第11話⑦無線越しの研究所
◇08月13日 20時台/民家の二階/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹
夕食を終えると、五人は二階の一室へ集まった。
窓際には特殊無線機が置かれ、昼から何度も雑音を拾っていたが、人の声はまだ一度も入っていない。
達也が時刻を確認する。
『そろそろ昨日の時間だな』
健一も無線機の前へ座った。
山小屋で受信したのは、二日ともこの時間帯だった。
街まで来た目的の一つは、山に囲まれた山小屋よりもはっきり電波を拾えるか確かめることだった。
ザーッ――。
ジジッ。
雑音が流れる。
誰も喋らない。
耳を澄ませる。
ザーッ――。
数十秒。
何もない。
美樹が小さく息を吐いた、その時だった。
『――生存者はいませんか?』
全員が顔を上げた。
今までとは違う。
途切れることなく、はっきりと人間の声が聞こえている。
『こちらは岐阜環境保全、高度感染症研究センター』
健一が無線機へ身を寄せる。
達也もすぐに操作部へ手を伸ばした。
声は続く。
『だれか応答をっ!』
『聞こえる!』
健一がマイクを取る。
『こちら生存者7名! 現在5名で街にいます! 聞こえています!』
その瞬間。
ブィーーーーーーーン――。
低い機械音が、街のどこかから響いた。
『……え?』
美樹が窓を見る。
室内の照明が消え、特殊無線機のランプも落ちた。
同時に、窓の外で点々と残っていた街灯や遠くの建物、住宅の窓からも明かりが一斉に消える。
真っ暗になった。
『停電!?』
達也の声。
健一はすぐにフラッシュライトを点けた。
白い光が室内を切り裂き、机の上の特殊無線機を照らす。
『無線も落ちた!』
『待て!』
達也が無線機へ手を伸ばし、電源を確認する。
『内蔵バッテリーに切り替える!』
素早く操作すると、数秒後に無線機のランプが再び点灯した。
ザーッ――。
雑音が戻る。
健一が即座にマイクを握る。
『こちら生存者5名! 岐阜環境保全、高度感染症研究センター、応答してください!』
ザーッ――。
『聞こえています! 応答してください!』
返事はない。
達也も横から無線機を調整する。
『クソ! 大事な時に!!』
何度呼びかけても、先ほどまであれほど鮮明だった声は返ってこなかった。
ザーッ――。
無機質な雑音だけ。
健一はマイクを握ったまま唇を噛んだ。
あと数秒、停電が遅ければ。
こちらの声が届いていたかもしれない。
権蔵は窓際へ寄った。
カーテンの隙間から外を見る。
『……本当に全部消えたな』
健一も隣へ立つ。
街全体が、黒い塊のように沈んでいる。
昨日までは、街灯や信号、一部の住宅や施設など、どこかしらに人工の明かりが残っていた。
それが今はない。
完全な暗闇だった。
達也が周辺地図を広げる。
『今の名前、もう一回』
健一が答える。
『岐阜環境保全、高度感染症研究センター』
『それなら……』
達也が地図から施設名を探し、権蔵もその手元へライトを向けた。
やがて達也の指が、一つの施設名の上で止まる。
『……ここじゃないか?』
健一たちも覗き込む。
確かに、地図にはその施設名が記されていた。
『あった……』
美樹が呟く。
少なくとも、発信していた相手が名乗った場所は実在する。
そこに生存者がいる。
健一は地図を見つめた。
だが、その事実だけで安心することはできなかった。
あの家で見た般若の刺青男。
助けを求める人間を利用する者もいる。
生存者だからといって、善人とは限らない。
なおみも同じことを考えたのか、地図から目を上げる。
『行くにしても、何がおるか分からへんな』
健一は頷いた。
『うん。生存者がいることは分かった。でも、それだけだ』
研究施設の存在も、特殊無線で繰り返されていた呼びかけの意味も、少しずつ形を持ち始めていた。
分かったことが増えた一方で、確かめなければならないことも増えている。
◇08月13日 20時台/民家の二階/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹
美樹はもう一度、窓の外を見た。
カーテンを少しだけ開く。
その隙間から見える街は、異様なほど暗い。
『ついに街の明かりが消えちゃったね……』
健一も外を見る。
『街全体が停電したのか……。これじゃ、水道ももう長くは使えないな』
電気が止まれば、ポンプや浄水設備など、様々な機械もいずれ動かなくなる。
権蔵が暗い街を見つめた。
『地震が起こってから、これだけ長い間稼働してくれてたんじゃ』
少し間を置く。
『きっと誰かが最後まで動かしてくれてたんじゃろうて。名もなき英雄に感謝せんとな』
それが誰だったのか、何人いたのかは健一たちには分からない。
それでも。
文明が崩れ始めてから十日。
街に電気が残っていたこと自体が、誰かの仕事の結果だったのかもしれない。
達也が暗闇へ目を凝らす。
『しかし、明かりがなくなると不便だな。今までは街灯があったから、暗くなってもある程度は行動できたけどよ』
美樹も頷く。
『確かにそうね。これからはライトが必須になるわね。そうなると、電池なんかも重要な物資になりそう』
健一は手にしたフラッシュライトを見る。
便利な道具だが、完全な暗闇の中では別の問題もある。
『でも、夜にライトをつけたら目立って危なくないか?』
