第11話⑧眠らない見張り
◇08月13日 22時台/民家の二階/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹
夜が深まるにつれ、街の暗さはさらに異様なものになっていた。
窓の向こうにはもう街灯の明かりすらなく、隣家も道路も、遠くに見えていた建物も一つの暗闇へ沈んでいた。
健一は二階の部屋のカーテンを閉めた。
ランタンの光が外へ漏れないことを確認し、見張りに使う窓だけは端から外を確認できるようにしておく。
『こっちも閉めたで』
なおみが反対側の窓から離れた。
達也は部屋の中央に置いたランタンを調節する。
明かりを絞ると、部屋の中が一段暗くなった。
『これくらいならいいか』
権蔵が頷く。
『必要以上に明るくすることもないじゃろ』
昨日までなら、外に多少の街明かりがあった。
今夜は違う。
カーテンを開ければ、そこにあるのは完全な闇だけだ。
その闇の中。
『アァァ……』
遠くから感染者の呻き声が聞こえた。
少しして、別方向からも。
『……増えてない?』
美樹が小声で言う。
健一も耳を澄ませた。
昼間より、明らかに声が多い。
姿は見えない。
どこにいるかも分からない。
それが余計に不気味だった。
『明かりがなくなったせいで、余計に近く感じるな』
達也がカーテンの方を見る。
権蔵は散弾銃を手の届く場所へ置いた。
『今夜は一人ずつ見張りを立てるぞ』
健一が振り返る。
『交代で?』
『ああ。罠は仕掛けてあるが、それだけを当てにするわけにはいかん』
家の周囲には新しく作ったくくり罠を五カ所設置してあるが、それだけで安全とは言えない。
罠に掛からず、別の場所から入り込もうとする感染者が来る可能性もある。
『残りの四人は同じ部屋で寝る』
権蔵が続ける。
『何かあった時、すぐ起こせるようにな』
なおみが刀を枕元へ置く。
『一人ずつ別の部屋で寝とったら、起こして回る時間も勿体ないしな』
達也はバール、健一は薪割り斧。
美樹は空気銃をそれぞれ手元へ置いた。
誰も武器を遠ざけなかった。
昼間には般若の刺青男と遭遇し、女性が目の前で殺され、美樹自身も散弾銃の引き金を引いた。
そして夜には研究センターからの声を捉えた直後、街全体が停電した。
一日の中で、あまりにも多くのことが起きていた。
だが今は、まず朝まで生き残ること。
それだけだった。
誰からともなく横になる。
低く絞ったランタンだけが部屋の中央を照らしている。
見張り役だけが起き、残る四人はすぐに動ける状態で身体を休める。
外から。
『アァァァ……』
また呻き声。
今度は少し近い。
健一は目を閉じたまま、その声を聞いていた。
遠ざかるのか。
近づいているのか。
暗闇では分からない。
やがて。
カツン――。
どこか遠くで、小さな音がした。
全員の呼吸が一瞬だけ止まる。
見張り役が耳を澄ませる。
続く音はない。
罠なのか。
風なのか。
感染者なのか。
しばらく待つ。
何も起きない。
静けさが戻る。
そして。
その静けさの向こうでは、感染者たちの呻き声だけが途切れることなく街を漂っていた。
◇08月14日 02時台/民家の二階/美樹、達也
美樹は窓際に座り、暗い外を見つめていた。
ランタンは最低限の明るさにしてある。
時計を見る。
交代の時間だった。
外では時折、感染者の声が聞こえる。
だが罠が作動する音はない。
家へ直接近づいてくる気配もなかった。
美樹は小さく欠伸を噛み殺した。
眠い。
身体も重かった。
朝から街へ出て、人間同士の殺し合いを目の前で見て、自分自身も引き金を引いた。
眠れないと思っていたのに、こうして静かな時間が続くと、瞼は容赦なく重くなる。
背後で布が擦れる音がした。
『……交代』
寝起きの達也だった。
髪は乱れ、目も半分しか開いていない。
美樹が時計を見る。
『うん……おやすみ』
空気銃を持ち、寝る場所へ移ろうとする。
達也は美樹と入れ替わるように窓際へ座った。
達也は荷物の中からインスタントコーヒーの瓶を取り出した。
美樹が何となく振り返ると、達也は蓋を開ける。
スプーンもカップも湯も使わず、そのまま瓶を傾けた。
さらさらとした粉末が、そのまま口へ入る。
『…………』
じゃり。
じゃりじゃり。
達也はインスタントコーヒーを噛み砕いた。
美樹の眠気が一瞬だけ飛んだ。
『……何してんの?』
達也は口の中の粉を噛みながら、美樹を見る。
『眠気覚まし』
横に置いてあった水を掴み、一気に飲み込む。
『ぷはっ』
何事もなかったように瓶の蓋を閉めた。
美樹は信じられないものを見る顔になる。
『コーヒーって、そのまま食べるものじゃないでしょ』
『眠気が覚めりゃ同じだろ』
『うわ……』
『なんだよ』
『いや……達也ならやりそうだなって思っただけ』
『褒めても何も出ねぇぞ』
『褒めてない』
達也は窓際へ座り直す。
少なくとも、さっきまで半分閉じていた目は多少開いていた。
『ほら、さっさと寝ろ』
美樹はまだ少し呆れた顔で達也を見る。
『はいはい』
美樹は空気銃を枕元へ置き、横になった。
薄暗い天井が見えた。
すぐ近くでは、健一たちが眠っている。
達也は一人、窓の外の気配へ耳を澄ませていた。
『アァァ……』
遠くから聞こえる感染者の声を聞きながら、美樹の意識は少しずつ沈んでいった。
暗闇に包まれた街で、達也だけが目を開けたまま静かな見張りを引き継いだ。




