↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/82

第1話③巨大地震

◇08月03日 09時台/山小屋/健一、権蔵


前日までの大雨が嘘のように、空は晴れていた。


健一のジムニーは、濡れた山道をゆっくりと進んでいく。

路肩にはまだ水が溜まり、木々の葉からは時折、大きな雫が落ちていた。

舗装路を外れてからは特に慎重に速度を落とす。


やがて木々の間に権蔵の山小屋が見えてきた。


車を停めると、権蔵が小屋から姿を現した。


『来たか』


『おはようございます』


健一は車を降り、権蔵の隣で地図を広げる。


挿絵(By みてみん)


『防空壕はこの辺じゃ』


太い指が、山中の一点を示す。


健一は身を乗り出した。


『ここですか』


『そうじゃ。ただ、車で直接は行けん。ここに山道の入口があるから、車を置いて歩くことになる』


権蔵は地図に印を付ける。

続けて、別の場所にも印を書き込んだ。


『こっちが前に話しとった神社じゃ。山小屋からもそう遠くない』


健一は防空壕と神社の位置を見比べた。

防空壕は避難先として使えるかもしれない。


神社は山の中で現在地を確認する目印にもなる。

どちらも場所を覚えておいて損はなかった。


『まず、防空壕を見てきます』


『そうしろ。ただし、長居はするなよ。昨日あれだけ降っとる。橋の水がまた増えたら戻れんようになる』


『分かりました』


地図を受け取り、健一は山小屋を出た。


防空壕の場所を確認するだけなら一人で十分だったため、権蔵は同行しなかった。




◇08月03日 11時台/防空壕/健一


地図を頼りに進むと、やがて山道の入口へ着いた。


そこから先は車では入れない。

健一は道路脇へジムニーを停め、必要な物だけを持って歩き始めた。


山道は狭かった。

左右から草木が迫っているが、完全に荒れ果てているわけではない。

誰かが通ったような跡も残っていた。


『地元の猟師でも使ってるのかな』


独り言を呟きながら進む。


大雨の後だけあって、土は水を含んで柔らかかった。

靴底が沈み、湿った土の匂いが強く鼻に入る。

枝を避けながらさらに奥へ進む。


しばらくすると、斜面の一部に人工物が見えた。


『……あれか』


近づいてみると、山肌に埋め込まれるように古びた金属製の扉があった。

表面は赤茶色に錆び、ところどころ塗装も剥がれている。

その近くには看板が立っていた。


『立ち入り禁止』


健一は周囲に管理している人間がいないことを確かめ、扉の隙間から中を覗き込んだ。

中は暗く、スマートフォンのライトを点けて照らすと、思っていたより広い空間が見えた。

長期間使われていないことは一目で分かるが、完全に崩壊しているわけでもない。


『これなら……』


避難場所として使える可能性はある。

少なくともテントだけで山中にいるよりは、雨風をしのげる。


健一は防空壕の周囲も歩いて確認した。

少し離れたところから、水の流れる音が聞こえる。


音を頼りに進むと、小さな沢があった。

水量もある。


健一はしゃがみ込み、その流れを眺めた。

飲用するなら処理は必要だろう。

それでも、水源が近くにあるというだけで大きい。


防空壕へ戻った健一は、錆びた扉の前で改めて周囲を見回した。

人里から離れていて水源もある。街で生活できなくなるほどの事態になれば、避難先の候補にはなる。


『万が一の時はここに避難しよう。万が一が来なければ良いのだが……』


その時だった。

足の裏に、かすかな振動を感じた。


『ん?』


木の葉が揺れる。

防空壕の古い扉が、カタカタと小さな音を立て始めた。





◇08月03日 12時台/防空壕/健一


地震。

健一はその場で姿勢を低くした。

揺れはそれほど強くない。

だが、止まらなかった。


十秒。

十五秒。

二十秒ほど経った頃――。

突然、地面の奥から低い音が響いた。


ゴゴゴゴゴゴゴゴ――。


『なっ……』


次の瞬間、山全体が跳ねたように揺れた。


立っていられない。

健一は地面へ手をつく。


木々が激しくしなり、枝同士がぶつかり合う。

斜面から土と石が崩れ落ち、山中に轟音が響いた。


さらに別の場所からも、何かが砕ける音がする。

地面そのものが波打っているようだった。


『うわっ!』


健一は這うようにして、崩れてくる斜面から離れた。

頭上から枝が落ちる。


すぐ近くへ石が転がってくる。

防空壕の扉が激しく震え、金属音が山中へ響いた。


挿絵(By みてみん)


どれほど続いたのか分からなかった。

時間の感覚すらなくなる。


ただ、揺れが弱まり始めた時には、周囲の景色が変わっていた。

健一は荒い息を吐きながら立ち上がった。


『……なんだ、今の……』


遠くから、まだ岩の崩れる音が聞こえる。

耳を澄ます必要もなかった。


山のあちこちが崩れている。

健一はすぐに来た道へ向かった。


山道は途中で消えていた。

正確には、斜面ごと崩れていた。


健一は崩落地点の手前で立ち止まる。

大量の土砂と倒木が谷側へ落ち、今まで歩いてきた道が完全に寸断されている。


『嘘だろ……』


ジムニーは、この先だ。

迂回できないか周囲を探す。


だが斜面は急で、土も緩んでいる。

無理に進めば、自分まで滑り落ちる。


その時、小さな揺れが来た。

健一は反射的に近くの木へ手をつく。

直後、崩落地点の向こうで石が転がり落ちていった。


『……ここは駄目だ』


引き返す。

同じ道では戻れない。

地形を確認しながら、反対側の山道へ抜けるしかなかった。


地図を開く。

山を登り、尾根側を回って別の道へ出れば、ジムニーのところへ戻れる可能性がある。


簡単な距離ではない。

それでも、他に選択肢はなかった。


健一は地図を畳み、山を登り始めた。





◇08月03日 21時台/山中/健一


完全に日が落ちた山中を、健一は重い足を引きずるように歩いていた。

何度も余震があり、そのたびに立ち止まって周囲を確認した。


岩が崩れ、倒木が道を塞ぎ、予定していた場所を通れず引き返したことも一度ではない。

スマートフォンのライトの光が、ようやく見覚えのある道路を照らした。


その先に、ジムニーが見えた。


『……あった』


挿絵(By みてみん)


力が抜けそうになる。

防空壕を出てから、九時間近く経っていた。


健一は車へ辿り着き、運転席のドアを開けた。

座席へ身体を沈める。


全身が痛かった。

しばらく動けない。

それでも、ここで止まっているわけにはいかない。


エンジンをかける。

ヘッドライトが暗い山道を照らした。


だが少し進んだところで、健一はブレーキを踏んだ。

道路上に石が散乱している。

その先にも崩れた土砂が見えた。


夜では、どこまで道が壊れているのか判断できない。

さらに余震が来れば、走行中に落石を受ける危険もある。

健一はハンドルを握ったまま迷った。


《今動く方が危ない》


健一は唇を噛んだ。

唯のことが頭に浮かぶ。病院がどうなっているのか、地震の被害はどれほどなのかも分からない。

スマートフォンを確認しても、まともにつながらなかった。


『……くそ』


健一はエンジンを切った。

今夜は車内で休むしかない。


シートを倒し、身体を横にする。

目を閉じても、眠気はなかなか来なかった。


暗い山の中で、ときおり地面が小さく揺れた。

そのたびに健一は目を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。