第9話⑤キャンピングカー
◇08月11日 15時台/キャンプ地/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹
キャンピングカーを確保したあと、一行は本格的な物資回収へ移る前に、もう一度互いの身体を確認することにした。
さっきまで全員が動けていた。
だが戦っている最中は、痛みに気づかないこともある。
権蔵がなおみを見る。
『まずお前さんからじゃ。殴られたところを見せてみい』
『これくらい大丈夫やって』
そう言いながらも、なおみは感染者に打たれた肩へ手を当てた。
服の上からでも、少し腫れているのが分かる。
腕を回す。
前。
横。
上。
動かすたびに少し顔をしかめるが、動作そのものに大きな問題はなかった。
『打撲やな』
なおみは軽く肩を回す。
『まあ、明日になったら痛なるかもしれんな』
『今日はあまり無茶するなよ』
『分かっとるって』
次に権蔵の視線が健一へ向いた。
『もう一度確認するぞ。腕だせい』
健一は左腕を見る。
乱戦の最中、感染者に噛みつかれた場所。
思い出すだけで胸の奥が冷たくなる。
『……はい』
袖を捲る。
美樹も少し離れた場所から、その様子を見ていた。
布地の下から現れた皮膚には、うっすらと歯形が残っている。
ほかにも肩や背中にいくつか打撲があったが、どれも動かすのに支障が出るほどではなかった。
権蔵が近づき、歯形の周囲を指先で確かめる。
『傷にはなっとらんな』
健一は息を吐いた。
『服が厚くて助かりました』
破れていない。
血も出ていない。
噛まれた感触があまりに強かったため、その瞬間は本当に終わったと思った。
なおみも覗き込む。
『でも今日は何ともなくても、痛みが強くなるかもしれん。帰ったら夏帆にも見てもらおう』
『分かった』
健一は袖を戻した。
その時。
少し離れたところに立っている美樹と目が合った。
美樹はすぐには視線を逸らさなかった。
健一の腕。
その歯形。
そして健一の顔を見る。
『大丈夫だよ』
健一が先に言った。
美樹は小さく頷いた。
『……うん』
それだけだった。
だが表情は晴れない。
最初に感染者へ当て損ねた一発。
そこから起きた乱戦。
健一が噛みつかれた瞬間。
そして、ついさっき建物の中でも達也に助けられたこと。
どれも頭から離れていないのだろう。
健一もそれ以上は何も言わなかった。
今ここで何を言っても、美樹がすぐに割り切れるとは思えなかった。
『よし』
権蔵が立ち上がる。
『動けん怪我はなさそうじゃ。物資を探すぞ』
全員が武器を持ち直した。
安全を確認したとはいえ、建物の中に感染者が残っていないとは限らない。
一行は売店と管理施設を順番に調べていった。
倒れた棚の周囲には商品が散らばり、すでに空になっている場所も多い。
誰かが避難時に持ち出したのか、それとも地震で壊れたのかは分からなかった。
それでも、まだ使える物は残っていた。
健一が棚を確認していると――。
少し離れたところから達也の声が響いた。
『おおお……!』
健一は反射的に斧を構えた。
『なんだよ、感染者でもいたのか!?』
『それ以上だ!』
達也の声が震えている。
健一たちが警戒しながら駆けつける。
そこにいた達也は、棚の前で目を輝かせていた。
『タバコが大量に残ってる!』
『…………』
健一は斧を下ろした。
『……置いていくぞ』
『待て待て待て!』
達也が慌てて棚を守るように両腕を広げる。
『これは重要物資だろ!』
『どこがだよ』
『精神衛生上、極めて重要だ』
なおみが棚を覗き込む。
『ようこんだけ残っとったな』
『だろ!?』
達也は嬉々として箱を集め始めた。
健一は呆れてため息を吐く。
『好きにしろよ……』
『言われなくても持ってく』
達也は抱えられるだけのタバコを持ち、キャンピングカーへ運んでいった。
美樹がその後ろ姿を見る。
『あんな嬉しそうな顔、初めて見たかも』
『放っとけ』
健一たちは捜索を続けた。
キャンプ用品が置かれていた場所では、調理器具も残されていた。
その中から権蔵が重い鉄製の鍋を持ち上げる。
『ダッチオーブンじゃな』
健一が覗き込む。
『使えます?』
『焚火でも使える。持って帰ろう』
次に見つかったのは釣り具だった。
竿。
仕掛け。
その他、釣りに使える道具がまとまって残っている。
健一が手に取る。
『これも食料確保に使えそうですね』
『ああ』
権蔵が頷いた。
『山には川もある。魚が獲れるなら選択肢が増える』
釣り具も回収する。
さらに売店の奥や倉庫を調べると、米が見つかった。
『こっち、米あります!』
美樹の声。
一行が集まる。
袋を確認する。
合計30kg。
さらに保存食も1kgほど残っていた。
達也が戻ってきて米袋を見る。
『今日一番まともな収穫じゃん』
健一が即座に返す。
『タバコよりな』
『ジャンルが違うだろ』
『比較するまでもないだろ』
米袋を持ち上げる。
ずしりとした重さ。
だが今は、その重さが頼もしかった。
出発前、権蔵が言っていた。
食料が尽きてきた、と。
猪肉はあっても、それだけでは長く暮らせない。
30kgの米が加われば、少なくとも少し余裕ができる。
回収した物を車へ運びながら、今度は管理施設を調べる。
奥の設備室。
フラッシュライトの光が、一台の機械を照らした。
健一が足を止める。
『……発電機』
すでに山小屋には一台ある。
それでも健一は迷わなかった。
『発電機も持って帰りましょう。今あるのが壊れた時にも使える』
権蔵も頷く。
『そうじゃな。使える物は持って帰っておいた方がええ』
一台しかない物が壊れれば、それで終わり。
冷凍庫も。
電気を必要とする機械も。
予備があるだけで状況は大きく変わる。
重量を確認し、あとで複数人で運ぶことにした。
さらに通信機器が置かれていた場所で、達也が見慣れない機械を持ち上げた。
『これも無線か?』
健一が近づく。
今まで使っていた無線機とは形が違う。
『たぶん……』
達也が電源を確認する。
内蔵バッテリーはまだ残っているようだった。
『動きそうだぞ』
健一は機械を受け取って見る。
何に使われていたものなのか。
今の段階では分からない。
『持って帰って試してみよう』
『だな』
特殊な無線機も回収品へ加えた。
それから全員で何度も建物と駐車場を往復する。
米。
保存食。
釣り具。
ダッチオーブン。
発電機。
無線機。
その他の使えるキャンプ用品。
そして達也が大事そうに確保した大量のタバコ。
『そっちまだ載る?』
健一がキャンピングカーの方へ声を飛ばす。
中から達也が顔を出した。
『余裕余裕! こういう時のためのキャンピングカーだろ!』
『さっき拾ったばっかりだろ、それ』
バンにも荷物を積み込む。
キャンピングカーの収納も埋めていく。
来た時には空いていた荷室が、少しずつ物資で満たされていった。
健一は最後の荷物を積み終えると、一度キャンプ地を振り返った。
倒した感染者たち。
広い敷地。
今はまだ、自分たちだけでは守りきれない場所。
それでも今日ここへ来たことで、食料も、道具も、車両も増えた。
健一はキャンピングカーの扉を閉める。
『これで大体積み終わったな』
権蔵が周囲を見回す。
『忘れ物がないか、最後に確認するぞ』
誰も気を抜かなかった。
さっきまでの戦いが、まだ身体に残っている。
それでも。
来た時より遥かに多くの物資を載せた二台の車両が、帰る準備を整えていた。




