第9話⑥小さな録音機
◇08月11日 18時台/山小屋前/健一、唯、夏帆、権蔵、達也、なおみ、美樹
三台のエンジン音が、夕方の山へ響いた。
先頭を走るのは権蔵が運転するバン。
助手席には健一、その後ろには美樹が乗っている。
少し離れて、達也が運転するキャンピングカー。
最後尾をなおみのバイクがついてきていた。
木々の向こうに山小屋が見える。
『帰ってきた!』
外にいた唯が声を上げた。
嵯峨も反応し、山小屋の前へ飛び出していく。
夏帆も後ろから姿を見せた。
権蔵がバンを停める。
エンジンを切った瞬間、健一は深く息を吐いた。
戦闘に建物の探索、大量の物資運びまで続き、身体のあちこちが重かった。
扉を開けて降りると、唯がすぐに近づいてくる。
『お兄ちゃん!』
『ただいま』
健一の姿を上から下まで確認する。
服には汚れがあり、ところどころ擦れた跡も残っている。
『……怪我したの?』
『大したことないよ』
その言葉に、後ろから来た夏帆が反応した。
『大したことあるかどうかは私が見るから』
『はいはい』
『返事が軽い』
健一は苦笑した。
なおみもバイクを停め、肩を軽く回しながら降りる。
夏帆はその動きを見逃さない。
『なおみさんも?』
『ちょっと殴られただけや』
『あとで見せてください』
『分かった分かった』
達也のキャンピングカーも停車した。
唯は見慣れない大きな車を見て目を丸くする。
『これ……どうしたの?』
達也が運転席から降り、得意げに鍵を掲げた。
『今日の戦利品』
『戦利品って……』
健一が横から言う。
『キャンプ地に置いてあった。鍵も見つけたから持ってきたんだ』
唯が車体を見上げる。
『大きい……』
『中で寝れるぞ』
達也はすでに自分の車のような顔をしている。
『遠出してもこれがあれば宿に困らない。荷物もかなり積める。最高だろ』
なおみが呆れたように笑った。
『拾って数時間で愛車みたいに言うとるやん』
『大事に使えば今日から愛車だ』
権蔵が荷室を開ける。
『話は後じゃ。先に荷物を下ろすぞ』
全員で回収品を運び始めた。
米。
一袋だけでもずっしり重い。
それが合計30kg。
保存食。
釣り具。
ダッチオーブン。
キャンプ用品。
特殊無線機。
さらに二台目となる発電機。
夏帆は積み上がっていく物資を見て驚く。
『かなり見つかったのね』
『感染者もかなりおったけどな』
なおみの一言で、唯の表情が変わった。
『……たくさんいたんですか?』
健一は少し迷ったが、隠すことでもない。
『30体くらい』
『30体……』
『全員で倒した。もう大丈夫だよ』
そう言ってから、健一は唯たちが持って帰ってきた籠に気づいた。
『それは?』
唯の表情が少し明るくなる。
『夏帆さんと採ってきたの』
籠を持ち上げる。
中には二人が見分けて採取した植物が入っていた。
『分からない物は採らないようにして、私でも分かる物だけ選んだんだよ』
『へえ』
健一は籠を覗き込んだ。
『ちゃんとやってるじゃん』
唯が嬉しそうに笑う。
『でしょ?』
夏帆も微笑んだ。
『唯ちゃん、自分でかなり見分けられるようになってきたわよ』
『ほんと?』
『まだ少しだけだけど……』
『少しずつでいいだろ』
健一がそう答えると、唯は満足そうに籠を抱え直した。
荷物運びはしばらく続いた。
発電機は重いため、健一と達也が二人で持つ。
『せーの……っ』
『重い!』
『落とすなよ!』
『そっちこそ!』
どうにか山小屋の設備置き場まで運ぶ。
次は米。
その次はキャンプ用品。
達也が回収した大量のタバコまで運び込まれる。
夏帆がそれを見て眉を上げた。
『……これ全部、達也さんの?』
『重要物資』
健一が即座に言う。
『ただのタバコ』
『健一、お前は分かってない』
『分かりたくもない』
言い争いながらも、物資は着実に片付いていった。
一通り運び終えた頃。
達也はもう一度キャンピングカーへ戻った。
『まだ何かあったか?』
健一が聞く。
『ちょっと中を整理してくる』
達也は車内へ入った。
収納を開ける。
細かな荷物をまとめ、残されていた物を確認していく。
誰かが以前ここで寝泊まりしていたのだろう。
生活用品。
使いかけの小物。
その中に、手のひらほどの小さな録音機があった。
達也が手に取る。
『……なんだこれ』
ボタンがいくつか付いている。
試しに押す。
電子音。
どうやら簡単な録音機らしい。
『へぇ』
録音ボタンを押してみる。
小さな表示が点灯した。
達也の口元が緩む。
『これは面白いな』
少し考える。
そして録音機を口元へ近づけた。
声を吹き込む。
再生。
自分の声が小さなスピーカーから流れた。
達也は満足そうに頷く。
『よし』
録音機を持ってキャンピングカーを降りる。
山小屋の前では、唯が採ってきた植物を夏帆と整理していた。
達也は真っ直ぐそちらへ向かった。
『唯、これやるよ』
唯が顔を上げる。
『なにこれ?』
差し出された玩具を受け取る。
『録音できるみたいだぞ。ほら』
達也が再生ボタンを押した。
次の瞬間。
小さなスピーカーから、達也の声が流れた。
『うんち~♪、うんち~♪、うんち~♪』
『…………』
唯が無表情になる。
達也は堪えきれず吹き出した。
『ぶはっ! はははは!』
唯は録音機を見る。
それから達也を見る。
『達也さん……小学生なの?』
『失礼な。小学生でももうちょっと知性あるぞ』
『自分で自分を下げてるよ……』
夏帆が横で呆れた顔をしている。
美樹も荷物を持ったまま足を止めた。
『何してるの……』
『唯へのプレゼント』
『最初に入れる言葉がそれ?』
『印象に残るだろ』
『悪い意味でね』
唯は録音機を両手で持ち、ボタンを眺めた。
『これ、自分で録り直せるの?』
『おう。好きな声に録り直せる』
唯は少しだけ笑った。
『ありがとう。うんちは消しとくね』
『俺の渾身のメッセージが!』
『いらないよ!』
山小屋の前に笑い声が広がった。
唯はもう一度、小さな録音機を見つめる。
ボタンを押せば、声を残せる。
どんな声を入れようか。
少し考えながら、唯はそれを大切そうに手元へ置いた。




