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第6話⑤命を肉に

権蔵は動かなくなったキジのそばへ歩み寄った。

しゃがみ込み、身体の状態を確認する。

美樹は少し離れた場所に立ったまま、その様子を見ていた。


自分が撃った。

一発目で傷つけ、二発目で命を奪った。

さっきまで草むらの中でこちらを見ていた鳥は、もう動かない。

権蔵がキジを持ち上げる。


『獲って終わりではないぞ』


美樹が顔を上げた。


『……え?』


『食べられる状態にして、初めて狩猟は終わりじゃ』


権蔵は持ってきた道具の中から、細長い金属製の器具を取り出した。

美樹は見覚えのない形に眉を寄せる。


『それ何?』


『腸抜きじゃ』


『腸……?』


『鳥は獲ったら、できるだけ早く腸を抜いてやる』


権蔵はキジを美樹から見える位置へ持った。

器具の先端を見せる。


『腸フックと言ってな。肛門側から入れて、腸を引き抜くための道具じゃ』


『うわ……』


美樹の顔が引きつる。

権蔵は慣れた手つきで処理を始めた。

美樹は反射的に顔を背けかける。


『嫌なら目を逸らしてもええ』


その言葉に、美樹の動きが止まった。


『ただし、食うならいつかは覚えんとな』


『…………』


少し迷った末、美樹はもう一度キジへ視線を戻した。

気持ちのいい光景ではない。

それでも目を逸らさなかった。


権蔵の手元を見る。

道具の入れ方。

動かし方。

力を入れすぎないこと。

美樹は黙って一つずつ見ていた。


『死んだ獲物は、その瞬間から傷み始める』


権蔵が作業をしながら説明する。


『特に今みたいな暑い時期は早い。獲ったら、できるだけ早く処理する』


『撃った後も時間との勝負なんだ……』


『そうじゃ』


美樹は自分が思い描いていた狩猟との違いを感じていた。

見つけて。

狙って。

撃つ。


そこまでしか考えていなかった。

だが実際は、その先の方がずっと長い。

処理を終えた権蔵がキジを持ち上げる。


『持って帰るぞ』


『はい』


美樹はもう一度、キジを見た。

今度はただの死骸ではなく、これから自分たちが食べるものとして見ようとした。





◇08月09日 18時台/山小屋前/権蔵、美樹


山小屋の前へ戻ると、焚火の準備をした。

権蔵はキジを地面へ置き、美樹を手招きする。


『今度は羽じゃ』


『まだあるんだ……』


『まだまだじゃ』


権蔵は羽をつまみ、少しずつ抜き始めた。


『適当に引っ張ると皮まで破れる。少しずつやるんじゃ』


美樹も隣へ座る。

最初は恐る恐る指を伸ばした。


羽をつまむ。

引く。

抜けた。


『……こう?』


『そうじゃ』


もう一枚。

さらに一枚。

最初は鳥の身体へ触れること自体に抵抗があった。

だが同じ作業を繰り返しているうちに、少しずつ意識が変わっていく。

どの向きに抜けば皮を傷つけにくいのか。

大きな羽と、小さな羽。

指先で感触を確かめながら作業を進める。


『これ、結構時間かかるね』


『慣れれば早くなる』


二人で羽をむしっていく。

やがて大きな羽はほとんどなくなった。

しかし表面には、まだ細かな羽毛や産毛が残っている。

美樹がキジを持ち上げる。


『これ全部抜くの?』


『産毛以外は全て抜くんじゃ』


『全部……』


先の長さに少しげんなりしながらも、美樹は再び作業を始めた。

細かな羽まで取り終えると、権蔵がキジを焚火へ近づけた。


『最後に残った産毛を焼く』


炎へ近づける。

チリチリッ。

ぱちぱちと小さな音を立て、表面の細い毛が縮れて燃えた。

権蔵はキジを動かし続ける。


『同じ場所を長く炙るな。産毛だけ焼くつもりが、皮まで焦げる』


『料理する前から火加減がいるんだ』


『何でも加減じゃ』


表面を一通り炙り終える。

さっきまで羽に覆われていたキジは、随分と見慣れた姿に近づいていた。





◇08月09日 18時台/解体用の倉庫/権蔵、美樹


二人は解体用の倉庫へ移動した。

作業台の上へキジを置く。

権蔵はナイフを取り出した。


『さて、ここからが肉にする作業じゃ』


美樹は作業台のキジを見る。


『……まだあるんだ』


『さっきも言ったじゃろ』


権蔵は美樹から手元がよく見える位置に立った。


『まず首と足を落とす』


『うぅ……』


『さっき撃った時は平気じゃったろ』


『あの時は必死だったから……。こうやって近くで見るのはまた違うよ』


『まあ、最初はそんなもんじゃ』


権蔵がナイフを入れる。

美樹は少し顔をしかめながらも、目は逸らさなかった。


