第8話⑤霧の中の群れ
◇08月11日 10時台/街はずれの道路/なおみ
山を下り、橋を渡ってさらに進んだなおみは、街はずれまで来ていた。
道路には放置された車が目立ち始めている。
事故を起こしたまま止まっているもの。
道路脇へ乗り上げたもの。
扉が開いたままになっているもの。
深い霧のせいで、その先まではほとんど見通せない。
なおみはバイクの速度をさらに落とした。
『……嫌な感じやな』
さっきまで追っていたタイヤ跡も、舗装された道路へ出てからは分かりにくくなっていた。
なおみは周囲を警戒しながら、放置車両の横をゆっくり通り抜けていった。
その時だった。
右側に停まっていた車の陰から、突然腕が伸びた。
『っ!?』
髪を掴まれる。
頭を強く横へ引かれ、なおみの身体がバイクから引きずり落とされた。
『いったぁ!』
バイクが道路へ倒れる。
なおみも地面へ手をついた。
すぐ横に感染者がいる。
なおみの髪を掴んだまま、顔を近づけてくる。
『離せや!』
なおみは身体を捻りながら刀を抜き、感染者の腹部へ横薙ぎに刃を走らせた。
腹を深く裂かれても、髪を掴む手は緩まない。
『しつこいねん!』
刃を返し、今度は首筋へ切っ先を突き込んだ。
感染者の力が抜け、髪を掴んでいた指がほどけると同時にその場へ崩れ落ちた。
なおみはすぐに距離を取った。
『……最悪や』
乱れた髪を手で押さえる。
頭皮がじんじん痛む。
倒れたバイクへ目を向ける。
大きく壊れてはいないようだった。
だが、なおみはすぐには起こさなかった。
霧の向こうから音がした。
足音。
一つではない。
なおみは刀を握ったまま、白い霧の先を見る。
人影が見えた。
一体。
その後ろに、もう一体。
さらに奥にも。
『…………』
霧の中から次々と影が浮かび上がってくる。
左右の道路からも。
放置車両の間からも。
数えようとは思わなかった。
数える必要もない。
多すぎる。
『あかんわ、これ……』
先ほど感染者を倒した時の声と物音に反応したのか、何体かがこちらへ向かって歩き始めている。
その後ろにも、まだ影がいる。
なおみは急いでバイクを起こした。
エンジンをかける。
来た道へ戻ろうと振り返った。
だが――。
『……嘘やろ』
そちらにも感染者がいた。
霧の中。
さっき通ってきた道路を、何体もの感染者がこちらへ向かっている。
元来た道へ戻れば、正面から突っ込むことになる。
なおみは周囲を見た。
右は放置車両に塞がれている。
左には、建物の間へ細い道路が一本伸びていた。
迷っている時間はなかった。
『しゃあないな』
なおみはバイクを左へ向けた。
来た道とは違う。
山小屋からも一度離れることになる。
それでも、大量の感染者の間を無理に抜けるよりはいい。
アクセルを回す。
バイクが細い道路へ入った。
背後から感染者の声が聞こえる。
なおみは振り返らない。
《まず離れる》
どこかで山側へ戻れる道を探せばいい。
タイヤ跡の先に誰がいたのか。
焚き火をした人間が何者なのか。
結局、それを確かめることはできなかった。
だが一つだけ分かった。
この周辺にはかなりの数の感染者が集まっている。
今は、それを皆に伝える方が先だった。
なおみは深い霧の中、感染者の群れを大きく迂回しながら山小屋へ戻る道を探した。




