第4話③足を取り戻す
◇08月08日 07時台/マンション屋上/健一、権蔵、なおみ、達也
夜が明けると、達也はすぐにドローンを屋上から飛ばした。
健一、権蔵、なおみもモニターの周囲に集まる。
昨日の夕方、二十体を超える感染者が集まっていたガソリンスタンド。
軽トラックもそこに置いたままだ。
達也はコントローラーを操作し、ドローンを街の上空へ進ませる。
画面の中を朝の街並みが流れていく。
崩れた建物の間には瓦礫が散乱し、道路には何台もの車が放置されていた。
『もう少しでガソリンスタンドだ』
達也が言った。
昨日、自分たちが逃げた道が映った。
フェンス。
交差点。
そして――。
『見えた』
ガソリンスタンドだった。
達也は高度を下げ、ガソリンスタンドの敷地内や周辺道路、隣接する建物の前を確認していく。
昨日までいた感染者の姿はなかった。
『……いなくなってる』
健一が安堵する。
権蔵も画面を確認した。
『今なら軽トラまで戻れそうじゃな』
『念のため、もう少し周りを見る』
達也はドローンをガソリンスタンドから少し離れた場所へ飛ばした。
裏道へ入る。
そこで画面の端を、人影が横切った。
『あっ』
達也の指が止まる。
健一が画面を注視した。
若い女性だった。
猫の耳が付いた帽子を被っている。
女性は後ろを振り返りながら走っていた。
さらにその後方。
感染者が追っている。
『生存者か!?』
健一が身を乗り出す。
達也は慌ててドローンの向きを変えた。
だが女性はすでに角を曲がっている。
追う。
曲がり角の先へカメラを向ける。
誰もいない。
『……消えた』
なおみが画面へ顔を近づけた。
『どっか建物に入ったんちゃう?』
『かもしれない』
達也は路地や建物の入口、裏庭までしばらく周囲を探したが、女性の姿は見つからなかった。
『前にも見たことある』
『あの人を?』
健一が聞く。
『ああ。何回かドローンに映ってる。いつもすぐ見失うんだけどな』
『一人で逃げ回ってるんですかね……』
『分からん』
達也はもう一度周辺を確認した。
感染者の姿も見える。
ここでドローンを飛ばし続けても、女性を見つけられる保証はない。
それより今は、自分たちの軽トラックを回収する必要があった。
『ガソリンスタンドの周りは大丈夫そうだ』
達也がドローンを戻す。
『行けるぞ』
健一はすぐに立ち上がった。
◇08月08日 07時台/山小屋前/唯、夏帆
唯は山小屋の外へ出た。
朝の空気が肌に触れる。
昨日の夜、窓を塞ぐために動かした家具はそのままだ。
健一と権蔵は帰ってこなかった。
一晩。
何の連絡もないまま朝になった。
夏帆が井戸のポンプを動かす。
冷たい水が流れ出した。
『唯ちゃん、顔洗おう』
『はい』
唯は両手で水を受けた。
冷たい。
顔へ当てると、眠気が少し引いていく。
夏帆も顔を洗いながら、何度か周囲へ視線を向けていた。
山小屋の周囲に感染者はいない。
昨夜も、外から危険な物音は聞こえなかった。
それだけは救いだった。
唯は顔を拭き、山道を見る。
誰も来ない。
車の音もしない。
『……まだ帰ってこないですね』
夏帆も同じ方向を見る。
不安そうな表情を見せないように、少し明るい声を出した。
『まだ朝だし、もう少し待ってみよ』
唯はしばらく道を見つめたあと、頷いた。
『……はい』
二人は山小屋へ戻った。
◇08月08日 08時台/山小屋/唯、夏帆
朝食を済ませた頃から、唯は身体の重さを感じていた。
立ち上がる。
少し動く。
それだけで、昨日より疲れる。
夏帆はすぐに気づいた。
『唯ちゃん』
『はい?』
『今日、しんどい?』
唯は一瞬迷った。
『……ちょっとだけ』
『やっぱり』
夏帆が近づく。
『昨日、一日中歩き回ったからね』
『でも大丈夫です。今日も山菜とか――』
『今日はやめとこう』
即答だった。
唯が少し残念そうな顔をする。
『でも……』
『無理して明日もっと動けなくなったら意味ないでしょ?』
『……はい』
『今日は山小屋でできることをしよう』
唯は小さく頷いた。
何もできないわけではない。
昨日、夏帆にも言われた。
役に立つ方法は一つではない。
二人は山小屋に残っていた衣類を集めた。
洗濯する物。
まだ使える物。
汚れの少ない物。
一つずつ分けていく。
その後は室内を片付けながら、残っている食料や生活用品も確認した。
『これ、あとどれくらいあります?』
唯が聞く。
夏帆が数を確認する。
『そんなに多くないね』
『じゃあ、書いておきます』
唯は日記帳ではなく、別の紙を持ってきた。
上の方に大きく書く。
『必要な物』
『食料は絶対ね』
『はい』
『あと、衛生用品とか。薬も必要』
唯の手が止まる。
自分の薬。
今ある量だけでは、いつまでも持たない。
