第8話①兄妹の夜
◇08月10日 20時台/山小屋/美樹、権蔵
夜を迎えた山小屋には、それぞれが過ごす静かな時間が流れていた。
美樹は机の上に空気銃を置き、その隣へ説明書を広げている。
日中にも射撃練習をしていた。
撃って終わりではない。
長く使うなら、手入れも覚えなければならない。
美樹は権蔵を呼び、実際の手入れの仕方を教えてもらうことにした。
権蔵は空気銃に弾が残っていないことを確かめると、乾いた布で銃身の外側をゆっくり拭き始めた。
『まず水気と汚れを落とす。山じゃ、これを怠るとすぐ錆びる』
美樹が横から覗き込む。
『毎回、分解するわけじゃないんだ』
『そんなことせん。使った後は外を拭いて、ネジが緩んどらんか、銃口にゴミが入っとらんか見るくらいじゃ』
権蔵は銃口を確かめ、それから銃全体へ目を走らせた。
『銃身の中も毎回掃除するの?』
『いや。空気銃なら、そこまでせんでもええ。汚れが溜まった時や、狙いが狂い始めた時じゃ』
『じゃあ、今日はやらなくていいんだ』
『そうじゃ。まあ、やり方だけ教えとくか』
権蔵は空気銃の銃身を確かめると、クリーニング用の布を通した。
抜き取った白い布には、薄く灰色の汚れが付いている。
『これ、何?』
『ペレットの鉛じゃ。撃っとれば、少しずつ銃身に付く』
『ペレットって鉛だったんだ』
『空気銃に火薬は使わんから、普通の銃ほど銃身掃除はせんでええ』
次に権蔵は薄く油を含ませた布で金属部分を拭く。
『手入れは大事じゃが、触りすぎるのもよくない。必要なところだけやればええ』
『なんか意外。もっと全部バラバラにするのかと思ってた』
『そんなことしとったら、手入れするたびに壊すわい』
少し離れた場所では、夏帆が薬草の本を読んでいた。
ページには様々な植物の絵と説明が並んでいる。
食べられるもの。
薬用になるもの。
扱い方を間違えれば危険なもの。
夏帆は時折ページを戻しながら、真剣に読み込んでいた。
その隣では唯が『猟犬のしつけ方』の本を膝へ載せている。
嵯峨は唯の足元に伏せていた。
『嵯峨、これできるのかな』
本に載っている図を見る。
手の動きで犬へ指示を伝える方法。
唯が試しに掌を見せる。
嵯峨が顔を上げた。
『……あ』
もう一度。
今度は本の図を確認しながら、同じ動きをする。
嵯峨は唯をじっと見ている。
『美樹さん、見て。ちゃんとこっち見てる』
『ほんと?』
美樹が空気銃から顔を上げる。
『嵯峨、賢いね』
名前を呼ばれた嵯峨が耳を動かした。
一方、別の机では健一と達也が罠の材料を前にしていた。
権蔵から昼間に教わったばかりのくくり罠。
健一はワイヤーを手に取りながら、仕掛けた場所を思い返していた。
『罠そのものより、場所探す方が難しかったな』
達也が言う。
『俺、最後まで落ち葉の違い分からなかったぞ』
『俺も権蔵さんに言われなかったら見逃してた』
『蜘蛛の巣が切れてるとか、木に擦れた跡とか……あれで獣が通ったって分かるの凄いよな』
権蔵は美樹に銃の手入れを教えながら答えた。
『罠は置けば獲れるもんじゃないからの』
『明日、何か掛かってますかね』
健一が聞く。
『そんなもんは見てみんと分からん』
達也が肩を落とす。
『夢がないなぁ』
『山はお前さんの都合で獲物を用意してくれんぞ』
その近くでは、なおみが刀の手入れをしていた。
布で刀身を丁寧に拭う。
よく見ればところどころ錆びていた。
なおみは刀身を光へかざす。
『……まぁこんなもんやな』
鞘へ戻す。
皆がそれぞれ別のことをしている。
だが目的は同じだった。
生きるために必要なことを、一つずつ覚える。
電気も。
店も。
誰かが用意してくれる食料も。
いつまで残っているか分からない。
山小屋の夜は静かだった。
ページをめくる音。
金属を拭く音。
時折交わされる会話。
それだけが室内に響いていた。
◇08月10日 21時台/山小屋前/健一、唯
晩飯は簡単なものだった。
缶詰。
干し肉。
パン。
食べられるだけでも十分だったが、昨日のキジ鍋と比べれば随分と質素に感じる。
食事を終えると、健一は山小屋の外へ出た。
日中に焚いていた火は弱くなり、赤い熾火だけが残っている。
薪を一本。
さらに一本。
火の中へ入れる。
しばらくすると、小さな炎が薪の表面を舐め始めた。
ぱちっ。
火の粉が飛ぶ。
健一はその場へ腰を下ろした。
夜の山は暗い。
山小屋の明かりが届く範囲を離れれば、すぐ先さえ黒く沈んでいる。
背後で扉が開いた。
振り返る。
唯だった。
『どうした?』
『ちょっと外に出たくなって』
唯は健一の隣へ座った。
二人で焚き火を見る。
山小屋の中からは、微かに皆の話し声が聞こえていた。
しばらく何も言わず炎を眺めていた唯が、ふと笑った。
『なんか懐かしいね』
『何が?』
『小さい頃、お兄ちゃんとキャンプに行ったでしょ』
健一も思い出す。
『ああ。覚えてるよ』
『私、夜になったら怖くなって、お兄ちゃんのところ行ったよね』
『行ったどころか、怖いって泣いてただろ』
唯がすぐに健一を見る。
『泣いてないもん』
『泣いてたって』
『……ちょっとだけ』
健一が笑う。
唯もつられて笑った。
『あの時も、こうやって焚き火見てたね』
『そうだったな』
火の中で薪が崩れた。
