第5話③古い工事用バン
◇08月08日 13時台/工事用バン付近/健一、なおみ、達也
3人は古い工事用バンの近くに移動した。
少し離れた場所には、先ほどの男が倒れている。
健一はそちらを見ないようにして、バンの横へ立つ。
達也が運転席へ身体を入れ、途中になっていた作業を再開する。
『もう少しでいける』
ハンドル周辺のカバーを外し、マイナスドライバーを使ってハンドルロックを外す。
なおみは刀を持ったまま周囲を警戒していた。
『感染者は今んとこ来てへんで』
『そのまま見といてくれ』
『了解』
健一も斧を握り、道路へ目を向けた。
だが意識は集中しきれない。
《……俺、人を……》
さっきまで喋っていた。
会話も成立していた。
怒っていた。
殴りかかってきた。
感染者だったことは間違いない。
それでも、今まで倒した感染者たちとは違う。
どこからが人間で、どこからが感染者なのか。
考えても答えは出なかった。
『よし……』
達也の声に、健一が顔を向けた。
ハンドルの下側のカバーも開け、プラグから配線を抜いて三本のコードを束ねた。
そして別の一本を指で摘まみ、束ねたコードへ接触させる。
ブルゥン――。
エンジンが一瞬だけ反応し、止まる。
『惜しい』
何度も接触させる。
ブルゥン。
ブルゥン。
なおみが振り返る。
『ほんまにそんなんでかかるん?』
『黙って見てろって』
さらに一度。
ブルルルルルンッ――!
エンジンが力強く回り始めた。
『よし!』
達也が笑う。
『かかった』
なおみが感心したようにバンを見る。
『すごいやん』
『自動車整備工場で働いてた経験が役に立ったな』
達也は運転席から健一を見る。
いつもなら、健一も何か言っていただろう。
どうやったのか。と。
だが今は、反応する気になれなかった。
達也もそれに気づいたらしい。
一瞬だけ健一を見てから、わざと軽い調子で言う。
『……映画みたいだろ?』
健一は少し間を置いた。
『……ああ』
それだけ答えた。
達也は何も続けなかった。
エンジンが安定していることを確認し、運転席から降りる。
『これなら使えそうだ』
古い車ではある。
だが八人乗りなら、権蔵と美樹を合わせても全員が乗れる。
物資を積む余裕もある。
『これで帰れますね』
健一が言った。
『そうやな』
なおみも頷く。
達也は周囲を見回した。
その時、少し離れた場所に停まっている白い軽ワゴンへ目が留まった。
ダッシュボードの上。
車外からでも分かる位置に、未開封らしいタバコが三箱置かれていた。
『……あ』
『どうしたん?』
『タバコあるじゃん』
なおみが呆れた顔をする。
『それ今いる?』
『いる』
即答だった。
達也は白い軽ワゴンへ近づき、ドアを確認する。
『鍵かかってるな』
工具を取り出す。
『そこまでして取るんか……』
『最後の一本なくなったんだよ』
短い作業のあと、ロックが外れた。
達也が運転席のドアを開ける。
手を伸ばし、ダッシュボードの上にあったタバコを取った。
『あったあった』
そのまま離れようとして――。
動きが止まった。
助手席側に、写真が置かれている。
家族写真だった。
達也の顔から笑みが消えた。
写真には三人。
男。
妻らしき女性。
その二人の間で笑っている子供。
そして。
写真の男の顔には見覚えがあった。
達也がゆっくり後ろを振り返る。
少し離れた場所。
そこに倒れている男。
もう一度、写真を見る。
健一が倒した男と同じ男だった。
『…………』
健一も何かに気づき、白い軽ワゴンへ近づいた。
達也の手元を見る。
言葉が出なかった。
写真の中では、男が笑っている。
普通の父親にしか見えない。
妻と子供と一緒に。
感染者でもない。
狂ったように怒鳴ってもいない。
ただ笑っていた。
健一は視線を落とした。
男の声が、また頭に蘇る。
『俺を感染者扱いしてんのか!?』
手にした斧が急に重く感じた。
達也も何も言わなかった。
しばらく家族写真を見つめる。
やがて、車内へ向かって静かに手を合わせた。
『タバコ……借りるわ』
タバコを手に、ドアを閉める。
誰も冗談を言わなかった。
三人は古い工事用バンへ戻った。
◇08月08日 14時台/マンション駐車場/健一、なおみ、達也
権蔵と美樹を迎えにマンションへ戻ると、駐車場を一体の感染者が歩いていた。
黒いライダースーツ。
足元には頑丈そうなブーツ。
なおみが目を細める。
『ライダーか』
感染者がこちらへ気づいた。
ゆっくり近づいてくる。
『うちがやる』
なおみは刀を抜いた。
感染者が腕を伸ばす。
なおみは正面から無理に斬りかからず、伸びてきた腕の外へ身体をずらした。
昨日より、動きに迷いは少ない。
すれ違いざまに肩口へ刀を走らせると、感染者がよろめいた。
なおみは慌てて追撃せず、相手が向き直るのを待つ。
再び腕が伸びてきたところで横へ外れ、今度は刃を横にして心臓めがけて突いた。
肋骨に阻まれることなく体内深くに入り、感染者が地面へ崩れ落ちる。
『……こんな服着とるんやったら』
しゃがみ込み、感染者のポケットを探る。
金属音。
『あった』
