第11話③山小屋の留守番
◇08月13日 08時台/山小屋/健一、唯、夏帆、権蔵、達也、なおみ、美樹
朝食を囲む頃には、今日の予定がはっきり決まっていた。
机の中央には周辺地図。
その脇には、昨夜も人の声を拾った特殊無線機が置かれている。
健一が地図へ視線を落とした。
『今日は街で、これをもう一度受信してみる』
唯が箸を止める。
昨日までの物資回収とは違う。
今回は街へ行ったあと、その日のうちには戻ってこない。
健一、達也、権蔵、美樹、なおみの五人は、街の中で一晩過ごす予定だった。
特殊無線が昨夜と同じ時間帯に発信されるなら、20:00頃まで街にいる必要がある。
そこから暗い山道を戻るより、安全な場所を確保して翌朝まで待った方がいい。
『本当に街で寝るの?』
唯が心配そうに健一を見る。
『ああ』
『感染者がいるのに……』
『だから、明るいうちに安全な場所を探すよ』
健一は地図を指でなぞった。
『感染者が簡単に入り込めなくて、何かあった時に別の逃げ道も使える場所を選ぶ』
権蔵も頷く。
『暗くなってから寝床を探すのが一番いかん』
唯が権蔵を見る。
『そんなに危ないんですか?』
『夜になれば周りが見えん。走る奴まで出とるんじゃ。建物の中へ入ってから、逃げ道がありませんでしたでは遅い』
達也が口を挟む。
『だから探索に夢中になって、気づいたら真っ暗――ってのは無しな』
美樹がじろりと見る。
『達也が一番やりそう』
『なんでだよ』
『タバコ見つけたら時間忘れそうだから』
『そこまで依存してねぇよ』
健一は苦笑しながらも、権蔵の言葉を頭へ入れておく。
物資や生存者の痕跡を見つけても探索を引き延ばさず、日没前にはその日の拠点を決める。
それが最優先だった。
夏帆が唯の隣から聞く。
『山小屋には私たち二人と嵯峨ね』
『ああ』
健一は夏帆を見る。
『一晩頼む』
『任せて』
唯はまだ少し不安そうだった。
自分たちが山小屋に残ることではない。
街へ向かう五人の方が心配なのだろう。
健一はそれに気づきながらも、無理に明るい言葉を並べなかった。
『明日には戻るよ』
唯は少しだけ間を置き、頷いた。
『……うん』
食事を終えると、それぞれ準備に取りかかった。
街へ行く五人は一泊分。
山小屋に残る唯と夏帆も、五人が戻らない間に必要になる物を確認する。
水。
食料。
照明。
無線。
唯の薬。
嵯峨の餌。
いつもなら全員が揃っている山小屋で、今夜は二人と一匹だけになる。
夏帆は必要な物を一つずつ確認していった。
◇08月13日 10時台/山小屋前/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹
山小屋の前に停めたバンへ、荷物が次々と積み込まれていく。
健一は一泊分の食料と水を確認した。
街の水道がまだ使える可能性はあるが、それを当てにはしない。
フラッシュライトと予備の電池、応急手当用品、携帯無線機も積み込んでいく。
武器もいつも通りだった。
健一は薪割り斧、達也はバール、美樹は空気銃、権蔵はプレチャージ式空気銃と散弾銃、なおみは刀を持つ。
そして、達也が特殊無線機を両手で持ってきた。
『これが今日の主役だな』
『落とすなよ』
健一が言う。
『言われなくても分かってるって』
特殊無線機は衝撃を受けないようにして、すぐ取り出せる場所へ積み込む。
さらに権蔵が、昨日完成させた新しいくくり罠を持ってきた。
走る感染者を想定し、踏み板ではなく進路を横切る糸で作動させる仕掛け。
健一も一緒に積み込む。
『今日、使う機会があるかもしれないですね』
『使わずに済むならそれが一番じゃが、実際に感染者相手でどうなるかは試さんと分からん』
人間が走って作動することは確認した。
だが感染者は止まろうとはしない。
全力で突っ込んでくる。
実戦でどこまで役に立つのかは、まだ未知数だった。
荷物を積み終える。
なおみはバイクの状態を確認していた。
『うちはこっちで行くで』
周辺警戒。
そして何かあった時の機動力を考えれば、バイクは別に動かせた方がいい。
バンには健一、達也、権蔵、美樹の四人。
なおみはバイク。
出発の準備が整った。
健一は最後に山小屋へ戻る。
唯と夏帆が待っていた。
『じゃあ行ってくる』
『お兄ちゃん』
『ん?』
唯が何か言いかけ、少し迷う。
『……気をつけてね』
『ああ』
唯が横から健一を見る。
嵯峨も外へ出てくる。
出掛ける五人の周りを一度歩き、やがて唯の横へ戻った。
権蔵が運転席へ乗る。
達也と美樹もバンへ。
健一は助手席へ乗る前に、もう一度山小屋を振り返った。
唯。
夏帆。
その足元には嵯峨。
なおみがバイクのエンジンを掛ける。
続いてバンのエンジン音。
健一が窓から手を上げた。
唯も手を振る。
『行ってらっしゃい!』
『行ってくる!』
バンがゆっくり走り出す。
なおみのバイクも後を追った。
二台が山道の向こうへ消えるまで、唯と夏帆、嵯峨はその場で見送っていた。
◇08月13日 10時台/渓流/唯、夏帆、嵯峨
五人を見送ったあと。
唯と夏帆は溜まっていた衣類を抱え、嵯峨を連れて近くの渓流へ向かった。
山小屋から聞こえていたエンジン音は、もう完全に消えている。
いつもより少し静かに感じる山道を歩き、やがて水の流れる音が近づいてきた。
渓流へ着く。
夏帆が衣類を水へ浸し、洗い始める。
唯は洗い終わった物を受け取る役だった。
夏帆が絞った服を渡す。
唯がさらに水気を切り、近くに干していく。
『これ、こっちでいいですか?』
『うん。日が当たるところにお願い』
『はい』
自然に役割が分かれていく。
その間。
嵯峨は浅瀬へ入っていた。
前脚で水を蹴る。
ぱしゃっ。
また一歩。
ぱしゃぱしゃっ。
唯が笑う。
『嵯峨、楽しそう』
『暑いから気持ちいいんじゃない?』
嵯峨はさらに水の中を歩き回る。
顔まで水へ近づけ。
鼻先を濡らし。
また跳ねる。
しばらくして満足したのか、二人の方へ戻ってきた。
唯が笑顔で呼ぶ。
『嵯峨、おいで――』
次の瞬間。
嵯峨が身体を大きく震わせた。
ぶるぶるぶるっ!
盛大に水滴が飛び散る。
『きゃっ!』
『ちょっと!』
唯と夏帆が同時に逃げる。
だが遅い。
衣類を洗っていた二人へ、水滴が容赦なく降りかかった。
嵯峨は何事もなかったように立っている。
唯は濡れた頬を手で拭った。
『もうっ! 嵯峨!』
夏帆も笑いながら髪についた水滴を払う。
『こら! こっち来ないで!』
そう言われた嵯峨は、なぜか嬉しそうに二人の方へ歩いてくる。
『来た!』
『逃げて、唯ちゃん!』
二人は笑いながら距離を取る。
誰もいなくなったわけではない。
健一たちは明日戻ってくる。
それまでは。
いつも通り。
できる仕事をして。
二人と一匹で、山小屋を守るだけだった。




