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第9話③残された二人

唯は再び足元へ視線を戻す。


少し先。

他の草とは葉の形が違う植物が目に入った。


『夏帆さん、これも採って大丈夫なやつですか?』


しゃがみ込み、指を伸ばしかける。

夏帆はすぐ隣へ来ると、葉の形や茎、生えている場所までじっくり確認した。

だが、すぐには答えを出さなかった。


『これは触らないでおきましょう』


唯が手を止める。


『食べられないんですか?』


『分からない』


『分からない?』


『そう。似てる植物はあるけど、私もこれだけじゃ自信がないから』


夏帆は籠の中へ目を向けた。

すでに自分たちで確認できるハーブはいくつか採れている。


『分からない物は採らない。似てるだけで違う物もあるから』


唯はもう一度、目の前の植物を見る。

ぱっと見ただけなら、少し前に採ったものと大きな違いがあるようには見えなかった。


『見た目だけじゃ分からないんですね……』


『だから覚えてる物だけ。食べられるか分からない物で冒険する必要はないでしょ』


『はい』


唯は素直に頷いた。

知らない物を試してみる。

以前なら、それは少し変わった食材を買ってみる程度の話だった。


だが今は違う。

病院へ駆け込むこともできない。

薬が手に入る保証もない。

小さな間違いが、そのまま命に関わる。

唯は伸ばしかけていた手を引き、確実に分かる植物だけを探して歩き始めた。


夏帆もその隣を進む。

嵯峨は二人より少し前へ出たかと思えば、また戻ってくる。

しばらく採取を続けたところで、唯の足取りが少し重くなった。

それに気づいた夏帆が立ち止まる。


『唯ちゃん、休みましょう』


『まだ大丈夫ですよ』


『大丈夫なうちに休むの』


『……はい、夏帆さん』


二人は山小屋の近くまで戻り、日陰になっている場所へ腰を下ろした。

嵯峨もそのそばに伏せる。

籠の中には、少量ではあるが使える植物が集まっていた。

唯はそれを眺めたあと、ふと顔を上げる。


視線の先。

健一たちが向かったキャンプ地の方角だった。


『……お兄ちゃんたち、大丈夫かな……』


夏帆も同じ方向を見る。

山の向こうで何が起きているのか、ここからでは何も分からない。


『権蔵さんもなおみさんも一緒だし、大丈夫よ』


『……そうですよね』


そう答えながらも、唯はもう一度そちらを見た。

朝から胸に残っていた不安が、完全に消えたわけではない。

夏帆は籠を軽く持ち上げる。


『帰ってきたら、採ってきた物を見せてあげましょ』


唯が籠を見る。


『はい。少しくらい役に立ったって言えますね』


『少しくらいじゃないでしょ』


夏帆が笑った。


『こういうことも生活するには必要なんだから』


唯は少し驚いたように夏帆を見た。

それから、嬉しそうに頷く。


『……はい』


休憩を終えると、二人はもう一度周囲を歩いた。

分かる物だけを選ぶ。

迷った物には触れない。

籠に使える植物を集め終えると、嵯峨と一緒に山小屋へ戻っていった。





◇08月11日 14時台/キャンプ地/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹


キャンプ地。

最後の感染者が地面へ倒れてから、しばらく誰も動かなかった。

健一は薪割り斧を握ったまま、荒い呼吸を繰り返している。

耳の奥には、まだ奇声と銃声が残っていた。


周囲を見回す。

倒れた感染者。

土に残った足跡。

散らばった薬莢。


もう走ってくる影はない。

なおみも刀を構えたまま、周囲へ視線を巡らせる。


『……動く奴、おらんな』


権蔵も散弾銃を下げた。


『全員、怪我がないか各自確認せい』


権蔵の言葉に、それぞれ自分の身体を確かめる。

幸いなことに全員が軽傷ですみ、重症になった者はいなさそうだった。


達也がバールを地面へつき、深く息を吐く。


『……8日目にして、もう走って来るとはな……』


健一は噛まれた左腕を押さえながら答えた。


