第9話⑦誰かが生きている
◇08月11日 20時台/山小屋前/健一、唯、夏帆、権蔵、達也、なおみ、美樹
山小屋の前では、焚火の炎が赤々と燃えていた。
皆で焚火を囲んで食事にすることにした。
焚火の上には、今日キャンプ地から持ち帰ったばかりのダッチオーブンが置かれている。
黒い鉄の蓋から、細い湯気が漏れていた。
『これ、ええなぁ』
なおみが焚火の前へしゃがみ込み、重厚な鍋を眺める。
権蔵も隣から様子を確かめた。
『厚い鉄でできとるから、熱が回れば煮込みにも使いやすい。焚火でそのまま使えるのもええ』
達也が鍋を見る。
『でもこれ、拾ってきたばっかだろ? そのまま使って大丈夫なの?』
『そのままでは使っとらん。帰ってから洗って火にかけて乾かし、油を馴染ませた。野菜の切れ端も炒めて、鉄臭さは取ってある』
『それ何?』
『シーズニングじゃ。鋳鉄の鍋はこうやって油を馴染ませとくと、錆びにくくなるし焦げ付きも減る』
なおみが感心したように鍋を見る。
『鍋一個でも手間かかるんやなぁ』
『道具は手入れして使うもんじゃ』
達也が鼻をひくつかせる。
『問題は中身だな。めちゃくちゃ腹減ってる』
『さっきからそれしか言ってないじゃん』
美樹が呆れた顔をする。
『今日どんだけ動いたと思ってんだよ。感染者と戦って、荷物運んで、キャンピングカー運転して――』
『タバコ運んで』
健一が付け足した。
『あれも重要な仕事だ』
『はいはい』
昼間の張り詰めた空気が嘘のように、いつもの会話が戻っていた。
だが、全員が無事だったわけではない。
料理を待つ間、夏帆は救急用品を持って健一の前へ座った。
『左腕、見せて』
『もう権蔵さんたちにも見てもらったけど、大丈夫だって』
『私も確認するの』
有無を言わせない口調だった。
健一は諦めて袖を捲る。
感染者に噛みつかれた場所。
皮膚にはまだ薄く歯の跡が残っている。
夏帆はフラッシュライトを近づけ、慎重に確認した。
『痛い?』
『押されるとちょっと』
指先で周囲を軽く確認する。
健一の顔色も見る。
皮膚は破れていない。
出血もない。
『……本当にギリギリね』
夏帆の声が低くなった。
健一は自分の腕を見る。
戦っている時には考える暇もなかった。
だが今、改めて歯形を見ると背筋が冷える。
あと少し。
服が薄かったら。
感染者の歯が、もう少し深く食い込んでいたら。
『厚い服で助かったよ』
健一が言う。
夏帆は返事をせず、もう一度皮膚を確認した。
『傷はない。でも打撲にはなってるから、今日はなるべく使わないで』
『右腕は使える』
『そういう意味じゃない』
『はい』
そのやり取りを、美樹が少し離れた場所から見ていた。
視線は健一の腕へ向いたまま。
健一が気づいて目を合わせると、美樹はすぐに視線を落とした。
夏帆は次になおみを呼ぶ。
『なおみさんも肩』
『ほんまに大したことないって』
『そう言う人ほど見せてください』
『夏帆ちゃん、厳しいなぁ』
なおみは苦笑しながら服をずらし、感染者に殴られた肩を見せた。
赤黒く腫れている。
夏帆が腕をゆっくり動かさせる。
『ここまで上げて』
なおみが上げる。
『痛っ……』
『痛いじゃないですか』
『動かせるから平気や』
『平気と無傷は違います』
なおみは観念したように肩を落とした。
夏帆は冷やす準備をしながら言う。
『骨までどうかなってる感じはなさそうですけど、今日は安静にしてください』
『はいはい』
『返事一回』
『はい』
唯が隣でくすっと笑った。
なおみが振り向く。
『唯ちゃん、笑っとるやろ』
『笑ってないです』
『顔が笑っとるで』
『だって、なおみさんが夏帆さんに怒られてるから……』
『唯ちゃんまで言うようになったなぁ』
山小屋に笑いが広がる。
夏帆も僅かに口元を緩めながら手当てを続けた。
やがて権蔵がダッチオーブンの蓋を開ける。
湯気とともに、温かな香りが広がった。
『できたぞ』
『待ってました!』
達也が真っ先に反応した。
『怪我人より元気ね』
美樹が言う。
『俺、怪我してないからな』
『頭は?』
『美樹さん、今日ちょっと当たり強くない?』
『気のせい』
皆で食事を取り分ける。
今日手に入れた米もある。
猪肉もある。
ほんの朝までは、食料の減りを心配していた。
今は少なくとも、昨日より余裕があった。
健一は温かい食事を口へ運びながら、昼間のキャンプ地を思い出す。
走る感染者。
一気に縮まった距離。
腕へ食い込んだ歯。
今までと同じ戦い方では危ない。
それは全員が身体で理解していた。
だが今は。
焚火がある。
温かい飯がある。
目の前には、全員がいる。
それだけで十分だった。
食事が進む中、達也がふと山小屋の中へ視線を向けた。
『そういや、今日拾った無線』
