第6話②もう一度会う場所
美樹はスコープを覗いたまま、少し考えた。
『じゃあ20m先ならどこを狙えばいいんですか?』
『そこが銃の面倒なところじゃ』
権蔵はしゃがみ込み、地面から細い棒を拾った。
土の上へ一本の線を引く。
『スコープから見える線は真っ直ぐじゃ』
その下へ、今度は緩やかな弧を描く。
『じゃが、ペレットは真っ直ぐ飛び続けるわけじゃない』
美樹が線を見る。
『落ちる?』
『そうじゃ。銃口を出た瞬間から重力で落ち始める』
権蔵は空気銃を横から指さした。
『それに、スコープは銃身より上に付いとる。照準線と弾道は最初から同じ場所を通っとるわけじゃない』
地面に描いた直線と弧が、途中で交わる。
『この銃では、わしが40mを基準に合わせてある』
美樹は二本の線をじっと見つめた。
『つまり……近ければ近いほど簡単ってわけでもない?』
『そういうことじゃ。距離が違えば、照準の真ん中と実際に当たる場所にもズレが出る』
『じゃあ、撃つたびに何センチ上とか下とか考えるの?』
『そこでスコープの目盛りを見るわけじゃ。何より大事なのは距離じゃ』
権蔵は立ち上がった。
『それを身体で覚える』
『身体で?』
『まず40mを覚えろ』
権蔵が少し離れた木を指さした。
『あそこまで何mあると思う?』
美樹は木を見る。
距離など意識して歩いたことはない。
『……30mくらい?』
『歩いてみろ』
『え?』
『歩数を数えながらじゃ』
美樹は空気銃を権蔵へ返し、木へ向かって歩き始めた。
『1、2、3……』
普通の歩幅で進む。
木まで着くと振り返った。
権蔵が手招きする。
戻る。
『自分の一歩がどれくらいかも覚えとけ』
『距離を測るため?』
『そうじゃ。撃ったあとも同じじゃ』
権蔵は美樹が歩いた地面を指す。
『自分が撃った場所から的まで歩く。何歩だったか確認する。それから、どこへ命中したかを見る』
『毎回?』
『毎回じゃ』
美樹が少し顔をしかめた。
『結構地味ですね……』
『射撃なんてそんなもんじゃ』
権蔵は笑った。
『撃つところだけ見れば格好ええが、上手い奴ほど撃つ前と撃った後に色々やっとる』
『……なるほど』
『30mだと思って撃ったら実際は42mだった。50mだと思ったら35mしかなかった。最初はそんなもんじゃ』
権蔵は周囲を見回した。
『じゃが、それを何十回も確かめれば、そのうち景色を見ただけで分かるようになる』
『40mくらいだって?』
『そうじゃ。道路の幅、車の大きさ、電柱、建物、人間。その辺を物差しにして距離を見るようになる』
美樹はもう一度、先ほどの木を見る。
最初に見た時より、少しだけ距離というものを意識していた。
『……スコープで狙う練習より、そっちの方が大事そう』
権蔵が満足そうに頷く。
『分かってきたな』
空気銃を美樹へ渡す。
美樹は今度こそ、銃口の向きを意識しながら受け取った。
『それともう一つ。この空気銃は、感染者の身体へ適当に撃って倒せるような武器じゃない』
美樹の表情が引き締まる。
『心臓などの急所以外では、身体に当てても即死効果は期待できん』
権蔵は自分の目元を指した。
『即死を狙うなら目じゃ。そこから脳まで弾を通す』
『目……』
『頭ならどこでもええわけじゃない。頭蓋骨は丸い。目以外へ当たれば、弾が滑って貫通せんことも多い』
標的は小さい。
動いている感染者の目へ、遠くから正確に当てる。
想像していたより遥かに難しい。
『当てれば勝ちじゃない。どこへ当てたかが大事になる』
『……はい』
『じゃから、焦って撃つくらいなら撃たん方がええ場合もある』
『でも、近づいてきたら……』
『その時は逃げろ』
美樹が目を瞬く。
『え?』
『お前さんの仕事は感染者と力比べすることじゃない』
権蔵の口調は淡々としていた。
『距離があるうちに狙う。距離を詰められたら仲間のところまで下がる。空気銃を持ったからって、一人で何でもできると思うな』
美樹はしばらく黙り、それから頷いた。
『……はい』
『特に撃ったあとじゃ。命中したかどうかだけ見てぼうっとするな。次に何がおるかを見る。一体に集中しすぎれば、横から別の奴が来る』