『ニュースで走る感染者がいるとは言ってたけど……こんなに早く出てくるとは思わなかった』


なおみは、少し離れた場所に倒れている感染者を見る。


『それも1体だけやなかった。これから、ああいう感染者がもっと増える可能性もあるってことやろ』


『そう考えておいた方がええじゃろうな』


権蔵の声は重かった。

美樹は何も言わない。

空気銃を握ったまま、最初に自分へ向かって走ってきた感染者が倒れた場所を見つめている。

見つかった後に、50m近くあった距離を一気に詰めてきた。

今までなら考えられなかった速さ。

権蔵が美樹を見る。


『今までみたいに、歩いてくる奴だけを相手にするつもりではおれんようになったな』


美樹は小さく頷いた。

健一も周囲に倒れた感染者を見る。

数日前まで、自分たちは歩いて近づいてくる感染者にさえ恐怖していた。


今度は走る。

距離が安全を保証してくれない。

その事実が、戦いの後になってじわじわと実感として押し寄せてきた。

少し呼吸が落ち着いたところで、健一はようやくキャンプ地そのものへ目を向けた。


広い敷地。

いくつかの建物。

その周囲に広がる土地。


『……ここ、前に話してた場所ですよね』


権蔵も視線を巡らせる。


『ああ。人が増えたら、ここで暮らすことも考えようと言っとった場所じゃ』


達也が倒れた感染者たちを見る。


『いきなり30体近くいたけどな……』


なおみが周囲の道路を示した。


『それが問題やな。この辺、道が何本も繋がっとるやろ』


『人が来やすい場所は、感染者も流れてきやすい。山小屋より、その危険はずっと高いじゃろうな』


健一は敷地の外周を見る。

壁はない。

感染者を止められるような頑丈なフェンスも見当たらない。

さっきのような感染者が何体も入ってきたら、寝ている間でさえ安心できない。


『今みたいに感染者が入ってきても、止めるものが何もないですね』


『今のまま住むには危険じゃな』


権蔵が答える。


『まして走る奴まで出てきたとなると、なおさらじゃ』


達也が眉を上げる。


『じゃあ、ここに移るって話は無しか?』


『いや、そうとも限らん』


権蔵は広い敷地をゆっくり見渡した。


『水はある。土地もあるから畑も作れる。建物も広いから、山小屋よりずっと多くの人間が暮らせるじゃろう』


健一も改めて周囲を見る。

危険ばかりに目が向いていた。

だが人が増えた時、今の山小屋では確実に狭くなる。


『長く生活することだけ考えたら、山小屋より向いてる部分もあるんですね』


『そうじゃ。ただ、それを守れるようにせんと意味がない』


なおみが腕を組む。


『人がもっと増えたら、周りを柵とかフェンスで囲う?』


『それができれば大きく変わるじゃろうな』


権蔵は敷地の外周へ視線を走らせる。


『人手と材料があれば、壁や柵を作って感染者が簡単に入れんようにする。その中で畑を作る』


達也が頷いた。


『なるほどな。今は住めねぇんじゃなくて、今の人数じゃここを守れねぇってことか』


『そういうことじゃ。7人でこれだけ広い場所を守りながら畑までやるのは厳しい。じゃが、生存者がもっと増えれば話は変わる』


健一はもう一度、キャンプ地を見渡した。

先ほどまで感染者が走り回っていた場所。

今すぐ住みたいとは思えない。

それでも、広さも水も土地もある。


『じゃあ、ここは候補として覚えておきましょう。いつか人数が増えた時のために』


『うむ。今は山小屋を拠点にした方が安全じゃ』


権蔵が建物の方を見る。


『ここはこれから先のために、使える場所や水場なんかを見ておこう』


全員の視線が、キャンプ地の建物へ向いた。

補給できる物資が残っているかもしれない。


それだけではない。

どんな建物があるのか。

何が使えるのか。

これから先、この場所を利用することがあるなら、確認しておく意味はある。


『じゃあ、中も見てみましょう』


一行は周囲に動く感染者がいないことをもう一度確認すると、建物へ向かって歩き始めた。

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