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第8話⑦絶品!猪肉!

◇08月11日 12時台/山小屋/健一、唯、夏帆、権蔵、達也、なおみ、美樹


昼食には、先ほど解体したばかりの猪肉が使われた。

権蔵は余計な味付けをせず、まず肉そのものの味が分かるように焼いていく。

肉の焼ける音が山小屋に響いた。

脂が熱で溶け、香ばしい匂いが立ち上る。

十分に火が通ったところで、皿へ並べられた。


美樹は箸で一切れつまむ。

まだ湯気が出ている。


『これが、さっきのイノシシなんだよね』


達也が肉を見る。


『そう考えると不思議だな。1時間前まで皮剥いでたのに』


美樹が嫌そうな顔をする。


『食べる前に言わないでよ』


『事実だろ』


『今はお肉として見ようとしてるの』


権蔵が二人を見る。


『冷めるぞ。食ってみい』


美樹は猪肉を口へ運んだ。

噛む。


『…………』


達也が反応を待つ。


『どう?』


美樹の目が少し大きくなった。


『……おいしい!』


健一が皿を見る。


『そんなに?』


『うん! 豚肉に似てるけど、もっと味が濃い感じ』


その言葉を聞いて、唯も小さく切った猪肉を箸でつまんだ。

朝より痛みは落ち着いている。

ゆっくり口へ入れる。


『……ほんとだ。おいしい』


健一がすぐに妹を見る。


『唯、硬くないか?』


『大丈夫。ちゃんと噛んで食べるから』


夏帆も隣から声を掛ける。


『唯ちゃん、ゆっくり食べなさいよ』


『はい、夏帆さん』


達也は自分の肉を箸でつついた。


『臭くない? ジビエって獣臭いイメージあるけど』


『全然。私ももっとクセがあると思ってた』


権蔵が肉を取りながら言う。


『仕留めた後の処理が悪ければ臭いも出やすい。血抜きも内臓抜きも、早うやったじゃろ』


『なるほどね。山であれだけ急いでたのって、味にも関係するのか』


『それだけじゃない。傷ませず、安全に食うためでもある』


健一は皿の猪肉を見る。

山で腹を開いた時に嗅いだ、内臓の生々しい臭いが一瞬だけ蘇った。

箸で一切れつまんだものの、すぐには口へ運べない。

だが、湯気と一緒に漂ってくるのは、さっきまでの臭いとはまるで違う香ばしい匂いだった。

健一は少しだけ覚悟を決めて、その一切れを口へ入れた。

しっかり噛む。


『……確かに豚肉とは違うな』


美樹が嬉しそうに笑う。


『でしょ?』


『少し噛み応えがある。でも、噛んでると肉の味がどんどん出てくる』


『じゃあ俺も』


達也が今度は、脂の付いた部分を選んだ。

口へ入れる。

一度噛んで――。


『……あ、うまっ』


美樹がすぐに聞く。


『脂?』


『うん。もっとギトギトすると思ったけど、意外としつこくない。なんか甘いな』


『でしょ! 脂がとってもおいしいの!』


権蔵が鼻で笑う。


『じゃから皮を剥ぐ時、脂を肉に残せと言ったじゃろ』


美樹は朝の作業を思い出す。

皮を剥ぐ時。

権蔵が何度も、脂を肉側へ残すよう言っていた。


『なるほど。あれって、このためだったんだ』


『猪は脂がうまいんじゃ』


達也が健一を見る。


『健一、お前これ捨てようとしてなかった?』


『知らなかったんだから仕方ないだろ』


『危うく一番うまいところが皮と一緒に捨てられるところだったな』


健一が達也の皿を見る。


『うるせえな。食わなくていいぞ』


達也はすぐに肉を自分の方へ寄せた。


『食う食う。これは食う』


『あははは!』


美樹が笑う。

権蔵も猪肉を口へ運んだ。


『まあ、今は夏じゃから脂は少ない方じゃがな』


達也が脂を見る。


『これで少ないの?』


『寒うなると猪は脂を蓄える。冬の猪はまた違うぞ』


美樹が目を輝かせた。


『冬のも食べてみたい!』


唯も笑う。


『私も食べてみたい』


権蔵が唯を見る。


『なら冬まで生き残らんとな』


『うん!』


その返事を聞いてから、権蔵は今度は美樹へ視線を向ける。


『もちろん美樹は自分で猪を獲るんじゃぞ?』


美樹の笑顔が止まった。


『えぇ……食べるだけがいい』


『都合のいいやつじゃのう』


また笑い声が起きた。

美樹はもう一切れ肉を取る。

だが、食べる前に少しだけ箸を止めた。