健一も思い出す。
『特殊無線機か』
『バッテリー残ってたよな。ちょっと動かしてみない?』
権蔵が頷いた。
『飯を食いながらでええ。持ってこい』
達也が立ち上がり、昼間に回収した特殊無線機を山小屋の中から持って戻ってくる。
焚き火の横にある机の上へ置く。
これまで使っている携帯無線とは明らかに形が違った。
達也が本体を弄る。
『これで電源……かな』
カチッ。
小さなランプが点いた。
『お、ついた』
全員の視線が集まる。
最初に聞こえたのは、雑音だけだった。
ザーッ――。
ジジッ。
ザーッ――。
達也がつまみを動かす。
『なんか入ってないかな』
健一も耳を澄ませる。
雑音。
途切れ途切れのノイズ。
それだけ。
『何も聞こえ――』
健一が言いかけた、その時だった。
『――ジーーッ……存……ジッ……せ……』
全員の動きが止まった。
達也が無線機を見る。
『……今、声したよな?』
『静かに』
健一が言う。
ザーッ――。
激しい雑音。
その奥。
確かに人間の声が混ざっていた。
『生存ジーーッジーッせジー……』
唯が箸を置く。
夏帆も無線機を見つめる。
達也は慌ててつまみを微調整した。
『もう一回……来い』
ジジジッ――。
『こち……ら……』
声。
男か女かさえ、雑音が激しく判別できない。
録音には思えなかった。
誰かが今、どこかで話している。そう思わせる切迫した調子だった。
『……岐阜ジーッ……環キジーッ……』
権蔵が身を乗り出す。
『岐阜と言ったか?』
健一も聞き逃すまいと無線機へ顔を近づける。
『……高度感染ジーーーッンター…………誰か……応答を……』
『高度感染……?』
夏帆が呟いた。
次の瞬間、雑音が一気に強くなる。
ザーッ――!
『ジーーッジーッ――』
そして。
声が消えた。
焚火を囲んでいた全員が、黙り込んだ。
誰もすぐには口を開かなかった。
焚火の薪が、ぱちりと爆ぜた。
達也がもう一度つまみを動かす。
『おい……もう一回来いよ』
ザーッ――。
聞こえるのは雑音だけ。
健一は無線機から目を離さなかった。
聞き取れた言葉は僅かだった。
それでも、一つだけは分かる。
今まで聞いてきた防災ラジオとは違う。
どこかに。
自分たち以外の誰かがいる。
健一たちは、雑音を吐き続ける特殊無線機を黙って見つめていた。
■唯のサバイバルメモ
・今日のテーマ:ダッチオーブン
皆さんこんにちは。唯です。
今回のお題は『ダッチオーブン』についてです。
キャンプで使う便利なお鍋と言えば?
そう! ダッチオーブンです。
みんな大好きダッチオーブン。
煮る。
焼く。
蒸す。
炒める。
揚げる。
いろんな料理がこれ一つでできちゃいます。
キャンプ用のダッチオーブンには、蓋の上に炭を載せられるものもあります。
鍋の下だけじゃなく、蓋の上からも熱を加えることで、中をオーブンみたいに加熱できるんですね。
だから名前も『ダッチオーブン』。
蓋をひっくり返して、鉄板みたいに使えるタイプまであるんだって。
◇どんな料理が作れるの?
例えば――
①丸鶏や大きな肉のロースト
②ビーフシチューやカレーなどの煮込み料理
③パン
④ピザ
⑤豆料理やチリコンカン
ほかにも燻製を作ったり、炭を上下に置いてケーキや果物を使ったデザートまで焼けるみたい。
……もう鍋なのかオーブンなのかフライパンなのか分からないね。
◇西部開拓時代でも大活躍
鋳鉄製の調理器具は昔から丈夫で、アメリカの開拓時代でも大切な調理道具として使われていました。
西部を旅する人たちにとっても、煮込みから焼き物まで一つでこなせる丈夫な鍋は便利だったんですね。
私がダッチオーブンって聞くと、
荒野でカウボーイが焚き火を囲んで、ベーコンとか豆が入った熱々の煮込みを食べてるところを想像します。
……完全に映画の見すぎかな?
◇使った後も大事
ただし、普通の鋳鉄製ダッチオーブンは使った後のお手入れも必要です。
汚れを落としたら、しっかり乾燥させる。
そして薄く油を塗っておく。
水分を残したまま放っておくと錆びる原因になるので注意です。
ちょっと重いし、お手入れにも手間が掛かる。
でも焚き火一つでいろんな料理が作れるダッチオーブン。
電気もガスも使えないこんな時には、かなり頼りになる調理道具なのかもしれませんね。
……美味しいもの作ってくれるなら、私は大歓迎です!
それと、ここまで読んでくれてありがとう!
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ダッチオーブンにはお肉や野菜を入れて、
作者さんにはみんなの応援を入れておけば、
きっとどっちも美味しく仕上がるはずです!
……作者さんは煮込まないでね?
では今日はここまで。
またね。




