第11話④見られている
◇08月13日 12時台/山小屋脇/唯、夏帆
昼食を終えると、夏帆は山小屋の脇へ積んである丸太を見た。
冬はまだ先だ。
それでも薪はいくらあっても困らない。
煮炊きや暖房、湯を沸かす時にも使える。
街から燃料を拾ってくる生活がいつまで続けられるか分からない以上、自分たちで確保できる燃料は増やしておいた方がいい。
夏帆は薪割り斧を持ち、丸太を台の上へ立てた。
狙いを定めて斧を振り下ろすと、乾いた音とともに刃が丸太へ食い込む。
もう一度振り下ろすと、今度は真っ二つに割れた。
少し離れたところでは、唯が割れた薪を拾い、何本か両腕へ抱えて乾燥場所まで運んでいた。
『ここでいいですか?』
『うん。なるべく風が通るように並べて』
『はい、夏帆さん』
唯は薪同士を詰めすぎないよう、少し間隔を空けて置いていく。
夏帆が次の丸太を割る。
唯が運ぶ。
自然と作業が分かれていた。
しばらくして、唯が薪割り斧を見つめる。
『……私もやってみようかな』
夏帆が手を止めた。
『薪割り?』
『うん。これくらいなら私にも――』
唯は斧へ手を伸ばした。
夏帆は少し考えてから、やんわりと首を横に振る。
『無理しなくていいよ。運んでくれるだけで助かるから』
『でも……』
『慣れない斧で怪我したら、それこそ大変でしょ』
唯は斧と自分の腕を見比べた。
昨日から体調は落ち着いている。
それでも、力仕事に向いている身体ではないことは自分でも分かっていた。
少しだけ不満そうに唇を尖らせる。
『……分かりました』
夏帆が笑う。
『その代わり、いっぱい運んでね』
『それなら任せてください』
唯は新しく割れた薪を抱える。
二人は再び作業へ戻った。
時折、夏帆も唯も無意識に山道の方へ目を向けた。
今頃、健一たちはどこまで行ったのか。
街で何を見つけているのか。
危険なことになっていないか。
考えれば心配は尽きない。
それでも。
ここで待つ自分たちにも、やることはある。
夏帆は斧を振り下ろした。
唯は薪を運ぶ。
いつもと変わらない山小屋の時間が、静かに流れていた。
◇08月13日 13時台/市街地の道路/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹
街へ入った健一たちは、バンとバイクの速度を落としていた。
以前より感染者の数が増えていた。
道路をふらつく者だけでなく、建物の陰や放置された車の間にも感染者の姿がある。
それだけではない。
遠目にも、以前より動きの速い感染者が混じっているのが分かった。
健一は助手席から周囲を見回す。
『昨日のキャンプ地だけじゃないな……』
達也も窓の外へ目を向ける。
『増えてるっぽいな』
運転する権蔵も前方を警戒したまま言う。
『無理に中心部へ入る必要はない。まず今夜使えそうな場所も意識しながら動くんじゃ』
『はい』
その時。
美樹が窓の外を見て声を上げた。
『あれ……』
道路沿いに、他の民家とは明らかに様子の違う一軒家があった。
窓には外から木の板が何本も打ち付けられ、玄関周辺にも補強した跡が残っている。
『バリケード……?』
健一が言う。
権蔵も目を細めた。
誰かが感染者の侵入を防ぐために作ったものだろう。
人が生き残っている可能性がある。
権蔵がバンを停めた。
なおみも後ろでバイクを止め、エンジンを切った。
その瞬間だった。
『いやっ! 助けて!』
家の中から、女性の声がした。
全員の表情が変わる。
『今の……』
美樹が家を見る。
『助けて!!』
間違いない。
なおみが刀へ手を掛けた。
『中に人おるで』
健一は薪割り斧を握る。
権蔵もすぐに散弾銃を準備した。
『行くぞ』
五人は家へ駆け寄った。
玄関を開ける。
室内には生活用品が散乱していた。
そして、奥から女性の泣き声。
健一たちは音のする部屋へ向かう。
扉を開けた瞬間、健一の足が止まった。
『…………!』
床には一人の男性が倒れていた。
顔は原形が分からないほど殴られている。
動かない。
そのすぐそばに、若い女性が、大柄な男に押さえつけられていた。
衣服は引き裂かれ、泣きながら必死に抵抗している。
男の身体には――般若の刺青。
娘を守ろうと叫び続けた父親は、もう息をしていなかった。
『離れろ!』
健一の怒声。
般若の刺青男が振り向く。
一瞬で状況を理解したのか、女性を掴み上げた。
手にしていたナイフを、その首元へ押し当てる。
『近づくな!』
刃が皮膚へ食い込む。
女性が震える。
『助けて……』
健一たちの動きが止まった。
般若の刺青男が叫ぶ。
『近づいたら殺すぞ!』
美樹の目が、床の父親へ向く。
潰れるほど殴られた顔。
次に、服を引き裂かれた女性。
そして、その首へナイフを押しつけている男。
美樹の表情が変わった。
空気銃を持ち上げる。
銃口が般若の刺青男へ向いた。
『さっさと武器を捨てろ!』
怒鳴り声が部屋へ響く。
男の視線が美樹の空気銃へ向いた。
その銃口を見た瞬間、ほんのわずかに視線が揺れる。
『美樹、待て』
権蔵が低く言う。
だが美樹は銃を下ろさない。
『ナイフを捨てろ!』
般若の刺青男は、女性を盾にするように身体を引いた。
次の瞬間。
ナイフを横へ走らせた。
『――っ!』
女性の首から血が噴き出す。
『なっ――!』
なおみが駆け出す。
だが男は女性を突き飛ばすと、反対側の出口へ走った。
『逃がすな!』
健一たちが追う。
般若の刺青男は家を飛び出し、道路へ向かって走る。
美樹は逃げる男の背中へ空気銃を構えた。
迷わず引き金を引く。
バシュッ――。
ペレット弾が男の腹部へ食い込んだ。
『ぐあっ!』
般若の刺青男が腹を押さえる。
それでも走る。
血の滲む手で傷口を押さえながら、必死に逃げる。
健一、権蔵、達也、美樹がその後を追った。
なおみだけが家へ戻り、首を切られた女性のそばへ駆け寄る。
般若の刺青男は道路を走る。
だが腹部の痛みで身体が崩れた。
足がもつれる。
『うっ――!』
そのまま路上へ倒れ込んだ。
少し離れた物陰の奥では、三つの人影がその光景をじっと見ていた。




