第11話⑥一夜の要塞
◇08月13日 14時台/市街地の二階建て住宅/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹
バリケードハウスを離れた健一たちは、感染者の数が比較的少ない地域まで移動した。
今夜は街で一晩過ごすため、暗くなる前に拠点を決めなければならない。
周囲の感染者を避けながら何軒かの民家を外から確認していくと、権蔵が一軒の二階建て住宅へ目を向けた。
『あそこを見てみるか』
健一たちは庭や一、二階の窓、周囲の道路、隣家との距離まで確認する。
『感染者も少なそうですね』
五人は武器を構えて慎重に中へ入り、一階から廊下、階段、二階まで順番に確認した。
収納の陰まで調べたが、感染者はいない。
ようやく健一が息を吐く。
『ここなら使えそうだな』
まず二階へ荷物を運び、特殊無線機を窓際へ設置した。
山小屋より周囲が開けているぶん、昨夜までより電波を拾いやすい可能性がある。
達也が電源を入れる。
ザーッ――。
聞こえてくるのは雑音だけだった。
『今は何も入ってないな』
『通信が来たのは20:00頃じゃったからの。それまでは物資を探したり、ここを安全にする時間に使おう』
先ほどバリケードハウスから回収した食料を広げたが、誰もあの家のことを口にはしない。
健一は何度か美樹を見た。普段より静かで、般若の刺青男を撃った時の震える手が今も頭に残っている。
それでも、今は何も聞かなかった。
美樹は窓から身を乗り出さないようにしながら、二階から道路を見渡す。
放置された車の間を、一体の感染者が歩いていた。
美樹は空気銃を構え、スコープ越しに距離と周囲を確認する。
他の感染者や人影はなく、射線の先にも問題はない。
呼吸を整え、引き金を引いた。
パシュッ――。
感染者が崩れ落ちる。
美樹は銃口を安全な方向へ向け、左右とさらに奥を確認した。
何も動かないことを確認してから、ようやく息を吐く。
『一体』
達也が窓から離れた場所で言う。
『昨日から随分変わったな』
美樹は外を見たまま答えた。
『同じ失敗したくないから』
再び道路を見渡す。
感染者を見つければ、確実に狙える状況だけを選んで倒す。
今夜ここで過ごすなら。
少しでも家の周囲にいる感染者は減らしておきたかった。
◇08月13日 15時台/市街地の二階建て住宅/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹
昼食を終えると、今度は家そのものを守る準備に取りかかった。
美樹と達也が二階から周囲を警戒する間に、権蔵、健一、なおみの三人は一階の補強を始めた。
窓が多く、このままでは感染者に気づかれた時に侵入されやすい。
『タンス動かすぞ』
健一と権蔵が家具へ手を掛け、なおみも加わる。
『せーの』
重いタンスを窓の前へ移し、続いて本棚も運ぶ。
窓を塞ぐように家具を配置すると、今度は釘を使って動かないよう固定した。
カンッ。
カンッ。
なおみが振るう金槌の音が、家の中へ響く。
『これで押されても簡単には動かへんな』
健一が確認する。
『出入り口まで全部塞ぐわけにはいかないですよね』
『一カ所だけ残す』
権蔵が答えた。
普段使う出入り口は一カ所だけ残し、それ以外の侵入経路を減らす。
ただし逃げ道まで一つにしてしまえば、そこを塞がれた時に終わる。
三人は二階へ上がり、窓の外を確認した。一階部分には小さな倉庫の屋根がある。
健一が窓を開けた。
『ここからなら倉庫の屋根へ移れそうですね』
権蔵も覗く。
『緊急時はここじゃな』
二階の窓から倉庫の屋根へ移り、そこから地面へ降りる。
普段の出入り口が使えなくなった場合の、もう一つの逃走経路だった。
なおみも位置を覚える。
『何かあったら全員ここから出る。決めといた方がええな』
『そうしましょう』
健一は窓を閉めた。
外へ逃げられる場所と、感染者が侵入できる場所。
その両方を考えながら、一晩を過ごす民家を少しずつ拠点へ変えていった。
◇08月13日 16時台/民家の二階/健一、美樹
街で感染が確認されてから、十日。
健一は二階から道路を眺めながら、感染者の動きが以前とは変わってきていることを感じていた。
最初の頃、病院や街で遭遇した感染者の多くはもっと鈍かった。
ふらつきながら歩き、反応されても距離さえ取れば逃げられることが多かった。
だが今、遠くの道路を横切った一体は明らかに歩く速度が速い。
別の場所では、美樹がスコープ越しに追っていた感染者が、物音へ反応した瞬間に数歩だけ鋭く駆けた。
健一が眉を寄せる。
『……速いやつ、増えてるな』
権蔵も外を見る。
海外から流れていた情報では、発症してしばらくは動きが鈍いとされていた。
だが目の前の街は、その情報と明らかに違ってきている。
昨日のキャンプ地では、何体もの感染者が走った。
今日の街でも、同じ傾向が見える。
『これからは、走る前提で考えた方がええじゃろうな』
権蔵が言った。
健一も頷く。
夜になれば昼以上に発見が遅れ、家の中から見張れる範囲にも限界がある。
二人は外へ出て、家の周囲を改めて確認した。
二階から見える道路だけでなく、その反対側や塀の陰、建物に隠れる場所まで回り、死角を一つずつ洗い出していく。
『ここ、二階から見えませんね』
『こっちもじゃ』
感染者が近づいても発見が遅れそうな場所を選び、昨日作った新しいくくり罠を五カ所ほど設置した。
最後の一つを確認し、権蔵が立ち上がる。
『これで夜中に近づいてきても、多少は足止めできるじゃろう』
健一も仕掛けを見た。
『罠に掛かってくれれば、処理するのも楽になりますね』
『そうじゃな』
家へ戻る前に、周辺へ倒れている感染者も片づけることにした。
美樹が二階から狙撃したものや、拠点を確保する途中で倒したものを、そのまま家の近くへ残しておきたくはない。
健一たちは死体を一体ずつバンの荷室へ積み、すべて回収すると家から少し離れた公園へ運んだ。
公園で感染者を下ろす。
夕方の日差しが遊具の向こうへ長く伸び、人の姿はない。
動かなくなった感染者たちだけが地面へ残された。
健一は空になった荷室を確認する。
『戻りましょう。暗くなる前に』
五人は再び民家へ戻った。
夜を迎える準備は、少しずつ整っていた。