首と足が落とされる。

羽もなくなり、すっかり姿の変わったキジを見て、美樹が少し首を傾げた。


『……なんか、見たことある形になった』


権蔵が笑う。


『そうじゃろ。ここまで処理すると、店で売っとる鶏肉とそう変わらん』


確かにそうだった。

つい少し前まで山の中を走っていた鳥なのに。

羽がなくなり、形が整うだけで、美樹が今まで何度も見てきた『食材』へ近づいていく。


権蔵は腹部へナイフを入れた。

中に残っているものを一つずつ取り出していく。

美樹は黙って見ていた。


『この中にも食えるところがあってな』


権蔵が取り分ける。


『砂ぎも、レバー、それからハツ。この辺りは内臓でも可食部じゃ』


美樹は並べられたものを見る。


『全部同じに見えるよ』


『一日で全部覚える必要はない』


『はぁい』


『じゃが、これから狩猟を続けるなら覚えておけ』


権蔵は美樹を見る。


『撃つところだけが狩猟じゃない。獲って、さばいて、食べるところまでじゃ』


美樹は黙って頷いた。

次は肉を切り分ける。

権蔵は脚を持ち、関節の位置を美樹に確認させた。


『ここを触ってみろ』


美樹が指で探る。

硬い骨。

その間に、わずかに動く場所がある。


『ここ?』


『そうじゃ。そこが関節じゃ』


ナイフを入れる。

力任せに骨を断ち切るのではなく、関節へ沿わせる。

美樹が不思議そうに見る。


『骨を切るんじゃないの?』


『骨を無理に切る必要はない。関節を探せばええ』


権蔵は取り外した部分を置く。


『骨も出汁が出るぞ』


美樹が並んでいく部位を見る。


『無駄にするところないね』


『獲った命じゃからな。使えるもんは使う』


続いて胸肉。

権蔵は美樹の指を胸の中央へ導いた。


『これが胸骨じゃ』


美樹が触れる。


『硬い』


『骨の位置を先に覚える。それから、それに沿って刃を入れる』


ナイフが骨の際を滑る。

肉が綺麗に外れていく。


『刃物だけでやろうとするな。まず指で触って、骨がどこにあるか確かめるんじゃ』


美樹も自分の指でキジの身体へ触れた。


骨。

関節。

肉。


今までスーパーで買っていた肉からは想像もしなかった形が、そこにはあった。


『命を取った以上、食えるところはなるべく無駄にせん。それも猟師の仕事じゃ』


美樹は切り分けられたキジ肉を見つめた。


『スーパーに並んでる肉って……』


権蔵が手を止める。


『ん?』


『こういうところ全部、誰かがやってたんだね』


『そういうことじゃな』


美樹はしばらく黙っていた。

自分が撃った鳥。

自分が終わらせた命。

それが今、食べられる肉になって目の前にある。


『……ちゃんと食べる』


権蔵が静かに頷いた。


『それでええ』


切り分けられたキジ肉は、その日の夕食に使うため、綺麗にまとめられていった。

挿絵(By みてみん)

■唯のサバイバルメモ

・今日のテーマ:腸フック


皆さんこんにちは。唯です。

今回のお題は『腸フック』についてです。


腸フックは、狩猟で仕留めた鳥の腸を抜くために使う道具です。

カモやキジなどを仕留めたあと、食べるためには下処理をしないといけません。

腸フックは先端が小さなフック状になっていて、鳥のお尻から差し込み、腸の内側に引っ掛けて引き出します。


専用の腸フックもありますが、編み物に使うかぎ針などで代用する人もいるんだって。

実際に大型の鳥の腸抜きでは、かぎ針でも代用できると紹介されています。


そして初めて腸抜きをすると、想像していたより長い腸が『びろ~ん』って出てきて、びっくりする人もいるみたい。


実際に初めて鳥の腸抜きをした人の体験談では、

『最初はちょっと怖かった』

『感触が分からなくて、途中で腸が切れちゃった』

『中からにょろにょろ出てきた』

なんて感想もありました。


ただ、勢いよく引っ張ればいいわけではありません。

腸が途中で切れてしまうと、中身が漏れてしまうこともあります。


それに、猟師さんによってやり方も違うみたい。

腸フックを使っていたけど、『全部きれいに抜くのが意外と難しい』という理由で、今は少し切開して手で腸を出している人もいます。

料理用のハサミを使う方が楽だという人までいるんだって。

狩猟って、獲物を仕留めるところだけじゃなくて、その後にもいろんな技術があるんですね。


権蔵さんが言っていたように、

命だったものを、ちゃんと食べられる『肉』にする。

そこまでやって初めて狩猟なんだって、少し分かった気がします。


では今日はここまで。

またね。

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