取り出したのは、一本のバイクのキーだった。
達也が覗き込む。
『この辺にバイクあるんじゃねえの?』
『探してみよか』
マンションの駐輪場へ回る。
自転車の間に、一台のバイクが停まっていた。
なおみがキーを見る。
車体へ差し込む。
回った。
『当たりや』
エンジンを始動する。
低い排気音が駐輪場へ響いた。
なおみの表情が明るくなる。
『動くで!』
健一も少しだけ表情を緩めた。
『よかったですね』
『昨日バイク壊れてもうたばっかやのに、もう次が見つかるとはなぁ』
達也が言う。
『運いいな』
『日頃の行いや』
『感染者から盗ってんのに?』
『細かいこと気にしたらあかん』
なおみがバイクへ跨がる。
その頃には権蔵と美樹もマンションから降りてきていた。
権蔵が古い工事用バンを見る。
『こいつを使うのか』
『動きます』
健一が答える。
『八人乗りなんで、全員乗れます。なおみさんはバイクがありますけど』
『なら次は軽トラじゃな』
美樹が聞く。
『昨日置いてきた車?』
『ああ。物資を積んだままじゃ』
食料。
ガソリン。
防災用品。
せっかく集めた物を、そのまま捨てるわけにはいかない。
権蔵には回収できる可能性が見えていた。
『行きましょう』
権蔵が運転席に乗り、健一たちもバンへ乗り込んだ。
◇08月08日 14時台/放棄した軽トラック付近/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹
放棄した軽トラックが見えてきた。
その周辺には、まだ何体かの感染者が残っている。
権蔵がバンを少し離れた場所で停めた。
なおみもバイクを横につける。
『あれをどかさんと、荷物運ぶの面倒やな』
『なおみさん』
権蔵が無線機を取り出した。
『これを持っていけ』
『無線?』
『使い方は簡単じゃ』
権蔵が最低限の操作方法を説明する。
なおみは受け取ると、腰へ付けた。
『で、うちは何したらええん?』
権蔵が軽トラックの周囲にいる感染者を見る。
『バイクで音を出して、あいつらを遠くへ引っ張ってくれ』
なおみがニヤリとする。
『囮やな』
『無理はするな。十分離したら戻ってこい』
『了解』
エンジンを吹かす。
ブォンッ!
音に反応し、感染者たちが一斉になおみを見る。
なおみはそのまま道路へ出た。
クラクションを鳴らす。
パァァァン!
『ほら、こっちやで!』
感染者たちがバイクの音を追い始める。
なおみは距離を保ちながらゆっくり走り、軽トラックから引き離していった。
健一がその様子を見る。
『……すごいな』
達也が言った。
『バイクだからできるやり方だな』
感染者が十分離れた。
そして権蔵はバンを軽トラックの近くに止める。
『今じゃ!』
権蔵の声。
健一たちは一斉にバンから降りた。
軽トラックへ駆け寄る。
荷台には物資が残っている。
『全部運びます!』
ガソリン。
保存食。
防災用品。
次々と工事用バンへ積み替えていく。
誰も手を止めなかった。
いつ感染者が戻ってくるか分からない。
最後の荷物を積み終える。
権蔵が無線を手に取った。
『なおみ、聞こえるか』
少しして返事。
『聞こえとるで』
『物資は回収した。出発するぞ』
『了解。そっち戻るわ』
健一が古い軽トラックを見る。
何度も山と街を往復した車。
今度こそ、ここへ置いていく。
『……行きましょう』
健一たちは新しいバンへ乗り込む。
少しして、なおみのバイクが戻ってきた。
なおみはそのままバンの後ろへつく。
八人乗りの古いバンと、一台のバイク。
二台は荒れ果てた街の中を走り始めた。
向かう先は、山小屋ではなかった。
まずは権蔵の自宅だった。
■唯のサバイバルメモ
・今日のテーマ:権蔵の軽トラック
皆さんこんにちは。唯です!
今回のお題は『権蔵の軽トラック』についてです。
狩猟で使っていたこの軽トラにはウインチが付いていました。
ウインチって言うのは、ワイヤーやロープを機械で巻き取って、重たい物を引っ張ったり持ち上げたりする道具です。
車を引っ張ったり、大きな荷物を動かしたりする時に使うんだって。
権蔵さんは狩猟で大きな獲物が獲れた時に、ウインチで荷台まで引き上げたりしてたって言ってました。
イノシシって大きいものだと100キロを超えることもあるんだって!
ものすごく大きいのだと、仔牛みたいに見えることもあるとか……。
山の中ではそんなのが突進してくるって言うんだから怖いよね。
他にも車のタイヤがぬかるみにはまった時に、木などにワイヤーを固定して車を引っ張り出したりもしていたみたい。
知り合いの車が側溝に脱輪して動かなくなった時に、ウインチで引っ張って助け出したこともあるって言ってました。
ちなみに軽トラを放棄した時は、ウインチも付けたままです。
取り外すには時間がかかるから、身の安全を優先してそのままにしたみたい。
『必要になったら、取りに戻ればええ』だって。
……誰かに盗まれなきゃいいけどね。
軽トラには病院で助けてもらって感謝しています。
タイヤがパンクしちゃって回収不能になったけど、今までお疲れさまでした!