権蔵が顎へ手を当てる。
『確かにのう。感染者に気づかれる危険もあるじゃろうな』
達也は暗くなった窓の外を見ながら、ふと思い出したように言った。
『そういや、排水ポンプとかも電気で動いてるんじゃねぇの?』
『場所によってはのう。大雨でも降れば、低いところじゃ水が捌けず、道路が冠水することもあるじゃろうな』
『……雨まで厄介になるんですね』
達也は少し考えたあと、真顔で続けた。
『それにな。真っ暗だと、深夜に美樹の足のにおいを嗅ごうとして、間違えて健一の足を嗅いじまうかもしれん。それはさすがに悲しい』
数秒。
沈黙。
美樹の顔が引きつった。
『はぁ!? 何言ってるの!? あんた、深夜にたまにタバコ吸いに外へ出てたと思ったら、そんなこと考えてたの!? マジでキモい!』
達也が目を丸くする。
『タバコ吸いに出てたの知ってたのかよ。危ねぇ、やらなくてよかった』
『やってなくても、そんなこと考えてる時点でキモいわ!』
『別ににおいくらいいいだろ』
『よくない!』
達也は悪びれもせず続ける。
『毎日風呂に入れるわけじゃねぇんだから、足のにおいだって放っとけば蓄積されていくんだぞ? 臭くなったらみんなの迷惑だろ。俺が回収してやるって言ってんだから、むしろ感謝してほしいくらいだ』
『どこに感謝する要素があるのよ!? ほんとキモいっ!』
『じゃあ何か? 美樹は足が臭くなって、みんなに迷惑かけてもいいって言うのか?』
なおみが呆れた顔をする。
『めちゃくちゃな理屈並べて正当化しようとすんな。そんなに気になるんやったら、石鹸の一つでも回収してきたらええやん』
達也が勢いよくなおみを指した。
『ほら! なおみさんだって、美樹の足のにおいを遠回しに気にしてる! だから俺が先ににおいを回収――』
『ちゃうやろ!』
なおみが吹き出す。
健一も呆れ果てた。
『達也? もう無理があるって』
その横で、権蔵だけが妙に真面目な顔をしていた。
『まあ、自衛隊や兵士なんかでも病気は足から来ると言うしな。サバイバル状態の今は、足を清潔に保つというのは案外重要なことかもしれんぞ』
達也が勝ち誇った顔になる。
『ほらな。足の手入れは大事なんだよ』
美樹が嫌な予感に顔をしかめる。
『あんたが言うと別の意味に聞こえるんだけど』
『ふっふっふ』
『笑い方も含めてほんっとキモいんですけど!!』
暗闇に沈んだ街の一軒家。
美樹は声を抑えながら、思い切り顔をしかめた。
■唯のサバイバルメモ
・今日のテーマ:文明の崩壊
皆さんこんにちは。唯です。
今回のお題は『文明の崩壊』についてです。
街から電気がなくなっちゃいました。
……どうしよう。
ちなみに、ある日突然、世界からほとんど人がいなくなったら、文明はどんなふうに崩れていくんでしょう?
未来をちょっと覗いてみましょう。
◇数時間~数日後
発電所や送電網を管理する人がいなくなり、各地で大規模な停電。
街灯、信号、冷蔵庫、エレベーター、ガソリンスタンドの給油機などが次々に使えなくなります。
浄水場やポンプも止まり始め、水道まで使えない地域が増えていきます。
◇3か月~半年後
保存されていたガソリンの劣化が問題になり始めます。
車そのものは何百万台も残っているのに、まともに使える燃料がどんどん貴重になっていきます。
レギュラーガソリンもハイオクガソリンも長期間保存すれば劣化します。
劣化の早さは、ガソリンの種類よりも、温度や光、水分、空気との接触など保管環境の影響を大きく受けるんだって。
劣化が進みすぎれば、エンジンがかかりにくくなったり、正常に動かなくなる原因にもなります。
車社会も長くは続かないんですね。
◇1~5年後
道路のひび割れから草が伸び、落ち葉や土で側溝が詰まり始めます。
建物では割れた窓や傷んだ屋根から雨水が入り、木材が腐ったり、鉄が錆びたりしていきます。
地球に近いところを飛んでいた人工衛星の中には、大気圏へ落下するものも出てきます。
◇10~30年後
誰にも手入れされなくなった住宅や道路の劣化がかなり進みます。
道路だった場所にも木が育ち始めて、街の中へ森が入り込んできます。
建物の一部が崩れたり、使えなくなる橋や道路も増えていきます。
◇50~100年後
鉄筋コンクリートの建物や橋も、雨水や錆、塩害などによる劣化が積み重なり、崩れていくものが増えてきます。
今では当たり前にあるビルや高速道路も、かなり姿を変えているんでしょうね。
◇100年以上
街の多くは植物に覆われ、道路だった場所も森の一部になっていきます。
でも空にはまだ、人間が作った人工衛星が残っています。
高いところを回っている衛星の中には、何百年、さらに長い時間残り続けるものもあります。
地上では人間の街が森に飲み込まれているのに、空では人間が作った機械がずっと地球を回っている。
……なんだかちょっと寂しいですね。
電気が消えて。
車が動かなくなって。
道路に草が生えて。
建物が崩れて。
最後には街そのものが自然へ戻っていく。
文明って、作るだけじゃ残らないんですね。
誰かが使って、直して、そして次の人へ受け継いでいくから残っていく。
では今日はここまで。
またね。
って……作者が『衛星って1年後くらいから落ち始めるんだ……ふーん』とか言ってます。
……何を考えてるんでしょうね。




