第10話⑤カラスを食べたくない理由
◇08月12日 18時台/山小屋の庭/健一、権蔵、達也、美樹、なおみ
山道の向こうから、嵯峨が駆けてきた。
山小屋の庭で罠を片づけていた健一が顔を上げる。
『嵯峨?』
その後ろ。
木々の間から、なおみと美樹が姿を見せた。
二人とも荷物を抱えている。
健一が目を凝らした。
『……結構獲ってない?』
達也も振り返る。
『おお、マジか』
美樹は少し疲れた顔をしていたが、その表情には達成感が混じっていた。
『ただいま』
『おかえり。何獲れた?』
健一たちが近づく。
美樹が獲物を見せた。
ハトが三羽。
キジが一羽。
さらに――。
達也の視線が止まる。
『……何これ』
『ヌートリア』
『ヌートリア!?』
達也が思わず身を乗り出した。
『これ食うの?』
『そのつもりだけど……』
美樹はヌートリアを見る。
『私、解体の仕方が分からないから、権蔵さんに聞こうと思って』
権蔵も罠の片づけを中断して近づいてきた。
獲物を一通り確認する。
『ずいぶん獲ったのう』
その言葉に、美樹の表情が少しだけ明るくなった。
『権蔵さん、これ……』
美樹がヌートリアを示す。
『どうやって解体するの?』
権蔵は手に取り、身体のつくりを確認した。
『四つ足の獣なら、解体のやり方はイノシシと同じじゃ。こいつは小さい分、楽じゃがな』
『イノシシと同じ?』
『基本はな』
美樹は少し安心したように頷いた。
『じゃあ、やってみる』
作業場所を整える。
道具を用意し、権蔵が横についた。
美樹は以前イノシシを解体した時のことを思い出しながら、手を動かした。
まず皮に刃を入れる位置を確認し、無理に引っ張らないよう慎重に剥いでいく。
汚れた部分が肉へ触れないようにも注意する。
『そこはもう少し浅くてええ』
『こう?』
『そうじゃ』
権蔵に確認してもらいながら進めていく。
身体の大きさこそ全く違うが、骨の位置や関節、皮と肉の境目を触って確かめてみると、以前教わった感覚に近かった。
美樹が少し驚く。
『ほんとだ。大きさが違うだけで、ほとんど同じだね』
『獣の身体の基本は似とるからの』
美樹は一つずつ作業を続けた。
分からないところだけ権蔵へ聞く。
権蔵も必要な時だけ手を出す。
以前なら最初から最後まで権蔵の手元を見ていた。
今は、自分で刃を持っている。
なおみは少し離れた場所で嵯峨を撫でながら、その様子を眺めていた。
健一と達也も罠の片づけを終え、時々美樹の方を見る。
やがて。
最後の処理を終える。
美樹は一度手を止めた。
『……終わった?』
権蔵が確認する。
『ああ。問題ない』
美樹の肩から力が抜けた。
『よかったぁ……』
初めて扱う獲物。
それでも、以前教わったことを使って最後まで処理できた。
美樹は解体したヌートリアを見ながら、小さく息を吐いた。
その時。
ふと思い出す。
山から戻る途中。
上空を横切っていった何羽もの黒い鳥。
『ねえ、権蔵さん』
『なんじゃ』
『カラスって食べられるの?』
健一たちの手も少し止まる。
権蔵は特に驚いた様子もなく答えた。
『食えんことはない。じゃが、今はわざわざ食おうとは思わんな』
美樹が首を傾げる。
『なんで?』
『街には死体がそのままになっとる場所もあるじゃろ』
美樹の表情が少し変わる。
権蔵は続けた。
『カラスは何でも食う。人の死体をついばんどる可能性もある』
『…………』
美樹は露骨に嫌そうな顔をした。
『……それ聞いたら食べたくない』
達也も渋い顔をする。
『俺も無理だわ』
権蔵は道具を片づけながら話を続けた。
『それにな、獣も鳥も何を食っとるかで肉の味や匂いが変わることがある。腐った肉や生ゴミなんかを漁っとるやつは、肉の臭みがきついこともあるからの』
美樹が即答する。
『じゃあ、余計にいらない』
『それにカラスの肉は赤黒くてな。見た目もあんまり食欲が湧かんのじゃ』
美樹が権蔵を見る。
『……権蔵さん、カラス食べたことあるの?』
『昔にな。食えるもんは一通り試してみたことがある』
『へぇ……』
美樹は妙に感心したような顔をする。
権蔵はハトとキジを見る。
『じゃが、キジやハトがおるなら、わざわざカラスを選ぶこともないじゃろ』
『うん。絶対そっちがいい』
美樹は迷わず頷いた。
なおみが笑う。
『美樹、さっきまで食えるか気にしとったのに、手のひら返すん早いな』
『だって人の死体食べてるかもしれないって聞いたら無理でしょ!』
達也も頷く。
『これは美樹に一票』
話しているうちに、山の空が少しずつ夕方の色へ変わっていた。
今日一日で手に入れた獲物。
完成した新しい罠。
それぞれが自分にできることを試し、一つずつ形にして戻ってきた。
あとは――。
それを食卓へ並べる時間だった。
◇08月12日 20時台/山小屋前/健一、唯、夏帆、権蔵、達也、なおみ、美樹
焚火の周りには、いつも以上に多くの料理が並んでいた。
今日、山と川から持ち帰ったものばかりだった。
鮎の塩焼き。
キジの串焼き。
ハトのタレ焼き。
ヌートリアの煮込み。
そしてクレソンを使った料理。
達也が目の前の食卓を見回す。
『今日、豪華すぎない?』
唯も嬉しそうに料理を見る。
『ほとんど今日取ってきたものですよ』
火のそばでは鮎の皮が香ばしく焼けていた。
箸を入れる。
ぱりっと焼けた皮の下から、柔らかな白い身がほぐれる。
美樹が一口食べた。
『んっ! おいしい! 身がふわふわ!』
唯も慎重に口へ運ぶ。
噛んだ瞬間、少し不思議そうな顔をした。
『なんか……普通の魚と香りが違いますね』
権蔵が頷く。
『鮎は香りも味のうちじゃ。腹のところは少し苦いが、それも鮎の味じゃぞ』
唯は自分の鮎を見る。
腹の部分を少しだけ箸で取った。
恐る恐る口へ入れる。
『…………』
ゆっくり噛む。
『……苦い。でも、嫌な苦さじゃないです』
そう言いながら、もう一口食べた。
その向かいでは、達也がすでに二匹目の鮎へ手を伸ばしていた。
健一が気づく。
『もうおかわりしてる』
『だってうまいんだから仕方ないだろ』
夕食は、まだ始まったばかりだった。