『狙う前から周りを見るんですね』
『そうじゃ。射撃は引き金を引く瞬間より、その前の方が長い』
美樹は改めて空気銃を見る。
『……40mですね』
『まずはな』
『6回ポンプ。距離を予想して、撃った後に歩いて確認する』
『それを繰り返せ』
『分かりました』
権蔵が頷く。
『ほんなら最初は的じゃ。感染者を撃つのは、それからじゃ』
その後は板を的にして、実際に何度も撃った。
距離を予想し、六回ポンプして狙う。
撃った後は的まで歩き、予想した距離と着弾位置を確認する。
最初は外すことも多かったが、繰り返すうちに少しずつ弾がまとまり始めた。
◇08月09日 08時台/山道/健一、唯、夏帆、なおみ、達也
同じ頃。
健一たちは山小屋を出ていた。
目的は物資集めではない。
山小屋周辺の地形を、全員で把握しておくためだった。
五人は二組に分かれる。
なおみと達也。
そして健一、唯、夏帆。
『ほな、こっちはこっちで見てくるわ』
なおみが無線越しに言う。
健一の耳元から、その声がはっきり聞こえた。
『了解。何かあったらすぐ連絡してください』
『そっちもな』
二組は別々の方向へ歩き始めた。
健一たちは山道を進みながら、道の分岐や斜面、川、車で入れる場所と徒歩でしか通れない場所を確認していく。
感染者に追われた場合に、逃げ込めそうな経路も意識した。
健一は時折振り返り、唯がついてきていることも確認していた。
そのたびに唯は少しだけ不満そうな顔をする。
『ちゃんといるよ、お兄ちゃん』
『分かってるよ』
『じゃあ毎回見なくてもいいのに』
夏帆が横で小さく笑った。
◇08月09日 09時台/神社/健一、唯、夏帆、なおみ、達也
『なあ、一つ決めといた方がよくない?』
無線から達也の声が聞こえた。
健一たちは足を止める。
『何をです?』
『この無線が使えなくなった時』
達也の声が続く。
『故障するかもしれないし、電池が切れることもあるだろ』
なおみが答える。
『そん時は山小屋戻ったらええんちゃう?』
『山小屋に戻れなかったら?』
『戻れへん?』
『山小屋の周りに感染者が集まってるとか、途中の道が塞がってるとか。そういう場合もあるだろ』
確かに、連絡手段があることを前提に動き続けるのは危険だった。
夏帆が言う。
『無線も使えない。山小屋にも戻れない。その時に集まる場所を決めておくってこと?』
『そういうこと』
健一は地図を開き、現在地と周辺の地形を確認した。
その時、以前、権蔵に場所を教えてもらった神社を思い出した。
山小屋からもそう遠くない。
『この近くに神社があります。一度見に行ってみましょう』
健一の提案で、二組は神社へ向かった。
ほどなくして境内へ到着し、二組は合流した。
境内には鳥居と石段、古い社殿があり、周囲に感染者の姿はなかった。
建物の裏手や茂みも確認する。
さらに、正面の道を塞がれた場合に別方向へ逃げられるかも見て回った。
達也が境内を見渡す。
『ここなら目印にもなるな』
『決まりやな』
なおみが無線を持ち上げる。
『はぐれたら、まず無線』
健一が続ける。
『無線も使えなくて、山小屋にも戻れなかったら、この神社へ』
全員が確認する。
ただの探索だった場所に、一つの意味が加わった。
仲間とはぐれた時。
連絡も取れない時。
帰る場所さえ塞がれた時。
そこがもう一度会うための場所になった。
■唯のサバイバルメモ
・今日のテーマ:ゼロイン
皆さんこんにちは。唯です。
今回のお題は『ゼロイン』についてです。
今日、権蔵さんが美樹さんに教えていた『ゼロイン』について、ちょっとだけ補足です。
ゼロインというのは、簡単に言えば『この距離なら、スコープで狙ったところに弾が当たるように調整しておくこと』です。
権蔵さんの空気銃は、6回ポンプした状態で40mを基準にしています。
でも『空気銃は全部40m!』という意味じゃないんだって。
銃や弾、使い方によって基準にする距離は変わります。
それに、ポンプ回数を6回に揃えているのも、毎回できるだけ同じ条件で撃つためなんですね。
今回はこれだけ!
またね。




