第4話⑤五人目
◇08月08日 10時台/商店街/健一、権蔵、なおみ、達也
ガタンッ――。
近くの店舗の奥から聞こえた音に、健一が振り向いた。
暗い店内で、人影が動く。
一体。
さらに、その後ろからもう一体。
『やはり中にもいたか!』
達也がモニターから顔を上げた。
『ドローンからじゃ店の中までは見えないからな』
屋外にいた七体だけではなかった。
先ほどまでの戦闘音に反応し、それまで建物内にいた感染者が次々と姿を現し始める。
『まずいで! まだまだ出てくる!』
なおみは軽トラックから離れすぎないよう一歩下がり、刀を両手で持った。
美樹のいる建物だけではない。
シャッターが半分開いた店舗。
割れたガラス戸の向こう。
暗い店内から、感染者がわらわらと商店街へ出てくる。
権蔵が剣ナタを握る。
『長居はできんぞ!』
『分かってます!』
健一は正面から迫った一体を仕留め、倒れた身体から斧を引き抜いた。
その間にも、なおみの方へ別の一体が迫っていた。
『ほんま、次から次へと!』
なおみの刀を感染者が腕で受け止める。
なおみは無理に押し込まず、一歩下がった。
感染者の注意がなおみへ向いたままになる。
その死角へ、権蔵が回り込んだ。
『権蔵さん!』
『おう!』
剣ナタが首筋へ深く入り、感染者の身体が崩れ落ちる。
少し離れた場所では、達也も一体の感染者をバールで食い止めていた。
最初の一撃では倒しきれず、腕が伸びてくる。
『しつこいな!』
達也は一度身体を引き、踏み込んできた頭部へ両手でバールを叩き込んだ。
鈍い音とともに感染者が地面へ倒れる。
『美樹!』
達也が二階へ向かって叫ぶ。
『今だ! 降りてこい!』
『分かった!』
美樹の姿がすぐに窓から消える。
扉の前に置いていた棚をどかし、鍵を開ける音がした。
続いて、階段を駆け下りる足音。
健一たちはその間も、近づいてくる感染者を倒していく。
『こっちだ!』
達也が叫ぶ。
建物の入口から飛び出した美樹の目に、感染者と血、そして武器を手に戦う四人の姿が飛び込んできた。
一瞬、足が止まる。
『美樹! 軽トラ!』
達也の声で我に返る。
『うん!』
美樹は小さな果物ナイフを手に軽トラックへ向かって走った。
なおみがその進路に近づこうとしていた感染者へ刀を向ける。
『そっちは行かせへんで!』
感染者の注意がなおみへ向く。
その隙に美樹が軽トラックまで辿り着いた。
『美樹、乗れ!』
達也の声に、美樹が荷台へ上がる。
達也も後退しながらさらに叫んだ。
『救出できた! もう離れよう!』
健一が周囲を確認すると、まだ感染者が出てくるのが見えた。
達也は軽トラックに置いていたコントローラーを掴むと、上空で待機させていたドローンを急いで呼び戻した。
ドローンが荷台へ降りる。
『よし、行ける!』
このまま戦い続ければ、数が増えるだけだ。
『権蔵さん!』
『分かっとる!』
権蔵が軽トラックへ向かう。
健一も走ろうとした。
その時、視界の端に薬屋の看板が入った。
足が止まる。
《薬……》
唯。
山小屋に残してきた妹。
夏帆が病院から持ち出してくれた薬はある。
だが量は多くない。
権蔵たちが食料について話した時にも、唯の薬は優先して探さなければならないと決めたばかりだった。
健一は薬屋を見る。
入口は開いている。
健一は入口から店内を覗いた。
見える範囲に、動くものはいない。
ただ、棚の奥までは確認できない。
『……少しだけ』
健一は店内へ駆け込んだ。
棚は地震で崩れ、商品が床へ散乱している。
健一はバッグを開いた。
『薬……薬……』
唯が使っている薬を思い出しながら、棚を目で追う。
見当たらない。
処方薬なら店の奥に保管されているのかもしれない。
だが、探し回っている時間はなかった。
『くそ……』
せめて今後使える物だけでも。
健一は目についた痛み止めをバッグへ入れる。
一箱。
二箱。
さらに拾う。
外から声が飛んだ。
『健一!』
権蔵だった。
『なにしとるんじゃ! はよう乗れ!』
健一が入口を見る。
商店街の奥から感染者が迫っている。
さっきより明らかに数が増えていた。
『今行きます!』
健一はバッグを閉じ、そのまま店を飛び出した。
『健一、早く!』
達也が叫ぶ。
健一は全力で軽トラックへ走った。
荷台へ飛び乗る。
『乗りました!』
『出すぞ!』
権蔵がアクセルを踏み込んだ。
軽トラックが急発進する。
健一は荷台の縁を掴み、身体を支えた。
荷台には健一、達也、なおみ、美樹。
後方では、物音に引き寄せられた感染者たちが商店街へ集まっている。
軽トラックはその場から一気に離れていった。
◇08月08日 10時台/商店街の出口へ向かう道路/健一、権蔵、なおみ、達也、美樹
商店街の出口へ向かう道路にも、感染者が現れ始めていた。
エンジン音や先ほどまでの戦闘音を聞きつけたのか、横道や店舗から次々と姿を現す。
『前!』
健一が叫ぶ。
一体の感染者が道路へ飛び出した。
その横にも二体。
権蔵がハンドルを切ろうとする。
だが左右には放置された車がある。
避けるだけの余裕がない。
『このまま行くぞ! 掴まっとれ!』
直後。
ドンッ!
