第10話④夕暮れの帰り道
◇08月12日 17時台/山道/美樹、なおみ、嵯峨
長い時間、山の中を歩き回った。
朝から続けていた射撃練習の疲れも、美樹の腕には残っている。
それでも、手にした獲物を見るたびに足取りは少し軽くなった。
ハトが三羽。
キジが一羽。
そして――。
『まさか、こんなのまで獲れるとは思わなかった』
美樹は水辺で仕留めたヌートリアを見下ろした。
ずんぐりとした身体。
長い尾。
鳥とはまるで違う姿をしている。
なおみも覗き込む。
『結構でかいなぁ』
『撃つ前にちょっと迷った』
『食えるんやろ?』
『たぶん……。でも、どうやって解体するのか分からない』
キジやハトなら、権蔵から鳥の処理を教わっている。
だがヌートリアは初めてだった。
美樹は少し考え、首を横に振る。
『勝手にやらない方がいいね。権蔵さんに見てもらう』
『それがええな』
今日の狩猟では、昨日の失敗を繰り返さないことだけを意識していた。
獲物を見つけても、すぐには撃たない。
周囲を見る。
射線の先を確認する。
撃ったあと、別の何かが飛び出してこないか。
自分と獲物の間だけではなく、その周囲まで見る。
それを繰り返した。
キジを見つけた時も同じだった。
草の向こうを歩く一羽を見つけても、美樹はすぐには空気銃を構えなかった。
まず左右を確認した。
それから嵯峨へ視線を向ける。
片手を上げた。
声は出さない。
『待て』のハンドサイン。
嵯峨は美樹の手を見る。
その場で――止まった。
美樹は一瞬だけ目を見開いた。
だが喜ぶのは後だ。
ゆっくり空気銃を構える。
スコープの中へキジを捉える。
焦らない。
呼吸を整える。
照準を合わせる。
パシュッ――。
キジが倒れた。
美樹はすぐには獲物へ近づかず、銃口を安全な方向へ向けたまま周囲を確認した。
右。
左。
背後。
何も来ない。
美樹はようやく息を吐き、嵯峨を見る。
『嵯峨、取ってきて』
キジの落ちた場所を示すと、嵯峨はすぐに駆け出した。
草の中へ入り、倒れたキジのところまで向かう。
少しして、嵯峨がキジを咥えて戻ってきた。
朝、最初のハトを持ってきた時には驚いた。
だが今度は、美樹も自然に手を伸ばして獲物を受け取る。
『ありがとう、嵯峨』
頭を撫でると、嵯峨が尻尾を振った。
なおみがその様子を見て笑う。
『ちゃんとコンビになってきたな』
『うん』
美樹も笑った。
今日だけで、ハトを仕留めた時にも何度か嵯峨へ回収を任せている。
最初は本で読んだ通りにやってみただけだったが、美樹も少しずつ指示を出すタイミングが分かってきた。
射撃だけではない。
周囲を見ること。
嵯峨へ指示を出すこと。
撃った獲物を回収するところまで含めて、自分で判断すること。
権蔵がいない山の中で、一つずつできることが増えていた。
美樹は獲物をまとめる。
『そろそろ帰ろう。暗くなる前に戻らないと』
『せやな』
なおみが周囲を確認し、二人と一匹は山小屋へ向かって歩き出した。
その途中。
『カァ――!』
頭上から鳴き声が響いた。
美樹が足を止める。
『カァ! カァ!』
何羽ものカラスが、鳴きながら上空を横切っていく。
黒い影が次々と木々の向こうへ流れていった。
美樹は何も言わず、その姿をしばらく見上げていた。
やがて最後の一羽が見えなくなる。
『美樹?』
なおみに呼ばれ、美樹は視線を戻した。
『ううん。なんでもない』
もう一度だけ空を見上げてから、山小屋へ向かって歩き始めた。
◇08月12日 17時台/山小屋の庭/健一、権蔵、達也
山小屋の庭には、朝から何度も組み直された罠が広げられていた。
ロープ。
ワイヤー。
木材。
仕掛けを作っては試し。
失敗しては外す。
その繰り返し。
達也は地面へ座り込み、大きく息を吐いた。
『やっと形になったな……』
健一も完成した仕掛けを見る。
今まで権蔵が使っていた獣用のくくり罠とは、作動させる方法が違う。
踏み板はない。
進路を横切るように、脛ほどの高さへ一本の糸が張られている。
その先が仕掛けへ繋がっていた。
足元には、開いたワイヤーの輪。
権蔵が位置を確認する。
『これならアスファルトでも使える』
健一が糸を見る。
『感染者が走ってきて、これに足を引っ掛ければ……』
『仕掛けが作動して、足元の輪が締まる』
権蔵が続ける。
固定側は、木や電柱、動かない重量物へ取る。
走ってきた感染者が糸を引けば、足首をくくる。
そのまま進もうとすれば――。
健一は昨日のキャンプ地を思い出した。
全力でこちらへ向かってきた感染者。
『自分の勢いで転ぶ』
『そういうことじゃ』
達也が腕を組む。
『理屈は分かった』
少し間を置く。
『で、これどうやって試す?』
健一と権蔵の視線が、同時に達也へ向いた。
『…………』
達也も二人を見る。
『いやいやいや』
一歩下がる。
『なんで俺なんだよ』
健一が笑う。
『走る感染者役が必要だから』
『お前がやればいいだろ!』
『左腕、昨日噛まれてるんで』
