第7話①友を弔う夜
◇08月09日 20時台/山小屋/健一、唯、夏帆、権蔵、達也、なおみ、美樹
権蔵は、折り畳んだ手紙をもう一度見つめた。
山中から届いた最後の言葉。
嵯峨のこと。
空気銃や弾のこと。
そして、病院にいた息子の幸久のこと。
山小屋の中は静まり返っていた。
さっきまで七人でキジ鍋を囲んでいたのが嘘のようだった。
足元では嵯峨が大人しく座り、権蔵を見上げている。
権蔵は手紙を懐へしまった。
『……ちょっと山中さんの家を見てくる』
『1人で行くんですか?』
『ああ。様子を見てくるだけじゃ』
権蔵は立ち上がり、出発の準備を始めた。
健一は心配そうにその背中を見る。
手紙に書かれていた内容を考えれば、ただ様子を見に行くだけで済むとは思えない。
だが何と声をかければいいのか分からなかった。
その時。
『俺も行くよ』
達也が立ち上がった。
権蔵が振り返る。
『こんな時間に爺さん1人で行かせられねぇだろ』
『誰が爺さんじゃ』
『そこに反応する元気あるなら大丈夫そうだな』
いつもなら誰かが笑ったかもしれない。
だが今は、誰も笑わなかった。
少し遅れて、美樹も立ち上がる。
『……私も行く』
権蔵は二人を見た。
『お前さんたちは残っとってもええんじゃぞ』
達也は動かない。
美樹も同じだった。
『…………』
権蔵はしばらく二人を見つめた。
『……分かった』
それだけ言って、準備を続けた。
健一たちは山小屋に残ることになった。
山中の様子を確かめるだけなら、三人で十分だった。
残る四人は山小屋の警戒を続けることにした。
美樹は必要な荷物をまとめる途中、誰にも何も言わず倉庫へ向かった。
少しして、二本のスコップを抱えて戻ってくる。
達也が気づく。
二人の目が合った。
『…………』
美樹は何も言わない。
達也も聞かなかった。
美樹はそのままスコップを車の荷室へ積み込んだ。
出発の準備が整う。
権蔵が車へ向かうと、足元から嵯峨がついてきた。
『嵯峨』
権蔵が足を止める。
嵯峨はそのまま離れようとしない。
美樹が車のドアを開けた。
『嵯峨も行くよ』
声をかけると、嵯峨は迷うことなく車へ乗り込んだ。
美樹も続く。
達也が最後に乗る。
健一は車の横まで来た。
『権蔵さん』
『なんじゃ』
一瞬、言葉に詰まる。
『……気をつけて』
『ああ』
権蔵は短く答えた。
エンジンがかかる。
車はゆっくりと山小屋を離れていった。
健一たちは、赤いテールランプが木々の間へ消えるまで見送っていた。
◇08月09日 21時台/山中の家/権蔵、美樹、達也、嵯峨
山中の家に着いた。
権蔵がエンジンを切る。
辺りは真っ暗だった。
窓から漏れる明かりもない。
車を降りると、嵯峨が先に地面へ飛び降りた。
迷う様子もなく、真っ直ぐ家へ向かっていく。
ここが自分の家だと分かっている。
権蔵はその後ろを歩いた。
美樹と達也も続く。
玄関の前。
嵯峨が足を止める。
権蔵が扉を開けた。
『山中さん……』
返事はない。
家の中は暗かった。
権蔵が明かりを照らしながら入る。
『山中さん』
もう一度呼ぶ。
静寂。
達也と美樹も後ろから入った。
嵯峨は権蔵たちより先に、奥へ進んでいく。
権蔵も追う。
廊下。
部屋。
誰もいない。
そして、一つの部屋へ入ったところで、権蔵の足が止まった。
『…………』
美樹と達也も後ろから中を見る。
誰も声を出せなかった。
天井から垂れたロープ。
その先に。
山中がいた。
首を吊った状態で、動かなくなっている。
美樹が息を呑んだ。
達也の表情からも、いつもの軽さが消える。
権蔵はしばらく、その場に立っていた。
山中の顔を見つめる。
呼びかけることはしなかった。
返事がないことは、もう分かっていた。
やがて権蔵が歩き出す。
山中の身体へ近づいた。
両腕で支える。
『達也』
低い声だった。
達也はすぐに動いた。
『ああ』
二人で山中の身体を支える。
権蔵がロープを外す。
ゆっくり。
乱暴に扱わないように。
二人は山中の亡骸を床へ横たえた。
嵯峨が近づく。
顔の匂いを嗅ぐ。
胸元。
腕。
何度も鼻先を近づける。
『…………』
誰も止めなかった。
嵯峨はしばらく山中の身体の周りを動いていた。
やがて、その横へ座り込む。
離れない。
権蔵も床へ腰を下ろした。
山中の亡骸の隣。
何も言わず。
ただ座っている。
美樹は二人を見つめていた。
権蔵。
山中。
その横にいる嵯峨。
美樹は静かに部屋を出た。
達也が気づく。
何も聞かず、その後を追った。
美樹は家を出ると車へ向かった。
荷室を開ける。
山小屋から持ってきたスコップを取り出した。
達也が後ろに立つ。
『……貸せ』
美樹が振り返る。
達也はスコップへ手を伸ばしていた。
美樹は黙って渡した。
達也が家の近くの地面を見る。
美樹ももう一本のスコップを手にする。
二人は場所を決めると、ライトを腰につけて土を掘り始めた。
ザクッ。
スコップの刃が土へ入る。
掘る。
土を外へ出す。
また掘る。
夜の山の中に、土を削る音だけが響いた。
ザクッ。
ザクッ。
誰も話さなかった。
家の中では、権蔵が山中のそばに座っている。
嵯峨も動かない。
美樹と達也は黙々と穴を掘り続けた。
汗が流れる。
腕が重くなる。
それでも手を止めなかった。
山中を眠らせる場所を作るために。
ただひたすら、土を掘り続けた。




