第7話②残されたもの
◇08月09日 22時台/山中の家の庭/権蔵、美樹、達也、嵯峨
穴を掘り終えた頃には、美樹と達也は汗と土にまみれていた。
達也がスコップを地面へ置く。
『……これくらいでいいか』
美樹も荒い息を吐きながら、掘った穴を見下ろした。
十分な深さはある。
権蔵は何も言わず、山中の亡骸へ歩み寄った。
達也もすぐに後を追う。
二人で山中の身体を持ち上げる。
美樹は先に穴のそばへ行き、足元を照らした。
『気をつけて』
『ああ』
ゆっくり。
落とさないように。
二人は山中の亡骸を穴へ下ろした。
権蔵はしばらく、その場から動かなかった。
土の中に横たわる友人を見つめている。
やがてスコップを手に取った。
最初の土を入れる。
ザッ――。
乾いた音。
美樹がライトで照らす中、達也も続いた。
一杯。
また一杯。
少しずつ、山中の姿が土に覆われていく。
嵯峨はすぐ近くに座っていた。
鳴かない。
ただ、三人が土を戻していく様子をじっと見ていた。
権蔵の手は止まらなかった。
何度も土をすくう。
最後の土をならし終えると、三人は近くにあった少し大きめの石を運んだ。
墓標の代わりに、墓の上へ置く。
それだけだった。
名前が刻まれているわけでもない。
墓石でもない。
ただの石。
それでも、山中が眠っている場所を示すには十分だった。
達也が無言で家へ戻った。
少しして、片手に焼酎の瓶、もう片方にグラスを持って戻ってくる。
瓶のラベルには『魔王』と書かれていた。
権蔵がその酒を見る。
『……山中さんが飲んどったやつか』
『家にあった』
達也はグラスへ焼酎を注いだ。
透明な酒が静かに満ちていく。
墓標の前へしゃがみ、そっと置いた。
美樹も権蔵も何も言わなかった。
ぽつ。
美樹が顔を上げる。
頬に冷たいものが触れた。
ぽつ。
また一滴。
細かな雨が降り始めていた。
霧のように細く、音もほとんどしない。
三人は墓の前へ並んだ。
権蔵。
達也。
美樹。
その少し前には嵯峨がいる。
三人は静かに手を合わせた。
権蔵は目を閉じた。
脳裏に様々なことが浮かんだ。
だが言葉にはしなかった。
雨が髪や肩を少しずつ濡らしていく。
どれほどそうしていたのか。
やがて権蔵が目を開いた。
墓標の石を見る。
『……嵯峨の事は我々に任せろ。安らかに眠れ』
声は静かだった。
嵯峨がその声を聞いたように立ち上がる。
ゆっくり墓へ近づいた。
墓標の前で止まる。
そして、その場に座り込んだ。
『…………』
権蔵たちは急かさなかった。
嵯峨はただ石を見つめている。
主人の匂いを探しているのか。
それとも、何かを理解しているのか。
三人には分からない。
細かな雨の中で、ただ静かに待った。
やがて嵯峨が立ち上がり、権蔵たちの方へ戻ってきた。
権蔵はその頭へ手を置いた。
一度だけ、ゆっくり撫でた。
◇08月09日 22時台/山中の家/権蔵、美樹、達也、嵯峨
埋葬を終えた三人は、もう一度山中の家へ入った。
権蔵は懐から手紙を取り出す。
そこに書かれていた言葉を思い返す。
『わし愛用の空気銃と弾もある。必要な物があったら好きに使ってくれ』
山中が残したもの。
権蔵は保管されていた銃を見つけた。
プレチャージ式の空気銃。
手に取る。
ずしりとした重みが掌へ伝わった。
権蔵は無言のまま、しばらく銃を眺めていた。
何度も山で使っていたのだろう。
山中の手が触れていた銃。
権蔵は何も言わず、それをケースへ収めた。
達也と美樹も家の中を探す。
『これも持っていった方がいいんじゃない?』
美樹が見つけたのは、空気銃に使う空気ボンベだった。
『ああ。頼む』
ペレット弾もまとめる。
銃の説明書。
猟犬のしつけ方について書かれた本。
その近くにあった謎の笛も、何に使う物か分からないまま一緒に持っていく。
罠に使えそうな材料。
山中が使っていた物を、一つずつ確認しながら集めていく。
達也が棚を開ける。
『ドッグフードもあるぞ』
その声に、嵯峨が顔を上げた。
美樹が少しだけ笑う。
『それは絶対持っていこう』
袋ごと運び出し、車へ積み込む。
何度か家と車を往復する。
必要な物を載せ終えた。
権蔵は玄関に立った。
誰もいなくなった家。
明かりを向けても、当然返事はない。
少し前まで、ここには山中が暮らしていた。
嵯峨もいた。
権蔵は一度だけ家の中を振り返った。
『…………』
何も言わない。
玄関の扉を静かに閉めた。
家の外には、嵯峨が使っていた犬小屋も残っている。
美樹が足を止める。
『……これも持っていけないかな』
達也が犬小屋を見る。
『このままじゃ邪魔だな。ばらせば積めるだろ』
道具を持ってきて、屋根や側板を一つずつ外していく。
木製の犬小屋は数枚の板へ分かれた。
『山小屋でまた組み立てればいい』
『うん。持っていこう』
分解した犬小屋も、ほかの荷物と一緒にバンへ積み込んだ。
そうして権蔵は車を発進させた。
◇08月09日 23時台/山道/権蔵、美樹、達也、嵯峨
車が暗い山道を進んでいた。
ヘッドライトが、細い道と木々を照らしては後ろへ流していく。
車内では誰も話さなかった。
権蔵は前だけを見て運転している。
美樹も窓の外を見たまま。
達也も黙って座っていた。
いつものように冗談を言う者はいない。
嵯峨は足元に伏せていた。
身体を丸め、大人しくしている。
聞こえるのはエンジン音。
タイヤが路面を踏む音。
時折、車体が揺れる音だけだった。
美樹は足元の嵯峨へ視線を落とす。
手を伸ばしかけて――やめる。
今はただ、そばにいるだけでいい気がした。
車はそのまま山小屋へ向かって走り続けた。
◇08月09日 23時台/山小屋前/健一、権蔵、唯、夏帆、美樹、達也、嵯峨
山小屋の前に車が停まった。
エンジン音を聞きつけ、健一たちが外へ出てくる。
『権蔵さん』
健一は三人の顔を見た。
誰も何も言わない。
それだけで、山中がどうなっていたのか察した。
『…………』
聞こうとはしなかった。
夏帆も唯も、ただ静かに三人を迎えた。
達也が荷室を開ける。
『荷物、運ぼう』
健一は頷いた。
山中家から持ち帰った空気銃。
空気ボンベ。
ペレット弾。
説明書。
猟犬のしつけ方の本。
罠に使えそうな材料。
ドッグフード。
そして、分解して運んできた嵯峨の犬小屋。
皆で山小屋へ運び込んでいく。
嵯峨も美樹の後について中へ入った。
室内を少し歩き回ったあと、床へ伏せる。
普段なら誰かが何かを話している山小屋だった。
達也が冗談を言う。
なおみが返す。
そんな声が自然に聞こえていた。
だが、この夜は違った。
誰もほとんど言葉を発しない。
それぞれ眠る準備をする。
権蔵も黙ったまま横になった。
しばらくしてランタンの明かりが消える。
山小屋が暗闇に包まれた。
窓からは月明かりが静かに差し込んでいる。
外から聞こえるのは、虫の鳴き声だけだった。