『……薬』
『それも書いておこう』
唯は紙へ書き加えた。
食料。
薬。
生活用品。
思いつくたびに項目が増えていく。
夏帆が隣から覗く。
『こういうのも大事な仕事だからね』
唯は紙を見つめた。
昨日なら、こういう作業を『ただ書いているだけ』と思っていたかもしれない。
今は違う。
必要な物を誰も覚えていなければ、街へ行った時に探すこともできない。
『……はい。忘れないようにちゃんと書いておきます』
夏帆が笑った。
『お願いね』
洗濯を続けながら、二人は話をした。
いつの間にか、話題は健一のことになっていた。
『そういえば、昔のお兄ちゃんってどんな感じでした?』
唯が聞く。
夏帆が手を止める。
『昔?』
『私が小さい頃とか』
『ああ……』
夏帆は少し考えてから笑った。
『今とそんな変わらないよ』
『そうなんですか?』
『変なところで強情だし、一回やるって言ったら聞かないし』
『……今と同じですね』
『でしょ?』
二人で笑う。
健一と夏帆と唯は、ずっと同じマンションに住んでいる。
子供の頃は三人でよく遊んだ。
唯にとって夏帆は、兄の友達であり、幼い頃から身近にいる姉のような存在だった。
大人になるにつれ、三人で過ごす時間は少なくなっていった。
それが今は、こうして再び一緒に生活している。
唯は洗った衣類を見ながら呟いた。
『昔は……こんなことになるなんて思ってなかったですね』
夏帆が苦笑する。
『そりゃそうよ。こんなの誰も想像できないって』
唯も小さく笑った。
ほんの少しだけ、健一がまだ帰ってこないことを、忘れることができた。
◇08月08日 08時台/ガソリンスタンド/健一、権蔵、なおみ、達也
ガソリンスタンド周辺に感染者がいないことを確認し、四人は軽トラックのところまで戻った。
健一が真っ先に車体を確認する。
『無事だ』
権蔵が運転席を開ける。
荒らされた形跡もない。
なおみが昨日置いてきたバイクを見る。
『こっちもそのままやな』
達也は周囲を警戒しながら言った。
『長居しない方がいい。給油したら必要な物を積んで離れよう』
『そうですね』
健一と権蔵は給油作業を始めた。
軽トラックの燃料を満たす。
さらに給油缶にも入れる。
予備として確保したガソリンは、合わせて六十リットル。
健一は給油缶を荷台へ積んだ。
『これだけあれば、しばらくは持ちますね』
『無駄遣いせんようにな』
『はい』
給油を終えると、四人は達也が使っていた古いマンションへ戻った。
今度は屋上倉庫にある備蓄品を運び出す。
保存食。
防災ラジオ。
無線。
フラッシュライト。
電池。
災害時に使える物を選び、軽トラックの荷台へ積み込んでいく。
健一は荷物を並べながら、量を確認した。
食料もある。
通信手段もある。
照明もある。
昨日街へ来た時より、明らかに持ち帰れる物が増えていた。
そして何より。
新しく二人の仲間が増えた。
健一は荷台の物資を固定しながら、山小屋の方角を思い浮かべた。
『唯……心配してるだろうな』
早く戻りたい。
その思いは、昨日から少しも変わっていなかった。
■唯のサバイバルメモ
・今日のテーマ:山小屋の設備
皆さんこんにちは。唯です!
今回のお題は『山小屋の設備』についてです。
必要な物を書き出してるついでに、山小屋の設備についてもまとめておきますね。
◇山小屋
唯たちが生活してる場所。
約12畳の広さがある。
◇山小屋の倉庫(床はコンクリートで解体小屋兼用)
狩猟で仕留めた動物の解体や、使わない道具の保管に使っている倉庫。
◇発電機
ガソリンの消費が大きいから、あまり使わない。
狩猟で手に入れた肉を冷凍する時など、必要な時間だけ電源を入れる。
燃料満タン(9.7L)で7時間稼働。
騒音は酷い。
ピアノ演奏を真横で聞いてるくらいの音がする。
◇冷凍庫
狩猟で手に入れた肉を冷凍保存する。
◇薪ストーブ
冬になったら必須。
煙突は山小屋から外に伸びている。
◇焚き火
山小屋の前にある焚き火。
普段の料理はここでする。
◇ガスコンロ
プロパンガスを使用。
今はガスボンベの運搬や入手も大変だから、雨の日とか特別なことがない限り使わない。
◇井戸
前に説明した通り。
電動ポンプと手動ポンプで使い分けられる。
◇自然循環型のトイレ(撤去済み)
ここだけの話なんだけど……。
初期の設定では山小屋にはトイレがあったんだって。
なんでも作者さんが排泄を連想させる描写は一切カットするって言いだして無くしちゃったみたい。
排泄があったら、感染者のお尻も茶色くないとおかしいってなるでしょ?
だからそういったものは極力排除するんだって言ってた!これはナイショだよ!
ちょっと体調がよくなくて……疲れちゃったから今日はここまで。
またね。




