↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/77

第7話②残されたもの

◇08月09日 22時台/山中の家の庭/権蔵、美樹、達也、嵯峨


穴を掘り終えた頃には、美樹と達也は汗と土にまみれていた。

達也がスコップを地面へ置く。


『……これくらいでいいか』


美樹も荒い息を吐きながら、掘った穴を見下ろした。

十分な深さはある。

権蔵は何も言わず、山中の亡骸へ歩み寄った。


達也もすぐに後を追う。

二人で山中の身体を持ち上げる。

美樹は先に穴のそばへ行き、足元を照らした。


『気をつけて』


『ああ』


ゆっくり。

落とさないように。

二人は山中の亡骸を穴へ下ろした。

権蔵はしばらく、その場から動かなかった。


土の中に横たわる友人を見つめている。

やがてスコップを手に取った。

最初の土を入れる。


ザッ――。


乾いた音。

美樹がライトで照らす中、達也も続いた。


一杯。

また一杯。


少しずつ、山中の姿が土に覆われていく。

嵯峨はすぐ近くに座っていた。

鳴かない。


ただ、三人が土を戻していく様子をじっと見ていた。

権蔵の手は止まらなかった。

何度も土をすくう。

最後の土をならし終えると、三人は近くにあった少し大きめの石を運んだ。

墓標の代わりに、墓の上へ置く。


それだけだった。

名前が刻まれているわけでもない。

墓石でもない。


ただの石。

それでも、山中が眠っている場所を示すには十分だった。

達也が無言で家へ戻った。

少しして、片手に焼酎の瓶、もう片方にグラスを持って戻ってくる。

瓶のラベルには『魔王』と書かれていた。

権蔵がその酒を見る。


『……山中さんが飲んどったやつか』


『家にあった』


達也はグラスへ焼酎を注いだ。

透明な酒が静かに満ちていく。

墓標の前へしゃがみ、そっと置いた。

美樹も権蔵も何も言わなかった。


ぽつ。

美樹が顔を上げる。

頬に冷たいものが触れた。


ぽつ。

また一滴。

細かな雨が降り始めていた。

霧のように細く、音もほとんどしない。

三人は墓の前へ並んだ。


権蔵。

達也。

美樹。


その少し前には嵯峨がいる。

三人は静かに手を合わせた。


権蔵は目を閉じた。

脳裏に様々なことが浮かんだ。

だが言葉にはしなかった。


雨が髪や肩を少しずつ濡らしていく。

どれほどそうしていたのか。

やがて権蔵が目を開いた。

墓標の石を見る。


『……嵯峨の事は我々に任せろ。安らかに眠れ』


声は静かだった。

嵯峨がその声を聞いたように立ち上がる。

ゆっくり墓へ近づいた。


墓標の前で止まる。

そして、その場に座り込んだ。


『…………』


権蔵たちは急かさなかった。

嵯峨はただ石を見つめている。

主人の匂いを探しているのか。

それとも、何かを理解しているのか。


三人には分からない。

細かな雨の中で、ただ静かに待った。

やがて嵯峨が立ち上がり、権蔵たちの方へ戻ってきた。

権蔵はその頭へ手を置いた。

一度だけ、ゆっくり撫でた。





◇08月09日 22時台/山中の家/権蔵、美樹、達也、嵯峨


埋葬を終えた三人は、もう一度山中の家へ入った。

権蔵は懐から手紙を取り出す。

そこに書かれていた言葉を思い返す。


『わし愛用の空気銃と弾もある。必要な物があったら好きに使ってくれ』


山中が残したもの。

権蔵は保管されていた銃を見つけた。

プレチャージ式の空気銃。


手に取る。

ずしりとした重みが掌へ伝わった。

権蔵は無言のまま、しばらく銃を眺めていた。

何度も山で使っていたのだろう。

山中の手が触れていた銃。

権蔵は何も言わず、それをケースへ収めた。


達也と美樹も家の中を探す。


『これも持っていった方がいいんじゃない?』


美樹が見つけたのは、空気銃に使う空気ボンベだった。


『ああ。頼む』


ペレット弾もまとめる。

銃の説明書。

猟犬のしつけ方について書かれた本。

その近くにあった謎の笛も、何に使う物か分からないまま一緒に持っていく。

罠に使えそうな材料。

山中が使っていた物を、一つずつ確認しながら集めていく。

達也が棚を開ける。


『ドッグフードもあるぞ』


その声に、嵯峨が顔を上げた。

美樹が少しだけ笑う。


『それは絶対持っていこう』


袋ごと運び出し、車へ積み込む。

何度か家と車を往復する。

必要な物を載せ終えた。


権蔵は玄関に立った。

誰もいなくなった家。

明かりを向けても、当然返事はない。

少し前まで、ここには山中が暮らしていた。

嵯峨もいた。

権蔵は一度だけ家の中を振り返った。


『…………』


何も言わない。

玄関の扉を静かに閉めた。


家の外には、嵯峨が使っていた犬小屋も残っている。

美樹が足を止める。


『……これも持っていけないかな』


達也が犬小屋を見る。


『このままじゃ邪魔だな。ばらせば積めるだろ』


道具を持ってきて、屋根や側板を一つずつ外していく。

木製の犬小屋は数枚の板へ分かれた。


『山小屋でまた組み立てればいい』


『うん。持っていこう』


分解した犬小屋も、ほかの荷物と一緒にバンへ積み込んだ。

そうして権蔵は車を発進させた。




◇08月09日 23時台/山道/権蔵、美樹、達也、嵯峨


車が暗い山道を進んでいた。

ヘッドライトが、細い道と木々を照らしては後ろへ流していく。

車内では誰も話さなかった。


権蔵は前だけを見て運転している。

美樹も窓の外を見たまま。

達也も黙って座っていた。

いつものように冗談を言う者はいない。


嵯峨は足元に伏せていた。

身体を丸め、大人しくしている。


聞こえるのはエンジン音。

タイヤが路面を踏む音。

時折、車体が揺れる音だけだった。


美樹は足元の嵯峨へ視線を落とす。

手を伸ばしかけて――やめる。

今はただ、そばにいるだけでいい気がした。

車はそのまま山小屋へ向かって走り続けた。





◇08月09日 23時台/山小屋前/健一、権蔵、唯、夏帆、美樹、達也、嵯峨


山小屋の前に車が停まった。

エンジン音を聞きつけ、健一たちが外へ出てくる。


『権蔵さん』


健一は三人の顔を見た。

誰も何も言わない。

それだけで、山中がどうなっていたのか察した。


『…………』


聞こうとはしなかった。

夏帆も唯も、ただ静かに三人を迎えた。

達也が荷室を開ける。


『荷物、運ぼう』


健一は頷いた。

山中家から持ち帰った空気銃。

空気ボンベ。

ペレット弾。

説明書。

猟犬のしつけ方の本。

罠に使えそうな材料。

ドッグフード。

そして、分解して運んできた嵯峨の犬小屋。


皆で山小屋へ運び込んでいく。

嵯峨も美樹の後について中へ入った。

室内を少し歩き回ったあと、床へ伏せる。

普段なら誰かが何かを話している山小屋だった。


達也が冗談を言う。

なおみが返す。

そんな声が自然に聞こえていた。


だが、この夜は違った。

誰もほとんど言葉を発しない。

それぞれ眠る準備をする。

権蔵も黙ったまま横になった。


しばらくしてランタンの明かりが消える。

山小屋が暗闇に包まれた。

窓からは月明かりが静かに差し込んでいる。

外から聞こえるのは、虫の鳴き声だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。