第10話⑥ハト! キジ! ヌートリア?
続いて焼けたのは、キジだった。
小さく切った肉を串に刺し、塩だけを振って焚火へかざしている。
表面へ焼き色がつき、脂が落ちるたびに炎が小さく揺れた。
美樹は自分の串を受け取ると、まだ熱い肉へかぶりついた。
『ん……』
噛む。
前に食べたキジ鍋とは、食感がまるで違った。
汁で煮込まれていないぶん、締まった肉の弾力がそのまま残っている。
噛むほどに、肉そのものの旨味が口の中へ広がった。
美樹の表情が明るくなる。
『鍋の時より、お肉そのものの味が分かる』
権蔵も串を一本取る。
『塩だけじゃからな。キジはこうやって焼いてもうまいぞ』
達也も一切れ噛み、何度か顎を動かした。
『鶏肉より締まってるけど、噛んでると味が出てくるな』
美樹は嬉しそうにもう一口食べる。
今日、自分で山へ入り、獲物を見つけ、周囲を確かめ、嵯峨へ合図を出して、自分の判断で仕留めたキジだった。
『こっちも好きかも』
そう言って、また串へかぶりつく。
その横では、別の串から甘く香ばしい匂いが漂い始めていた。
ハトの肉。
醤油と砂糖を使った甘辛いタレを塗りながら、焚火でじっくり焼いている。
タレが一滴、炎へ落ちた。
ジュッ――。
焦げた醤油の香りが一気に広がる。
達也が鼻を動かした。
『これ絶対うまいやつだろ』
焼き上がった肉を健一が口へ入れる。
見た目からして、キジとも鶏肉とも違う。
肉の色が濃い。
噛むとしっかりとした弾力があり、甘辛いタレの奥から濃い肉の味が出てきた。
健一は少し驚いたように肉を見る。
『ハトってもっと鶏肉みたいな味だと思ってました』
権蔵が頷く。
『よう飛ぶ鳥じゃからな。胸なんかは肉の色も濃いじゃろ』
美樹も一口食べた。
『鶏肉より味が濃い。なんか……ちょっとお肉っぽい』
達也が眉を上げる。
『鳥食って“肉っぽい”ってなんだよ』
『食べれば分かるって!』
『今食べてるよ!』
言い合いながらも、達也の手は次の串へ伸びていた。
そして。
食卓の中で、誰もが何となく後回しにしていた料理が残っていた。
鍋の中でじっくり煮込まれたヌートリア。
美樹が蓋を開ける。
湯気と一緒に、煮汁の香りが立ち上った。
見た目だけなら、普通の煮込み料理だった。
だが。
美樹の頭には、昼間まで生きていた姿がしっかり残っている。
『……見た目を思い出すと、ちょっと勇気いる』
達也が即座に返す。
『お前が獲ってきたんだろ』
『だから食べるの!』
美樹は意を決して肉を一切れ取った。
口へ運ぶ。
噛む。
『…………』
全員の視線が集まった。
美樹はさらに二度、三度と噛む。
そして首を傾げた。
『……あれ? 普通においしい』
『普通なんだ』
達也も恐る恐る箸を伸ばす。
健一も一切れ取った。
肉は十分に煮込まれて柔らかくなっている。
脂っこさは少ない。
中まで染み込んだ煮汁の味が広がり、その奥に獣肉らしい風味はあるものの、見た目から想像したほど強烈な癖はなかった。
健一は驚いて権蔵を見る。
『もっと臭いのかと思ってました』
『獲物は処理と料理で随分変わるからのぅ』
達也も肉を飲み込む。
『見た目知らずに出されたら、ヌートリアだって分かんねぇな』
『でしょ?』
美樹はさっきまで警戒していたのが嘘のように、二口目へ手を伸ばした。
肉料理の合間には、唯と夏帆が川辺で摘んできたクレソンも並んでいる。
唯が一口食べる。
独特の香り。
ぴりっとした辛味。
肉の脂や濃い味が残っていた口の中が、すっと軽くなる。
夏帆も頷いた。
『こういうのがあると肉ばっかりでも食べやすいね』
唯が嬉しそうに笑う。
『今日採ってきてよかったですね』
山で獲った鳥。
山で獲った獣。
川で釣った魚。
川辺で摘んだ野草。
美樹は食卓をゆっくり見渡した。
店で買った物ではない。
誰かから配られた物でもない。
今日、自分たちが山と川へ出て手に入れたものばかりだった。
『なんか今日のご飯、ほとんど自分たちで取ってきたものだね』
健一も改めて料理を見る。
朝から権蔵たちと作っていた、新しい罠を思い出した。
『罠も作ったし……少しずつ、ここで生きる方法が分かってきたのかもしれないな』
権蔵は何も言わなかった。
ただ鮎を一口食べ。
ほんの少しだけ、口元を緩めた。
食事を終え、全員で片づけを始めた。
唯と夏帆が食器をまとめる。
健一は焚火の周りを片づける。
美樹も残った料理を整理していた。
達也は昨日、この時間帯に特殊無線が電波を拾っていたことを思い出す。
山小屋へ入り電源を入れる。
と同時に、無線機から激しい雑音が聞こえた。
ザーッ――!
一瞬全員の手が止まる。
『来た!』
全員が無線機の前へ集まった。
雑音の向こうから、途切れ途切れの声が聞こえる。
『生存ジーーッジーッせジー。こち・・・・岐阜ジーッ環キジーッ高度感染ジーーーッンター。ジーーッジーッ。』
健一がすぐにマイクを取った。
『こちら生存者7名! 聞こえています! そちらの場所を教えてください!』
ザーッ――。
返事はない。
『こちら生存者7名! 聞こえていたら応答してください!』
ジジッ。
ノイズ。
健一はもう一度呼びかける。
『こちら生存者7名! 応答してください!』
だが。
向こうからの声は、こちらの呼びかけと関係なく途切れ途切れに流れているだけだった。
やがて――。
ザーッ……。
通信が消えた。
達也が無線機へ顔を近づける。
『……また切れた』
誰もすぐには動かなかった。
昨日。
そして今日。
二日続けて、人間の声を拾った。
偶然の混信とは考えにくい。
どこかで誰かが、繰り返し発信している。
健一が無線機を見つめる。
『昨日もこのくらいの時間帯だったな』
権蔵も頷いた。
『決まった時間に流しとる可能性はあるな』
達也は周囲の山を意識するように顔を上げた。
『ここじゃ電波が弱すぎるんじゃねぇか?』
『山に囲まれとるからの』
『だったらさ』
達也が無線機を指す。
『開けた街で受信したら、もっとちゃんと聞こえるんじゃないか?』
健一も考える。
山小屋は安全だ。
だが電波を受ける場所としては良くないかもしれない。
『次も同じ時間に通信が来るなら……明日、街へ行って試してみる?』
権蔵は少し考えたあと、頷いた。
『やってみる価値はあるじゃろ』
特殊無線機を持って。
明日。
同じ時間。
より開けた場所へ。
健一たちは、次の通信を街で待つことにした。