赤く焼けた部分から火の粉が舞い上がり、暗闇へ消える。
唯はそれを目で追った。
『またいつか、普通にキャンプできるようになるかな』
健一は炎を見たまま答えた。
『なるだろ』
『ほんと?』
『その時はもっといいところ連れてってやるよ』
唯が健一を見る。
『約束ね』
『ああ』
それだけで、唯は満足そうに笑った。
また沈黙が訪れる。
嫌な沈黙ではなかった。
子供の頃にも、こんなふうに二人で火を見ていた。
健一はふと思い出したように口を開く。
『そういえば唯ってさ、父さんのこと覚えてるか?』
唯の表情が少し変わる。
『……ちょっとだけ』
『そっか』
唯は記憶を探すように、炎を見つめた。
『お酒飲んでたのは覚えてる。あと、お母さんとよく喧嘩してた』
『まあな。酒癖も悪かったし……女癖も悪かったからな。それで離婚したんだよ』
『顔は……あんまり覚えてないかも』
健一は少し考える。
『俺が12歳の時だったから、唯が6歳の時かぁ。もうずいぶん前だもんな』
唯は小さく頷いた。
炎が揺れる。
その向こうに、遠い昔の記憶があるようだった。
しばらくして、唯がぽつりと言った。
『……お母さん、無事かな』
健一の表情から笑みが消えた。
『……ああ』
『東北に仕事に行ったまま、ずっと連絡つかないよね』
『俺も連絡取りたいと思ってるんだけど、携帯はずっと圏外だしな』
唯は両膝を抱える。
『今、どうしてるんだろ……』
健一にも分からない。
地震が起きてから、一度も連絡が取れていなかった。
東北で何が起きているのか。
母親がどこにいるのか。
無事なのか。
何一つ確かめる術がない。
それでも健一は言った。
『分からない。でも、母さんならきっと大丈夫だよ』
唯が少しだけ間を置く。
『……うん』
健一自身も、そう信じるしかなかった。
二人はそれ以上何も言わなかった。
ぱちぱちと薪が燃える。
暗い山の中。
兄妹は並んで座り、ただ静かに焚き火を眺め続けていた。
■唯のサバイバルメモ
・今日のテーマ:焚き火
皆さんこんにちは。唯です!
今回のお題は『焚き火』についてです。
焚き火って言っても、薪の組み方にはいろんな種類があるって聞いたのでまとめてみます!
私は焚き火って聞くと、石を丸く並べて、その真ん中で木を燃やしてるのを想像します。
でも実は、薪の組み方によって火の付きやすさや燃え方、長持ちするかどうかまで変わるんだって。
◇ティーピー型
薪や枝をテントみたいな三角形に立て掛ける方法です。
真ん中に火種を入れると、暖かい空気が上へ抜けながら周りの枝に火が移っていくので、比較的火を起こしやすい組み方です。
空気が入りやすく、炎も大きくなりやすいので、強い火力が欲しい時にも向いています。
遭難した時に狼煙を上げるなら、中心には乾燥した枝や薪を使ってしっかり燃えるようにして、その外側や上に生木や生の葉を使います。
そうすると、中の強い火で生木が熱せられて、たくさんの煙を出すことができます。
もちろん、生木を詰め込みすぎると火が消えてしまうので、ちゃんと空気が通るようにするのが大切です。
◇井桁型
キャンプファイヤーなんかでよく見る、薪を『井』の字みたいに交互に積んでいく方法です。
薪と薪の間に隙間ができるので空気が入りやすく、炎も大きくなります。
ティーピー型や井桁型は、キャンプでもよく使われる代表的な組み方なんだって。
◇スウェーデントーチ
太い丸太を立てて、上から十字などの切れ込みを入れ、その中心に火をつけます。
切れ込みから空気が入り、丸太が内側から燃えていく仕組みです。
上の部分が平らなので、鍋やフライパンを置いて料理にも使えます。
ただし丸太へ深い切れ込みを入れる必要があるので、ノコギリやチェーンソーなどの道具が欲しくなります。
◇ダコタホール式
これはちょっと変わっています。
地面に火を燃やす穴を掘り、その横にもう一つ空気を取り込む穴を掘ります。
そして二つの穴を地中でつなげます。
火が燃えると空気取り込み口から新しい空気が吸い込まれて、地面の下から火へ酸素が送られる仕組みです。
火が地面より低いところにあるので風の影響も受けにくく、熱を集中させやすいのが特徴です。
なんか小さな地下かまどみたいですね。
◇ロング型
太い薪を平行に並べ、その間で火を燃やす方法です。
両側の太い薪からも熱が出るので、長い範囲を暖めたり、調理したりする時に使えます。
名前の通り、横に長い焚き火ですね。
◇スター型
長い薪を星みたいに放射状に並べて、先端だけを中央で燃やします。
先端が燃えて短くなってきたら、薪を少しずつ中心へ押し込んでいきます。
薪を全部いっぺんに燃やさないので、少ない薪をゆっくり使いたい時にも便利なんだって。
こうして見ると、『焚き火なんて木を置いて燃やすだけでしょ?』って思ってたけど、全然違うんですね。
火を早く大きくしたいのか。
長く燃やしたいのか。
暖まりたいのか。
料理をしたいのか。
目的によって薪の組み方まで変えるんです。
焚き火って思ってたよりずっと奥が深いんですね。
それに見ていると昔のことを思い出したり、なんだか安心するんですよね。
私はお兄ちゃんと昔キャンプに行った時のことを思い出しました。
またいつか、普通にキャンプできたらいいな。
では今日はここまで。
またね。




