第5話⑥他にもいる
◇08月08日 18時台/山小屋/健一、唯、夏帆、権蔵、達也、なおみ、美樹
ひとしきり笑い声が収まったところで、健一が達也を見た。
『そういえば達也さん、ドローンで他の生存者も見たって言ってましたよね』
『ああ』
『結構飛ばしてたからな。感染者だけじゃなくて、生きてる奴がいないかも探してた』
唯が興味を示す。
『他にもいたんですか?』
『いたぞ。何人かだけどな』
【達也の回想】
◇08月某日/屋上倉庫/達也
達也は、それまでドローンから見てきた街の光景を思い出していた。
屋上倉庫を拠点にしてから、達也は毎日のようにドローンを飛ばし、道路や住宅地、商店街、建物の屋上まで街の各所を確認していた。
感染者がどこに集まっているのか。
通れそうな道がどこにあるのか。
そして――まだ生きている人間がいないか。
上空から街を見続ける。
ある日のことだった。
モニターの中を、一人の若い女性が走っていた。
『……ん?』
達也は画面へ顔を近づける。
若い女性。
頭には、猫の耳がついた帽子。
何度も後ろを振り返りながら裏道を走っている。
感染者の歩き方ではない。
明確に何かから逃げている。
『生存者か』
ドローンを近づけようとした。
だが女性は建物の陰へ入った。
達也が急いで追う。
次の通りへ回り込む。
いない。
『どこ行った?』
周辺を探したが、見つからなかった。
その後も、同じ女性を何度か見かけた。
猫耳の帽子は遠目からでも目立つ。
《またあいつだ》
接触しようとする。
だが、そのたびに建物や路地へ消え、いつの間にか姿を見失った。
別の日。
道路を一人で歩いている男を見つけた。
作業着姿。
体格のいい中年男性だった。
達也はドローンの高度を下げる。
男は感染者がいる道を見ると、そのまま進まず、物陰へ隠れた。
しばらく待つ。
感染者が離れてから、再び動き出す。
『……あれも生きてるな』
感染者には見えない。
周囲を警戒し、危険を避けながら移動している。
達也はしばらく上空から追った。
だが建物の多い場所へ入ったところで見失った。
さらに別の場所。
金属バットを持った男と、制服姿の女子高生らしき少女が一緒に歩いている姿も見た。
二人とも周囲を警戒していた。
男は金属バットをすぐ振れるように持ち、少女を守るような位置を歩いている。
『二人組か……』
達也は遠距離から少しだけ様子を見た。
近くに感染者がいたため、ドローンを寄せることはしなかった。
──それから数時間後
『あれ?』
見覚えのある男がいた。
さっき、女子高生と一緒だった金属バットの男だ。
だが今度は同行者が違う。
若い女性と二人で街を歩いている。
女子高生の姿はなかった。
『……別の奴?』
何があったのか。
なぜ同行者が変わったのか。
それもこの短時間で。
達也には分からない。
追跡を続けることもできず、やがて二人は視界から消えた。
【回想終了】
『――って感じだな』
達也が話を終える。
唯が少し驚いたように言った。
『思ってたより、生きてる人いるんですね』
『今も無事かは分からないけど、生存者は何人か見たぞ』
健一が聞く。
『本当に生存者だったんですか?』
『たぶんな。感染者とは動きが違った。人間らしい走り方だったから間違いないと思う』
権蔵が腕を組んだ。
『じゃが、生存者だからといって安心はできんの』
達也が見る。
『どういう意味?』
『若い女性だけを狙った男もいるかもしれんなぁ』
少しだけ空気が変わった。
権蔵は淡々と続ける。
『こんな状況じゃ。警察もまともに動いとらん。悪いことを考える奴が出ても不思議ではない』
達也の表情も真面目になる。
『確かにな。助けてやるとか言って近づいて、悪さする奴がいてもおかしくない。生存者だからって気は抜けないな』
健一も頷いた。
今まで街で出会った危険のほとんどは感染者だった。
だが、それだけを警戒していればいいとは限らない。
生きている人間。
意思を持つ人間。
その中に危険な者が混じっている可能性もある。
健一は山小屋に集まった顔ぶれを見る。
今ここにいる者たちは、偶然出会いながらも助け合うことができた。
それが当たり前とは限らなかった。
◇08月08日 19時台/山小屋/健一、唯、夏帆、権蔵、達也、なおみ、美樹
大鍋から湯気が立ち上っていた。
権蔵が杓文字で中を混ぜるたび、山小屋いっぱいにカレーの香りが広がる。
達也の腹が鳴った。
『うわ……いい匂い』
茶色いルーの中には、じゃがいもや人参。
そして少し濃い色をした肉が、ごろごろと入っている。
いつものカレーの香りに混じって、焚き火とは少し違う香ばしい匂いがした。
権蔵が皿へよそう。
『猪の燻製を入れた。わし特製のジビエカレーじゃ』
達也が鍋を覗く。
『カレーに燻製肉って合うの?』
『食えば分かる』
全員へ皿が行き渡った。
健一はスプーンですくい、まず一口食べる。
最初は馴染みのあるカレーの味だった。
だが猪肉を噛んだ瞬間、印象が変わる。
