↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/84

第12話①痛みを捨てたもの

◇08月14日 07時台/山小屋/唯、夏帆


昨夜、山の向こうに見えていた街の明かりが一斉に消えた。

朝になっても、その光景が唯と夏帆の頭から離れなかった。

夏帆は街の方角を見つめ、表情を曇らせた。


『停電……したのかな』


『全部?』


唯も街を見た。

一部の地域だけではない。

ここから確認できる範囲には、人工的な明かりがまったく残っていなかった。

そして今、その街には健一たちがいる。


『お兄ちゃんたち、大丈夫かな……』


不安がそのまま声に出た。

昨日の朝、健一たち五人は特殊無線の発信元を確かめるため街へ向かい、そのまま一晩泊まっている。

予定では今日帰ってくるはずだが、街全体が停電したとなれば、何か予想外のことが起きたのではないかと思ってしまう。


夏帆も同じ不安を抱えていたが、唯をさらに心配させるわけにはいかなかった。


『健一たちなら大丈夫だよ。今日は帰ってくるんだから』


『……うん』


返事をしながらも、唯の視線は街から離れなかった。

夏帆も無理に明るく振る舞うのはやめた。

ここから街の状況を確かめる方法はなく、今すぐ二人だけで向かうこともできない。

健一たちが無事に戻ると信じて待つしかなかった。


『とりあえず、朝のことやろうか』


『はい』


二人はようやく街へ背を向けた。

心配しているだけでは何も変わらない。

水や食事の準備、山小屋の片づけ、嵯峨の世話。

健一たちが帰ってきた時に困らないよう、いつもの朝を始めることにした。





◇08月14日 07時台/市街地の民家/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹


街では、達也が民家の二階からドローンを飛ばしていた。

昨夜の停電で街は完全に暗闇へ沈んだが、朝になれば周囲を見渡すことはできる。

いきなり外へ出る前に、まず上空から安全を確認するためだった。

達也は送られてくる映像を見ながら、家の周囲をゆっくり旋回させた。


『……いたな』


画面を覗き込んでいた健一が尋ねる。


『何体?』


『罠に三体。ほかに動いてる奴は……今のところ見えねぇ』


昨日、権蔵たちが家の死角を補うために設置した罠だった。

三体とも足首をワイヤーに拘束され、その場から離れられずにいる。

周囲の道路や隣家の陰にも別の感染者がいないことを確認すると、権蔵は剣ナタを手にした。


『わしらで処理してくる。達也と美樹はここに残って、上から見とってくれ』


『分かった』


美樹は空気銃を持って窓際へ移動し、達也は引き続きドローンを操作する。

外へ出たのは権蔵、健一、なおみの三人だった。

朝の街には、昨夜まで聞こえていた機械の音がない。

停電によって残っていた設備まで止まり、遠くから感染者の呻き声がかすかに聞こえるだけだった。


罠の一つへ近づくと、感染者が地面を這いながら三人へ手を伸ばした。

ワイヤーは足首にしっかり掛かっており、どれだけ身体を引いても距離を詰められない。

権蔵は感染者の前に立ち、剣ナタを握り直した。


『……すまない』


短く呟いてから、確実に仕留める。

二体目も同じだった。健一となおみは周囲を警戒していたが、別の感染者が近づく様子はない。


挿絵(By みてみん)


『ちゃんと掛かってますね』


健一が罠を見る。


『走って来る奴にも使えそうじゃな』


昨日はまだ試作したばかりだったが、少なくとも一晩のうちに三体を止めている。

死角へ近づく感染者を足止めするという目的は果たしていた。


残る一体も同じように処理できる。

そう思った時だった。


三体目の感染者が急に激しく暴れ始めた。

それまで地面でもがいていた身体を起こし、権蔵へ向かって全身を引く。

ワイヤーが張り詰め、足首へ深く食い込んだ。


なおみが眉をひそめる。


『なんや、こいつ……』


感染者は止まらなかった。

皮膚が裂けても、肉へワイヤーが食い込んでも、痛みから逃れようとする様子がない。

ただ権蔵へ届こうとして、何度も身体を前へ投げ出す。


健一も異常に気づいた。


『権蔵さん、そいつ――』


感染者がさらに強く身体を引いた。

ワイヤーは外れない。

それでも感染者は止まらず、全身を使って権蔵へ向かおうとする。

次の瞬間だった。

足首の肉が裂け、ワイヤーに拘束された足首から先だけがその場に残った。


『なっ――』


感染者は拘束から抜けた勢いのまま前へ倒れ込み、そのまま権蔵へ掴みかかった。


『ぐっ!』


不意を突かれた権蔵が地面へ押し倒され、剣ナタが手から離れる。

感染者は権蔵の上から顔へ食らいつこうとし、権蔵は片腕で首元を押し返して距離を保った。

千切れた足の断端から大量の血を流しているにもかかわらず、感染者は自分の傷を気にする様子すらない。


健一は薪割り斧を振り下ろせる位置ではないと判断し、横から駆け込んで感染者の脇腹を蹴った。

身体が権蔵からずれたところへ、なおみが踏み込む。

刀が頭部を捉え、感染者はようやく動きを止めた。

健一はすぐ権蔵へ手を伸ばした。


『大丈夫ですか!?』


『ああ……噛まれとらん』


権蔵は起き上がると、まず自分の身体より罠の方を見た。

ワイヤーは切れていなかった。

そこには足首から先が残り、少し離れた場所には骨まで露出した感染者が倒れている。

権蔵は息を整えながら、その二つを見比べた。


『……ワイヤーが切れたんじゃない。自分の足を引きちぎったのか』


健一も言葉を失った。

普通の人間なら、あれほど深くワイヤーが食い込んだ時点で痛みに耐えられず、まともに力を掛け続けることなどできない。

なおみは倒れた感染者の足を見る。


『あんな状態でも、全然止まらんかった……』


権蔵が低い声で言った。


『感染者は痛みに鈍感になるのかもしれんのぅ』


健一となおみも頷いた。

罠そのものは機能した。

だが、感染者が自分の身体を壊すことさえ構わず動くなら、拘束しただけで安全だと思うことはできない。


三人は周囲をもう一度確認してから、民家へ戻った。

処理が終わると、美樹は二階の窓から街を見渡した。


ドローンで周辺に大きな危険がないことは確認できている。

空気銃で狙える距離に一体の感染者を見つけると、すぐには撃たず、その周囲と射線の先を確かめた。


人影はない。

仲間も射線上にはいない。

美樹はスコープを覗き、頭部へ狙いを合わせて引き金を引いた。

小さな発射音とともに感染者が倒れる。


別の一体を見つけると、今度も周囲を確認してから狙った。

弾がわずかに逸れて仕留めきれなかったが、以前のように焦って撃ち直すことはせず、感染者の動きを追って呼吸を整え、次の一発で倒した。


昨日から何度も繰り返してきた狙撃に、少しずつ余裕が生まれていた。

その間に健一たちは荷物をまとめ、民家を出る準備を進める。

やがて窓から見える範囲に動く感染者の姿がほとんどなくなると、美樹も空気銃を下ろした。


民家の中へ、妙な静けさが戻る。

達也はドローンを回収して電源を切った。


『……静かすぎるな』


誰も否定しなかった。

昨日までは遠くで何かしらの機械音がしていた。

街灯や設備が動き、かすかながら人間の街だった頃の音が残っていた。


今は、それすらない。

窓の外から聞こえてくるのは、遠くをさまよう感染者の呻き声だけだった。

電気が消えたことで、街そのものがさらに死へ近づいたように感じられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。