第6話①力比べをしない戦い方、初めての空気銃
◇08月09日 07時台/山小屋/健一、唯、夏帆、権蔵、達也、なおみ、美樹
朝食を終えると、権蔵は机の上へ数台の無線機を並べた。
『今日はこれを使ってもらう』
健一が一台を手に取る。
昨日、街から持ち帰った防災用品の中にあったものだ。
『全員ですか?』
『ああ。一日使えば嫌でも慣れるじゃろ』
権蔵は狩猟でも無線を使ってきた。
山の中では仲間の姿が見えなくなることも珍しくない。離れた者同士で連絡を取り合うため、操作にも慣れている。
唯も一台受け取り、興味深そうに眺めた。
権蔵が操作方法を見せる。
『無線というと、一人が喋っとる間は他の者が聞くだけ、というものを想像するかもしれんが、これは複数人で同時に通話できる』
達也が反応する。
『普通の電話みたいに?』
『似たようなもんじゃ。誰かが喋っとるからといって、毎回交代せんでもええ』
なおみが無線機を耳元へ持っていく。
『ほな、離れててもみんなで喋れるんやな』
『そうじゃ。ただし便利だからといって、どうでもええ話ばかりするなよ。肝心な時に聞き逃したら意味がない』
達也が健一を見る。
『聞いたか?』
『なんで俺を見るんですか』
『昨日から一番喋りそうだから』
『達也さんの方でしょ』
山小屋の中に小さな笑いが起きた。
権蔵は気にせず説明を続ける。
電源。
音量。
通信の確認。
全員が実際に操作し、互いの声が聞こえることを確かめていく。
『今日は一日これを持っとけ。近くにおっても、使える場面では使ってみるんじゃ』
『練習ってことですね』
『いざという時だけ使おうとしても、操作に迷うからの』
その時、美樹が少し迷うように口を開いた。
『……権蔵さん』
『なんじゃ?』
美樹は腰に持っている果物ナイフへ目を落とした。
『私も、何かちゃんと戦える武器が欲しい』
山小屋の空気が少し変わった。
達也が美樹を見る。
『武器?』
『昨日までずっと、逃げてばっかりだったから』
美樹は静かに続ける。
『達也に助けてもらって、健一さんたちにも助けてもらって……。私、誰かに守ってもらってばっかりだった』
『美樹さん』
『このナイフじゃ、感染者が来てもほとんど何もできないでしょ?』
権蔵は果物ナイフを見る。
刃渡りが短い。
感染者を相手にするなら、相手の腕が届くところまで自分も近づかなければならない。
小柄な美樹にとって、それは危険だった。
権蔵は少し考えたあと、昨日自宅から持ち出した物のところへ向かった。
戻ってきた手には、一丁の空気銃がある。
美樹が目を瞬く。
『……銃?』
『空気銃じゃ』
『これを私が?』
『使ってみるか?』
美樹は空気銃と権蔵を交互に見る。
『私みたいなのでも扱えるんですか?』
『散弾銃なんかに比べれば反動は小さい。撃った時に身体を持っていかれにくいから、小柄なお前さんでも扱いやすい』
権蔵は空気銃を持ったまま続ける。
『感染者相手に一番危ないのは、近づかれた時じゃ。お前さんが力比べをしても不利になる』
美樹の表情が真剣になる。
『剣ナタを何度も振り回して戦うより、最初から距離を取った方がええ』
『遠くから撃つ……』
『そうじゃ。空気銃なら発射音も比較的小さい。大きな銃声で周囲の感染者を大量に呼び寄せる危険も抑えられる』
権蔵は小さなペレット弾を見せた。
『弾も小さいから、大量に持ってもさほど邪魔にならん』
美樹の目が空気銃へ戻る。
少し希望が見えたような表情だった。
だが権蔵は、すぐに釘を刺した。
『ただし』
美樹が顔を上げる。
『空気銃を持てば、誰でも簡単に感染者を倒せると思うな』
『……はい』