頭に浮かんだのは、先ほど倉庫で行った解体作業。


皮を剥いだ。

骨の位置を確かめた。

関節を探した。

肉を切り分けた。

それより前には、健一たちが山で仕留めている。


『でも……』


美樹が肉を見る。


『自分たちで獲って、さばいて食べると、なんかいつものお肉と違うね』


健一が聞く。


『味が?』


『ううん。そうじゃなくて……』


美樹は少し考えた。


『ちゃんと食べなきゃって思う』


権蔵が静かに頷く。


『それでええ』


肉一切れにも。

脂一つにも。

さっきまで山を走っていた一頭のイノシシの命がある。

美樹はもう一度、その肉を口へ運んだ。

今度はゆっくり噛んだ。


その時、外からバイクのエンジン音が聞こえてきた。

健一が顔を上げる。


『なおみさんだ』


ほどなくして扉が開いた。

なおみが入ってくる。


『遅なってすまんな』


達也が皿を持ち上げる。


『おかえり。猪あるぞ』


『おっ、ええ匂いやん』


なおみは一瞬、焼けた肉へ視線を向けた。

だがすぐに表情を戻す。


『……それより、ちょっと地図見せてくれへん?』


その声に、皆の動きが止まった。

普段のなおみとは少し違う。

権蔵が立ち上がり、周辺地図を広げた。


『どうした?』


なおみは地図の前へ座る。


『街の方でな……えらいもん見てもうた』


達也も箸を置いた。


『えらいもん?』


『焚き火の跡があったでな』


健一の表情が変わる。


『焚き火?』


『せや。せやから周り見たら、タイヤの跡も残っとったんよ』


なおみは地図の上へ指を置く。


『その方面に行ってみたんやけどな……』


指を少しずつ動かす。


『ここらへんから放置車両が増えてくるんや』


全員が地図を見る。

なおみの指はさらに先へ進む。


『んでな、この辺に感染者がぎょうさんおったで』


権蔵が位置を確認した。


『そこは浄水場の近くじゃな』


健一も地図を見る。

山小屋からは離れている。


『そんなに感染者がいたんですか?』


『霧で全部は見えへんかったけどな。近づく気にはならんくらいにはおった』


権蔵は少し考えたあと、地図から顔を上げた。


『あんなところに何もないじゃろ。近寄らなければ問題ない』


『せやな。うちも途中で戻ってきた』


達也が再び猪肉の皿を差し出す。


『じゃあ報告も終わったし、食えよ。冷めるぞ』


『せやった。腹減っとんねん』


なおみがようやくいつもの調子へ戻った。


『それ、今日獲った猪やろ?』


『そう。脂がうまいぞ』


『ほな脂あるとこ残しといてや』


『もう遅い。俺が食う』


『なんでやねん!』


達也の皿へ伸びるなおみの箸。

達也が慌てて皿を逃がす。

また山小屋に笑い声が戻った。





◇08月11日 13時台/山小屋前/なおみ、健一

昼食後。


なおみは山小屋の外でバイクを停め、燃料タンクを開けていた。


『うちのバイクに給油させてもらうわ。燃料キツキツやねん』


『どうぞ』


健一たちもガソリンを運ぶ。

必要な分だけ慎重に給油する。

ついでに、先ほど猪肉を凍らせるために動かしている発電機にも燃料を補給した。

ガソリンは無限ではない。

発電機やバイク、車など、何に使うにしても残量を考えなければならない。

給油を終えると、なおみはタンクの蓋を閉めた。

発電機は低い音を立てながら動き続けている。

冷凍庫の中では、今日獲った猪肉が少しずつ凍り始めていた。





◇08月11日 13時台/霧の山道/二人の人影

深い霧に覆われた山道。


一台の車が停まっている。

白い霧の向こうに見えるのは、そのタイヤ。

そして。

地面へ降りた、二人分の足だけだった。

顔は見えない。

一人が、霧の先を眺める。


『こっちの方に人がいるかもな』


もう一人は何も答えなかった。

二人の姿は、深い霧が包み込み、やがて見えなくなっていった。

挿絵(By みてみん)

■唯からひとこと

イノシシ、おいしかったです!

権蔵さんが言ってた冬のイノシシも食べてみたいなぁ。

……ところで最後の人たち、誰なんだろう?

この先も気になると思ってもらえたら、評価やブックマークで応援してもらえると嬉しいです!

またね!

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