肉の旨味が濃い。
豚肉に近いようで、それより味が強く、赤身にはしっかりとした噛み応えがある。
さらに噛むたび、肉に染み込んだ燻製の香りが鼻へ抜けた。
健一はもう一口食べた。
『……うまい』
『どれどれ』
達也が大きな猪肉を一つ口へ入れる。
数回噛んだところで、目が見開かれた。
『…………うっま!』
美樹が笑う。
『そんなに?』
『普通の肉カレーと全然違う。なんていうか……肉の味が濃い。あと後から煙の匂いがする』
権蔵が自分のカレーを食べながら言う。
『燻製じゃからな。ただ生肉を入れるより香りが残る』
美樹も恐る恐る猪肉を口へ運ぶ。
しばらく噛む。
『あ、本当だ……。もっと獣っぽい味するのかと思ってた』
『ちゃんと処理した肉なら、何でも臭いわけじゃない』
夏帆も一口食べ、頷く。
『燻製の香りがカレーに合うね。ちょっと辛いのに、肉を噛むと味が変わる』
なおみはすでに勢いよく食べていた。
『これ反則やろ。腹減っとる時にこんなん出されたら、何杯でも食えるで』
『米には限りがある。何杯でもは食うな』
権蔵が即座に返す。
達也が顔を上げた。
『感動を返せよ』
笑いが起きた。
唯も、小さく切った猪肉と一緒にカレーを口へ運ぶ。
ゆっくり噛んでから顔を上げた。
『……おいしいです。お肉のところだけ、ちょっと香ばしいです』
健一がすぐに聞く。
『硬くないか?』
『大丈夫。これくらいなら』
『燻製じゃから多少締まっとる。よう噛んで食え』
『はい』
唯はもう一口食べた。
カレーの辛さ。
猪肉の濃い旨味。
燻製の香り。
白い米。
ここ数日、保存食や簡単な食事ばかりだった身体には、温かいカレーが染み込むようだった。
世界がこうなる前なら、少し珍しいだけの夕食だったのかもしれない。
だが今は違う。
温かい料理がある。
腹を満たせる。
そして、同じ食卓を囲む人間がいる。
達也が何か言えば、なおみが返す。
美樹が笑う。
夏帆も笑う。
唯の表情も、昨日までより柔らかかった。
健一はスプーンを止め、皆の顔を見る。
ほんの数日前まで、ほとんどが互いの存在すら知らなかった。
今は同じ山小屋で、同じ鍋のカレーを食べている。
外には感染者がいる。
街は崩れている。
明日どうなるかも分からない。
それでもその夜だけは――。
誰かが笑うと、別の誰かも笑った。
山小屋の中には、久しぶりに穏やかな時間が流れていた。
■唯のサバイバルメモ
・今日のテーマ:ジビエ
皆さんこんにちは。唯です!
今回のお題は『ジビエ』についてです。
◇ジビエってなに?
『ジビエ』はフランス語の『gibier』から来た言葉です。
日本では、シカやイノシシなどの野生鳥獣や、そのお肉のことをジビエと呼んでいます。
牛や豚みたいに人が育てている動物と違って、野生動物は山の中で自分で食べ物を探して暮らしています。
だから同じイノシシでも、季節や年齢、性別、食べていた物なんかによって、脂の乗り方や肉の風味が変わることがあるんだって。
◇イノシシは冬がおいしい?
例えばイノシシ。
夏と冬では肉の脂の量がかなり違って、冬になると脂が乗ったイノシシが増えます。
寒い冬を越えるために栄養を蓄えることや、秋にドングリなどをたくさん食べることも関係しているそうです。
脂の乗った冬のイノシシは、昔から『ぼたん鍋』などにして食べられてきました。
なんか聞いてたらお腹減ってきた……。
◇オスは発情期になると?
ちなみにイノシシの交尾期は、だいたい晩秋から冬。
オスはこの時期になると、メスを探して広い範囲を動き回ったり、食べる量が減ったりするそうです。
なので、同じ冬に捕れたイノシシでも、全部が同じ肉質になるわけではありません。
『冬だから絶対おいしい!』
『メスだから絶対おいしい!』
というほど単純じゃないみたいです。
野生動物なので、一頭一頭違うんですね。
◇ジビエは生で食べちゃダメ!
そして、これはかなり大事!
イノシシやシカなどの野生動物は、家畜のように健康状態を人間が管理しているわけではありません。
E型肝炎ウイルスや食中毒の原因になる細菌、寄生虫などを持っている可能性があります。
なのでジビエは、生や生焼けで食べず、中心までしっかり火を通して食べるのが基本です。
『新鮮だから生でも大丈夫!』
……とはならないので注意ですね。
でもでも、権蔵さんは『猟師の楽しみだ』って言って、シカのお刺身を生で食べたりするみたいです。
大丈夫なのかなぁ……?
長年食べていて平気だったとしても、安全という意味ではありません。
みんなは絶対にマネしちゃダメだよ!
それと、ここまで読んでくれてありがとう!
今回は食べ物の話ばっかりしてたら、唯もお腹が空いてきました……。
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みんなの応援があると、作者さんも元気になるみたいです。
……ジビエを与えなくても大丈夫だよ?
たぶん。
では今日はここまで!
またね!




