第10話⑦誰かの悲鳴
◇08月12日 20時台/バリケードを施した家/父親、娘、般若の刺青男
窓には釘で木の板が打ち付けられ、バリケードのようになっていた。
さらにカーテンは閉め切られ、外の光もほとんど入ってこない。
暗い家の中。
床には家具が倒れ、割れた食器や散らばった生活用品がそのまま残されていた。
その一角。
一人の男が床へ転がされていた。
父親だった。
両手は背中側でロープにきつく縛られている。
何度も殴られた顔は腫れ上がり、口元には乾きかけた血がこびりついていた。
『……っ、ぐ……』
身体を起こそうとする。
だが上手く力が入らない。
それでも床へ肩を押しつけ、必死に身体を動かした。
すぐ近く。
娘がいる。
『やめて……! やめてください……!』
震える声。
娘の服は乱暴に引き裂かれていた。
娘は必死に抵抗していたが、その身体を押さえつけている男はびくともしない。
大柄な男。
肌には般若の刺青。
父親の視界に、その刺青が何度も入った。
『やめろ……』
声が掠れる。
男は父親へ目を向けた。
娘ではない。
助けを求めている娘ではなく。
床に縛られた父親の顔を見た。
そして――笑った。
楽しんでいるような笑みだった。
『娘がやられるのを、そこで見てなっ!』
『やめろぉ……!』
父親は全身に力を込めた。
ロープを引く。
手首へ食い込む。
痛み。
構わない。
もう一度。
『ぐっ……!』
身体を捻る。
床を蹴る。
少しでも娘のところへ近づこうとする。
だが、縛られた両手では身体を支えることすら難しい。
ほんの僅かに動いただけで、肩から床へ倒れ込んだ。
『お父さん……!』
娘の声に、父親が顔を上げた。
『大丈夫だ! 今助ける!』
何の根拠もなかった。
拘束は解けない。身体も思うように動かない。
それでも、そう言うしかなかった。
父親は両手を縛っているロープを力任せに引いた。
手首へ食い込み、皮膚が擦れる。
それでも構わず引く。
『やめろ! 俺を殺してもいい! だから娘には手を出すな!』
男は答えなかった。
ただ父親を見て、笑っている。
『頼む! 何でもする! 食料もある! 車も――』
そこで父親は気づいた。
こいつは、何かが欲しいわけではない。
娘が怯えることも。
自分が何もできないことも。
ただ楽しんでいる。
『……っ』
父親は再びロープを引いた。
手首から血が滲む。
『外れろ……!』
外れない。
般若の刺青男が笑った。
その瞬間、父親の中で何かが切れた。
『笑うなぁぁぁっ!!』
男は止まらない。
娘の声が響く。
父親は必死に身体を前へ進めようとする。
一センチでも。
ほんの少しでも。
『ヤメロ……』
声が震える。
『やめろ……頼む……』
誰も止めてくれない。
警察も。
近所の人間も。
助けを呼べる誰かもいない。
この家の外で何が起きているのかさえ、今の父親には関係なかった。
目の前にいる娘。
ただそれだけだった。
父親は血の滲む手首を、さらにロープへ押しつけた。
そして。
喉が裂けるほどの声で叫んだ。
『ヤメロぉおおおおおおおおおおっ!!』
絶叫が、薄暗い家の中へ響き渡った。