大きな衝撃。
感染者が車体へ弾かれた。
軽トラックが揺れる。
荷台の四人が一斉に身体を支える。
『うわっ!』
さらに前方へ一体。
権蔵は止まらない。
ドンッ!
感染者を跳ね飛ばす。
車体の横を別の感染者が掠めた。
手が荷台へ伸びる。
なおみが反射的に身を引く。
『危なっ!』
達也が美樹を荷台の中央へ寄せる。
『端に寄るな!』
『う、うん!』
軽トラックは感染者を避けられるところだけ避け、それでも道を塞ぐ相手は車体で弾き飛ばしながら進んだ。
早く商店街を抜けなければならない。
その時――。
弾き飛ばした感染者を避けた直後、左前輪が道路に転がっていた瓦礫へ乗り上げた。
ガンッ!!
左前方から、今までとは違う大きな衝撃が伝わった。
車体が激しく跳ねる。
『なんだ!?』
健一が荷台から前を見る。
権蔵がハンドルを押さえ込む。
『左前じゃ! タイヤをやったかもしれん!』
走行音が変わった。
ガタガタガタガタ――。
左前輪付近から異音が続く。
車体が左へ引っ張られる。
それでも権蔵は止めなかった。
後方には感染者がいる。
ここで停車すれば、囲まれる。
『まだ走れる!』
権蔵が必死にハンドルを修正する。
『今は離れるぞ!』
軽トラックは大きく揺れながら、商店街から遠ざかっていった。
◇08月08日 11時台/市街地の道路/健一、権蔵、なおみ、達也、美樹
商店街を抜けたあとも、権蔵は放置車両や瓦礫を避けながら何度も迂回した。
左前輪の状態はさらに悪化していた。
ガタガタという振動が、車体全体へ伝わっている。
健一は荷台から左前輪を覗いた。
タイヤのゴムが剥がれ始めている。
『権蔵さん! もうタイヤが駄目です!』
『分かっとる!』
権蔵も必死だった。
ハンドルが安定しない。
軽トラックが左右へ揺れる。
前方には放置車両。
道路の一部を塞ぐように停まっている。
権蔵が右へ避けようとする。
車体が思うように動かない。
『くっ……!』
放置車両が迫る。
反対側には電柱。
避けきれない。
ガンッ!
軽トラックが放置車両へ接触した。
そのまま車体が押し込まれる。
『うわっ!』
荷台の四人が大きく揺さぶられた。
権蔵がブレーキを踏む。
軽トラックは、放置車両と電柱の間へ入り込むようにして止まった。
『みんな大丈夫か!?』
健一が声を上げる。
『うちは平気や!』
『俺も大丈夫!』
『私も……!』
美樹も答える。
権蔵はすぐにギアを入れた。
前へ。
エンジンが唸る。
動かない。
今度は後退。
タイヤが空転する。
車体がわずかに揺れるだけだった。
『駄目じゃ……完全に挟まっとる』
達也が後方を見る。
顔色が変わった。
『まずいぞ。さっきの奴らが来てる』
全員が振り返る。
商店街の方向から、感染者たちが歩いてきていた。
まだ距離はある。
だが一体ではない。
何体もの人影が、少しずつこちらへ近づいている。
なおみが刀を握る。
『これ、直しとる時間なんかないで』
権蔵も感染者と軽トラックを交互に見る。
判断に時間はかからなかった。
『車は捨てる』
健一が権蔵を見る。
『でも、物資が――』
『命の方が先じゃ!』
その通りだった。
ガソリン。
マンションにあった倉庫の備蓄。
せっかく集めた物資が荷台に積まれている。
それでも今ここで欲張れば、感染者に囲まれる。
『持てる物だけ持て! すぐ離れるぞ!』
全員が動いた。
それぞれの武器。
必要最低限の荷物。
健一は薬を詰めたバッグを肩へ掛け、薪割り斧を握った。
達也はドローンとコントローラーを回収し、バールも手に取る。
なおみは刀。
美樹は果物ナイフを握った。
権蔵が最後に軽トラックを見る。
ここまで何度も自分たちを運んできた車。
だが、もう動かせない。
『行くぞ!』
五人は軽トラックを離れた。
背後では、感染者たちが少しずつ距離を縮めている。
美樹を助けることには成功した。
だが――山小屋へ戻るための足を失った。
五人は徒歩で、その場から逃げ始めた。




