第9話①一発の失敗
◇08月11日 13時台/山小屋/健一、唯、夏帆、権蔵、達也、なおみ、美樹
昼食を終えたあとも、猪肉の焼けた香りが山小屋に残っていた。
食卓にはまだ満足そうな空気が漂っている。
だが権蔵は、保存してある食料を確認しながら難しい顔をしていた。
『猪肉はあるが……他の食料は尽きて来たのぅ』
健一が顔を上げる。
『昨日までは結構あった気がしましたけど』
『人数が増えとるからな。七人で毎日食えば、減るのも早い』
猪肉は手に入った。
燻製にした分もある。
だが、それだけを食べ続けるわけにはいかない。
米や保存食も、食べれば確実に減っていく。
達也が椅子にもたれた。
『また街に行く?』
権蔵は首を横に振る。
『いや。今日はキャンプ地へ行ってみようと思うんじゃ』
健一は以前の話を思い出した。
人数が増えた時、山小屋より広い場所へ移る必要が出てくるかもしれない。
その候補として名前が出ていた場所だ。
『あそこなら、街中より感染者も少ないかもしれないですね』
『そう考えとる。売店や管理施設もある。食料や道具が残っとる可能性もあるじゃろ』
夏帆が唯を見る。
唯は朝から体調が万全ではない。
痛み止めを使って、今は落ち着いているものの、無理をさせる必要はない。
『唯ちゃんは私と残りましょう』
唯も素直に頷いた。
『はい、夏帆さん』
『嵯峨も置いていくか』
権蔵の言葉に、嵯峨が耳を動かした。
山小屋に残るのは唯、夏帆、嵯峨。
キャンプ地へ向かうのは健一、権蔵、達也、美樹、なおみとなった。
準備が始まる。
美樹はポンプアップ式の空気銃を確認する。
権蔵は山中から譲り受けたプレチャージ式の空気銃と、充填用の携帯ボンベを用意した。
さらに散弾銃の弾薬の数を確認し、スラッグ弾を用意する。
健一はその様子を見ながら薪割り斧を手に取った。
『キャンプ地でもスラッグなんですね』
『何がおるか分からんからな』
権蔵は短く答える。
無線。
フラッシュライト。
回収した物資を持ち帰るための袋や道具。
必要な物を8人乗りのバンへ積み込んでいく。
なおみは自分のバイクで後ろからついて行くことになった。
出発前。
健一は唯のところへ行く。
『無理すんなよ』
唯が少し笑った。
『お兄ちゃんこそ気をつけてね』
『ああ』
夏帆も健一を見る。
『こっちは任せて』
『頼む』
準備を終えると、権蔵が運転席へ乗り込んだ。
バンが山小屋を離れる。
少し遅れて、なおみのバイクも後を追った。
◇08月11日 14時台/キャンプ地付近/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹
キャンプ地が見えてくる手前で、一行は車両を停めた。
近くまで乗りつけることはしない。
エンジン音で感染者を集める危険がある。
権蔵が双眼鏡を取り出した。
木々の隙間からキャンプ地を確認する。
しばらく無言。
健一も周囲を警戒しながら、権蔵の反応を待った。
『……おるな』
『どれくらいです?』
権蔵は双眼鏡を達也へ渡す。
達也が覗く。
『…………』
少しずつ双眼鏡を動かしていく。
『一、二……』
さらに数える。
途中で一度やめ、別の場所を見る。
『……30くらいいるぞ』
双眼鏡を下ろした。
『全然少なくねぇじゃねぇか』
健一も受け取って確認する。
キャンプ場の敷地内では、建物の周囲や駐車場など、あちこちに感染者が散らばっていた。
一体ずつなら珍しくない。
だが全体を見れば、明らかに数が多い。
『思ったより多いですね……』
周囲の道路には、地震による土砂崩れの跡が残っている。
別方向には大型のダンプカーが道を塞いでいた。
権蔵が散弾銃へスラッグ弾を装填しながら言った。
『周りの道が塞がれて、逃げ場を失った人間がここへ集まったのかもしれんな』
そのまま感染が広がった。
そう考えれば、この数にも説明はつく。
達也がキャンプ地を見ながら眉を寄せる。
『どうする? 帰る?』
権蔵は首を横に振った。
『散らばっとる。こっちに気づかれる前に数を減らしていこう』
一行は車両から離れ、茂みを使ってキャンプ地へ近づいた。
姿勢を低くする。
枝を踏まないよう足元を選ぶ。
感染者との距離が少しずつ縮まる。
約50m。
権蔵が止まった。
片手を上げる。
全員がその場で身を伏せた。
健一、達也、なおみは周囲を警戒する。
権蔵と美樹が空気銃を構えた。
権蔵はプレチャージ式の空気銃のスコープを覗く。
感染者の一体が、何も知らずゆっくり歩いている。
照準が目へ重なる。
パシュッ――。
乾いた小さな発射音。
感染者がその場で崩れ落ちた。
他の感染者は反応しない。
権蔵はすぐ別の一体へ狙いを移す。
パシュッ――。
二体目も倒れる。
達也が小声で呟く。
『……静かだな』
散弾銃とはまるで違う。
これなら気づかれる前に数を減らせる。
美樹もポンプアップ式の空気銃を構えた。
スコープの中に、一体の感染者を捉える。
距離。
呼吸。
照準。
キジを仕留めた時。
何度も的を撃った時。
以前より射撃には自信がついていた。
《落ち着いて……》
息を吐く。
感染者の頭部。
その中でも、権蔵から教わった目を狙う。
指を引き金へ移す。
パシュッ――。
感染者の顔が弾かれた。
だが――倒れない。
ペレット弾は目から逸れ、頬へ食い込んでいた。
『……外した』
次の瞬間。
『ギャァァァァッ!!』
感染者が突然、耳をつんざくような奇声を上げた。
美樹の肩が跳ねる。
感染者は激しく首を振り、周囲を見回し始めた。
権蔵が低く言う。
『美樹、動くな』
権蔵が声を上げた時には、美樹はすでに撃ち直そうと空気銃を動かしていた。
その瞬間、感染者の顔がぴたりと止まった。
その視線が――茂みの中の美樹を捉えた。
『…………』
美樹の息が止まる。
感染者の身体が前へ傾いた。
次の瞬間。
地面を蹴った。
美樹へ向かって。
全力で。
『えっ――』
達也の声が裏返る。
『走った!?』
さらに。
先ほどの奇声に反応した感染者たちが、次々とこちらを向いた。
一体。
二体。
三体。
それだけではない。
あちこちから奇声が上がる。
そして複数の感染者が、一斉に走り始めた。