『急に怪我人アピールすんな!』
権蔵が罠を調整する。
『本番より弱くしておく。怪我するほど締まらん』
『そういう問題か?』
文句を言いながらも、達也は罠から少し離れた位置へ移動した。
『絶対弱くしてるよな?』
『してある』
『本当に?』
『早う走れ』
『扱い雑だなぁ!』
達也は渋々構えた。
前方には脛ほどの高さに張られた糸。
足元の仕掛けそのものは、走りながらではほとんど意識できない。
『行くぞ』
少し助走する。
走る。
一歩。
二歩。
三歩。
脛が糸へ触れた。
ピンッ――。
次の瞬間。
足元で仕掛けが作動する。
開いていたワイヤーの輪が動き、達也の脚を捉えた。
『うおっ!?』
達也は反射的に速度を落とし、慌てて踏ん張った。
数歩よろめいて停止する。
足元を見る。
『……これ本番だったら普通に転ぶぞ!』
健一も作動した罠を確認する。
『走ってる最中に急に足を取られたら、まず耐えられないな』
権蔵が頷いた。
『獣は罠を警戒するが、奴らは見えていても走ってくる』
地面にある踏み板へ正確に足を置かせる必要はない。
進路を横切る糸へ触れさせればいい。
『なら踏ませる必要はない』
権蔵は罠を持ち上げた。
『走ってくる勢いそのものを使えばええ』
達也は自分の脚からワイヤーを外す。
『これは街でも使えそうだな』
『うん。土に埋める必要がないなら、道路でも建物の中でも置ける』
健一は完成した仕掛けを見る。
昨日現れた、走る感染者。
これから同じものが増えるなら、近づかれてから武器だけで戦うのは危険すぎる。
近づく前に止める。
倒す。
そのための新しい手段が、一つ増えた。
◇08月12日 17時台/渓流/唯、夏帆
渓流では、夕方の光が水面へ細長く反射していた。
長い時間粘った甲斐があり、唯と夏帆のそばには釣り上げた鮎が並んでいる。
唯が数える。
『……八、九、十』
もう一度数える。
『十匹!』
嬉しそうに夏帆を見る。
『これならみんな一匹ずつ食べられますね』
二人だけの分ではない。
山小屋にいる全員へ持って帰れる。
夏帆も満足そうに頷いた。
『十分ね。暗くなる前に戻りましょう』
釣った鮎をまとめる。
川辺で摘んだクレソンも籠へ入っている。
唯は魚を見ながら嬉しそうに笑った。
自分たちで釣った。
自分たちで採った。
それを皆で食べられる。
夏帆が鮎を持ち上げながら、何でもない顔で言った。
『白髪マンモスにも一匹あげないとね』
唯の笑顔が固まった。
『…………』
夏帆は平然としている。
唯の顔がみるみる赤くなった。
『だからそれは忘れてください!』
渓流に夏帆の笑い声が響いた。
唯は恥ずかしそうに頬を膨らませながらも、釣った鮎とクレソンを大事に抱える。
二人は夕暮れの山道を、山小屋へ向かって歩き始めた。
■唯のサバイバルメモ
・今日のテーマ:猟犬
皆さんこんにちは。唯です。
今回のお題は『猟犬』についてです。
一言で猟犬と言っても、みんな同じ仕事をするわけじゃないんだって。
狩猟の方法や獲物によって、得意な役割が違います。
今回は狩猟でよく聞くタイプを紹介します!
◇ハウンド
嗅覚を使って獲物の跡を追い、吠えながら追い立てたり、獲物の居場所を猟師さんに知らせたりするのが得意な犬です。
イノシシなどの獲物を追う時にも使われていて、日本ではこうした猟犬を『追い犬』と呼ぶこともあります。
森の中では猟師さんから獲物が見えなくても、犬の吠え声を聞けば『今どこを追っているのか』を判断する手掛かりになるんだって。
◇セッター
嗅覚を使って鳥を探し、獲物を見つけた場所を猟師さんに知らせるのが得意な犬です。
『セッター』という名前は、昔、鳥を見つけると身体を低くして伏せるような姿勢を取る『set』という行動をしていたことから付いたんだって。
昔は銃ではなく網を使って鳥を捕まえることもあったので、犬が低く伏せて場所を知らせてくれるのが便利だったみたいです。
◇ポインター
ポインターも鳥を探して、その場所を猟師さんへ知らせる犬です。
獲物の匂いを見つけると動きを止めて、鼻先や身体を鳥のいる方向へ向けます。
『あっちにいる!』って身体全体で指し示すから『ポインター』なんですね。
◇レトリーバー
そして嵯峨が得意なのがこれ!
猟師さんが撃ち落とした鳥を探して、咥えて持ち帰ってくるのが得意な犬です。
英語の『retrieve』には『取り戻す』『回収する』という意味があります。
陸上だけじゃなく、水面に落ちた水鳥を泳いで回収することもあります。
それに獲物を強く噛んで傷つけないよう、鳥をやさしく咥えて持ち帰ることも大切なんだって。
レトリーバーは、撃たれた鳥を陸上や水上からハンドラーのもとへ回収する犬として育てられてきました。
だから美樹さんが撃ったハトやキジを、嵯峨がちゃんと咥えて持って帰ってきたんですね。
嵯峨って、ただお利口なだけじゃなくて、ちゃんと猟犬として訓練されてたんだ……。
なんか格好いい!
では今日はここまで。
またね。