『確実に止めるには、急所へ正確に当てる必要がある。距離が離れれば、それだけ命中させるのも難しくなる』
権蔵は美樹をまっすぐ見る。
『お前さんは小柄じゃ。感染者と力比べをしても勝ち目は薄い。なら、力比べをせん戦い方を覚えればええ』
美樹は少しだけ不安そうに空気銃を見た。
『……私にもできますか?』
『それを今から確かめるんじゃ』
権蔵が空気銃を差し出す。
美樹は両手で受け取った。
初めて持つ銃に、身体が少し強張る。
それでも手放さなかった。
『教えてください』
『最初から撃たせはせんぞ』
権蔵が空気銃へ手を添える。
『まず安全な扱い方からじゃ』
安全装置。
銃口の向き。
引き金へ指を掛けるタイミング。
一つずつ説明していく。
『銃口は絶対に人へ向けるな。安全装置が掛かっとっても同じじゃ』
『はい』
『それから、撃つと決めるまで引き金に指を掛けんこと』
美樹は慎重に指の位置を変えた。
『ここ?』
『そこじゃ。武器を持つということは、撃てるようになることだけじゃない。撃たん時にどう扱うかも覚えんといかん』
美樹は真剣に頷いた。
◇08月09日 08時台/山小屋/権蔵、美樹
健一たちが山小屋周辺の探索へ出る準備を始める中、権蔵と美樹は山小屋に残った。
机の上には空気銃とペレット弾。
権蔵はまず自分で空気銃を手に取り、安全装置を確認した。
美樹が横から見る。
『これ……普通の銃とは違うんですよね?』
『火薬は使わん』
権蔵は銃身の下を示した。
『これはマルチポンプ式の空気銃じゃ。ここを何度か動かして、中に圧縮した空気を溜める。それで弾を飛ばす』
ポンプ部分を開いて見せる。
『はい』
『空気銃じゃからといって玩具じゃない。人間にも大怪我をさせられる』
美樹の表情から、わずかに残っていた軽さが消えた。
『で、この銃の場合は一発撃つごとに空気を入れ直す』
『毎回ですか?』
『そうじゃ』
権蔵はポンプ部分をゆっくり動かして見せた。
『面倒じゃろ? じゃが、その面倒さにも利点はある』
『利点?』
『何発も慌てて撃つ銃じゃない。狙って、一発撃つ。そしてまた準備する』
権蔵は美樹を見る。
『初心者には、その方が合っとる。連射して弾を使い切る事が無いでな』
美樹は空気銃を見つめながら頷いた。
『……なるほど』
『ポンプは捻るな。真っ直ぐ開いて、真っ直ぐ戻す。乱暴にやれば機構を傷める』
権蔵が一度動かす。
『何回やるんです?』
『普段は6回じゃ』
『6回』
『1、2、3……と数えろ。途中で話しかけられても忘れるな』
美樹が少し笑う。
『忘れたら、もう一回追加したらいいんじゃないんですか?』
『駄目じゃ』
即答だった。
『何回入れたか分からなくなったら、適当に追加するんじゃなく確認する癖をつけろ』
『いっぱいやった方が強くなるんじゃ?』
『ある程度まではな。じゃが、何でも多ければええわけじゃない。この銃には適正な範囲がある』
権蔵は空気銃を軽く叩く。
『威力を欲張って道具を壊したら、こんな世界では代わりは簡単に手に入らん』
美樹は小さく頷いた。
『じゃあ、6回で統一する』
『そういうことじゃ』
権蔵は今度はスコープを指差した。
『それに、6回にはもう一つ理由がある』
『なんです?』
『このスコープは、わしが6回ポンプした状態で40m先に合わせてある』
美樹が目を丸くした。
『40m?』
『照準の真ん中に的を入れれば、40mではだいたいそこへ当たるように調整しとる。それがゼロインじゃ』
美樹はスコープを覗き込む。
まだ何も撃っていない。
それでも昨日までただの『遠くから撃てる武器』にしか見えていなかった空気銃が、少しずつ複雑な道具に見え始めていた。




