕留める。
動かなくなったことを確認したあとも、美樹は感染者ではなく左右の棚へライトを向けた。
先ほどの民家で見たように、目の前の一体だけとは限らない。
五人は再び歩き始めた。
しばらく進んだところで、別方向から本が床へ落ちる音が響いた。
達也がライトを向けようとした時には、棚の陰からもう一体が飛び出していた。
『うおっ!』
達也は距離を取るため後ろへ下がる。感染者がそのまま追おうとしたところへ権蔵たちが対応し、通路を抜けられる前に仕留めた。
なおみは動かなくなった感染者を見てから、暗い棚の奥へライトを向けた。
『暗いだけで、こんなに見つけるのが遅れるのね……』
昼間だから安全なのではない。
照明が消えただけで、建物の中にはいくつもの死角が生まれる。
五人はそれ以降、一人だけで棚の奥へ入り込まず、互いの位置を確かめながら目的の本を探した。
やがて電気設備や発電機について書かれた実用書や技術書が見つかり、使えそうなものからバッグへ入れていく。
必要なものを確保したところで、健一が周囲の棚を見た。
『どうせなら今後必要になる物も持って帰ろう』
電気関係だけではない。
農業、狩猟、釣り、サバイバル。
これから先、自分たちだけで生活を続けるなら役に立ちそうな実用書はいくらでもある。
手分けして棚を確認し、持てる範囲で集めていった。
美樹も狩猟関係の棚を探しているうちに、猟犬について書かれた本を見つけた。
その中の一冊には付録も付いていたが、美樹は中身までは確認せず、そのままバッグへ入れる。
嵯峨へハンドサインを教え始めたばかりで、自分の知らないことはまだ多い。
今後役に立つ可能性は十分にあった。
必要な本を集め終えると、五人は入口へ戻るまで気を抜かず、棚の陰や通路の先を確認しながら店外へ出た。
回収した本を車へ積み込んでいると、達也が束の中から一冊を抜き出した。
『誰だよ。ピザ窯制作講座なんて本を持ってきたやつは』
美樹が表紙を見る。
『急いでたから、誰か間違って入れたんじゃない?』
『今ピザ窯いるか?』
達也は笑いながら、その本も他の実用書と一緒に車へ積み込んだ。
健一は暗い店内を振り返る。
電気が止まったことで不便になったのは街だけではない。
これまで簡単に検索できた知識そのものも、いつ失われるか分からなくなっていた。
◇08月14日 10時台/市街地の道路/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹
本屋を出てすぐ、五人は次の目的地へ向かった。
バンの後部座席では、美樹が先ほど持ち出した猟犬関係の雑誌をめくっている。
ページを確認していると、雑誌に付いていた付録が目に入った。
袋には『犬笛』と書かれている。
美樹は中から新品の笛を取り出し、しばらく眺めた。
『権蔵さん。犬笛って何?』
運転していた権蔵が前を見たまま答える。
『犬に合図を送るための笛じゃよ。人には聞こえにくい高い音が出る物もあってな。離れたところから呼び戻したり、決めた合図を伝えたりするのに使うんじゃ』
『へぇ……』
美樹は手の中の犬笛を見つめる。
そこで、ふと何かを思い出した。
『……あれ?』
『どうした?』
『山中さんの家から持って帰った物の中に、謎の笛があったじゃない?』
権蔵も思い出したように頷く。
『ああ、あったのう』
美樹は犬笛をもう一度見る。
『もしかして、あれも犬笛だったの?』
権蔵も思い当たったように頷いた。
『ああ。山中さんが嵯峨を猟犬として育てとったことを考えれば、あの笛も犬笛じゃったんじゃな』
美樹は手の中の犬笛を見る。
『じゃあ……嵯峨、犬笛の合図も分かるのかな』
『帰ったら試してみればええ。ただ、いきなり何でも分かるとは限らんぞ』
『うん』
美樹は新品の犬笛を袋へ戻し、雑誌と一緒にバッグへしまった。




