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第7話⑤流された唯のパンツ

笑いが落ち着いたところで、なおみが唯へ視線を戻した。


『そういや唯ちゃんは?』


『私?』


『昔から身体弱かったん?』


唯の表情が、ほんの少しだけ曇った。

湯の中で両手を重ねる。


『……はい。小さい頃から病気がちで、学校もよく休んでました』


『そっか』


なおみはそれ以上、同情するような顔をしなかった。

ただ続きを待っている。

その反応に安心したのか、唯は少しずつ話し始めた。


『でも、小さい頃は今より元気だったんです』


顔を上げる。


『お兄ちゃんとか、夏帆さんと一緒によく遊んでました』


夏帆が懐かしそうに笑った。


『そうね。唯ちゃん、昔は健一の後ろをずっとついて回ってた』


『えっ、そんなに?』


美樹が聞く。


『うん。健一が外に行けば唯ちゃんも行くし、何か始めれば唯ちゃんもやりたがるし』


『だって、お兄ちゃんと一緒にいたかったから』


唯が少し恥ずかしそうに笑った。


『今もやろ?』


なおみが言う。


『……今もです』


即答だった。

四人の間に笑いが起こる。

だが唯は、そのまま少し視線を落とした。


『高校に入ってから、病気が悪くなって……』


夏帆の笑顔も静かになる。


『休む日が増えて、だんだん学校に行けなくなって……結局、中退しました』


『…………』


『だから、高校生活ってあんまり分からないんです』


声は明るくしようとしていた。

それでも、どこか寂しさが滲んでいた。


学校へ行く。

友達と話す。

授業を受ける。

放課後を過ごす。


多くの人にとって当たり前だった時間を、唯は途中で失っていた。

なおみは湯の中で腕を組む。


『ほんなら元気になったら、やり残したこといっぱいせなあかんな』


唯が顔を上げる。

思っていた言葉とは違った。


かわいそう。

大変だったね。

そんな言葉が返ってくると思っていた。

だが、なおみは先の話をした。


『……はい』


唯の表情が少しずつ和らぐ。


『そうですね』


『学校行くんでもええし、遊びに行くんでもええし。やりたいこと全部やったらええやん』


『全部……』


唯は小さく笑った。


『いっぱいあります』


『ええことや』


なおみも笑う。

湯気の向こうで、唯の緊張が少しずつ消えていった。

美樹が夏帆を見る。


『夏帆さんも、健一さんたちと昔から一緒なんですか?』


『うん。幼馴染』


『家も近かったの?』


『同じマンションだったの』


『へえ! じゃあ本当にずっと一緒なんだ』


『小さい頃からね』


唯が嬉しそうに口を挟む。


『夏帆さん、昔からすごく優しかったんだよ』


『唯ちゃん、それはちょっと恥ずかしい』


『お兄ちゃんより優しかった』


『おいおい、健一聞いたら泣くで』


なおみの一言に、また笑いが起きた。

それから話題は次々と変わっていった。

子供の頃のこと。


昔の健一がどんな兄だったのか。

夏帆の家族のこと。

知り合ってまだ数日。

これまでは逃げること、生き延びること、食べること。


そんな話ばかりだった。

名前も知っている。

一緒に戦ったこともある。

同じ食卓も囲んだ。


それでも互いのことは、ほとんど知らなかった。

温かい湯に浸かりながら話しているうちに、その空白が少しずつ埋まっていく。

やがて、なおみが空を見上げた。


『そろそろ洗濯物見に行こか』


『そうね。かなり時間経ったし』


四人は温泉を出ると、身体を拭き、川辺の洗濯物を確認しに戻った。

久しぶりに石鹸で身体を洗い、温かい湯に浸かったせいか、全身が軽く感じる。

川辺へ戻る。

岩や枝を使って干していた衣類を、一枚ずつ確認していく。


『これ、もう結構乾いてる』


美樹がシャツを触る。


『こっちはまだちょっと湿ってるな』


なおみも洗濯物を取り込んでいく。

唯も自分の衣類へ手を伸ばした。


その時だった。

風に煽られたのか。

手元にあった下着の一枚が、するりと滑った。


『あっ!』


水面へ落ちる。

すぐに流れ始めた。

唯が慌てて川沿いを追う。


『待って!』


『唯ちゃん危ない!』


夏帆が止める。

下着は流れに乗り、どんどん遠ざかっていく。

美樹も追いかけようとしたが、すぐ先には流れの速い場所が見えた。


『もう無理だよ!』


四人はその場で立ち止まった。

白い布地が水面で一度だけ見え――。

そのまま下流へ流されていった。


『…………』


唯が呆然と川を見る。

なおみも下流を眺めていたが、やがてぽつりと言った。


『あれは唯ちゃんのパンツやね』


『…………はい』


『小屋に帰るまでノーパンやん』


『なおみさんっ!』


唯の顔が一気に赤くなる。

美樹が吹き出した。


『ちょっ……なおみさん、それ言わなくても!』


夏帆も笑いを堪えきれない。


『唯ちゃん、大丈夫。小屋に替えあるでしょ?』


『ありますけど! ありますけど、そういう問題じゃなくて!』


なおみは腹を抱えて笑っていた。


『あははは! ごめんごめん!』


『もうっ!』


唯は真っ赤なまま洗濯物を回収する。

その横で、美樹と夏帆もまだ笑っている。


『二人まで笑わないでよ!』


『ごめん、唯ちゃん』


『だってなおみさんが……』


『うちのせいなん!?』


また笑い声が起きた。

川の流れる音に混ざり、四人の声が山の中へ広がっていく。

流された一枚だけは、そのまま下流へ姿を消していった。

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