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第9話④見落とした死角

◇08月11日 14時台/キャンプ地の建物/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹


キャンプ地の建物へ入った瞬間、外とは空気が変わった。

電気は来ていない。

窓から差し込む光も少なく、通路の奥は昼間とは思えないほど暗い。

健一たちは一斉にフラッシュライトを点けた。


白い光が壁や床をなぞる。

受付らしきカウンター。

倒れた椅子。

散らばった紙。

地震の影響なのか、棚から落ちた物が通路のあちこちに転がっていた。


達也が足元を照らす。


『暗ぇな……。足元も気をつけろよ』


なおみは刀を抜いたまま、横の扉を確認する。


『部屋に入る時は中を確認してから。勝手に離れんようにな』


『分かってる』


健一も薪割り斧を握り、周囲へ視線を走らせる。

さっきまで外で30体近い感染者と戦っていた。

もういないと思いたい。

だが、建物の中に取り残されていた感染者まで外へ出ていたとは限らない。

一行は足音をなるべく立てず、ゆっくりと通路を進んだ。

美樹は先頭寄りを歩き、空気銃を構えながら達也のフラッシュライトが照らす先を警戒していた。

昼の失敗が頭から離れなかった。


頬へ外した一発。

走り出した感染者。

噛みつかれた健一。


《今度は外さない》


達也のライトが、通路の先に立つ人影を捉えた。


『いた!』


感染者が振り返る。

光に反応したように顔を上げ、こちらへ身体を向けた。

美樹はすぐに立ち止まった。

空気銃を構える。

スコープへ目を寄せる。


《落ち着いて》


距離は近い。

まだ走ってはいない。

美樹は頭部へ狙いを定め、さらに照準を絞る。

指を引き金へ移した。

パシュッ――。


小さな発射音。

感染者の頭が弾かれ、そのまま床へ崩れ落ちた。

美樹は息を吐く。


『……当たった』


倒れた感染者へ達也のライトが向く。

動かない。

今度は外していない。

その確認に、美樹の意識が集中した。

視線は真正面へ向いたままだった。


だから――。


横の暗い部屋。

開いたままの扉の奥から飛び出した影に、気づくのが遅れた。


『美樹! 横!!』


達也の叫び。


『え――』


美樹が振り向く。

すぐ目の前に感染者の顔があった。

空気銃を向け直す。


間に合わない。

感染者の腕が伸びる。

その直前。


『っ!』


達也が横から美樹の身体を掴んだ。

力任せに引く。

美樹の足がもつれ、そのまま床へ倒れた。


挿絵(By みてみん)


同時に達也も感染者とぶつかり、もつれるように転倒する。


『くそっ!』


感染者が達也の上へ覆い被さる。

口が開く。

達也は左腕で首元を押さえ、必死に顔を遠ざけた。


『達也!』


健一が駆け出す。

だが狭い通路。

倒れた美樹もいる。

すぐには斧を振れない。


達也の右手が床を探る。

指先がバールへ触れた。

掴む。

感染者がさらに身体を押し込んでくる。


『このっ……!』


達也はバールを持ち上げた。

その先端を、感染者の頭部へ突き立てる。

鈍い感触。

感染者の身体が一度大きく震え――。


力が抜けた。

達也の上へ重くのしかかる。


『重っ……!』


健一となおみがすぐに駆け寄り、感染者を引き離した。

権蔵は散弾銃を構え、暗い部屋へライトを向ける。


『他にはおらんか!?』


なおみも反対側を見る。


『……大丈夫。今のところ動く奴はおらん』


数秒。

誰も動かない。

音を探す。

足音。

呻き声。

何も聞こえなかった。

美樹は床へ手をつき、ゆっくり起き上がる。

目の前には、倒れた感染者。

その隣で達也が身体を起こしていた。


『達也……』


『ん?』


『……ごめん』


達也は服についた埃を払いながら立ち上がる。


『怪我してねぇならいいって』


美樹は黙っている。


『それより暗いんだから、1体倒したくらいで気ぃ抜くなよ』


責めるような口調ではなかった。

むしろ、いつもと変わらない軽さだった。

だから余計に、美樹は返す言葉に詰まった。


『……うん』


空気銃を握り直す。

昼には自分の射撃ミスから乱戦になった。

今度は正面の感染者を倒したことで安心し、横への警戒が抜けた。


二度とも。

誰かに助けられている。


美樹は唇を結び、今度は視線をゆっくり左右へ巡らせた。

正面だけではない。

開いた扉。

家具の陰。

暗い角。

達也のライトが照らす先を、一つずつ確認する。

達也も何も言わず、その横でバールを持ち直した。

ふと、倒した感染者の服を確認していた達也の手が止まった。


『ん?』


ポケットから、小さな物を取り出す。

車の鍵だった。


『車の鍵か?』


健一が覗き込む。


『たぶん』


達也は鍵についているボタンを見る。

何気なく押した。


ピッ――。

建物の外から、小さな電子音が聞こえた。

全員が顔を上げる。


『外やな』


なおみが先に出口を見る。

もう一度。

達也がボタンを押した。


ピッ、ピッ。

確かに外。

一行は周囲を警戒しながら建物を出た。


駐車場。

何台か残された車両の中で、一台のハザードランプが点滅している。

達也の顔が明るくなった。


『おっ! あれか!』


停まっていたのはキャンピングカーだった。

感染者がいないことを確認してから近づく。

達也が鍵を開ける。

車内を覗き込んだ。


『おお……』


健一も横から中を見る。

普通の乗用車とはまるで違う。

人が寝泊まりできるだけの空間。

荷物を積める収納。

遠出するなら、そのまま仮の生活場所にもできそうだった。

達也は早速中へ乗り込む。


『このキャンピングカー良いな』


奥を覗く。


『荷物も入るし、遠出した時でも中で寝れるじゃないか!』


振り返る。

鍵を掲げた。


『頂いて行こう』


健一は呆れた顔で達也を見る。


『さっきまで死にかけてたのに切り替え早いな……』


達也は真顔で返した。


『死にかけたからこそ便利な物は持って帰るんだよ』


そしてすぐに笑う。

健一も思わず苦笑した。

権蔵はキャンピングカーを一通り確認すると頷いた。


『動くなら使えるじゃろう。物資を運ぶにも便利じゃ』


なおみも車体を見回す。


『帰りは荷物かなり積めそうやな』


美樹は少し離れた場所からキャンピングカーを見ていた。

達也が無事だったことを改めて確認するように。

ほんの少しだけ。

肩の力を抜いた。

だが、空気銃から手は離さなかった。

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