第4話②もう一人いる
達也は健一と握手を交わしたあと、少し考えるように視線を落とした。
『……生存者といえば』
健一が見る。
達也は倉庫の奥に置かれたドローンへ目を向けた。
『実は、前にも一人見つけたんだが……』
『前にも?』
『ああ』
達也は壁へ背を預けた。
『女の人だ。感染者に追われてた』
【達也回想】
◇08月某日/マンション屋上倉庫/達也
ドローンのモニターに、一人の女性が映っていた。
走っている。
何度も後ろを振り返りながら、必死に。
その後方には感染者。
達也はコントローラーを握ったまま、画面を凝視した。
『……やべえな』
女性の足取りはすでに重い。
長い間逃げ続けているのか、走る速度も落ちている。
それでも止まれば追いつかれる。
女性は角を曲がり、建物の陰へ身を隠そうとする。
だが周囲にも感染者がいる。
上空から見ている達也には分かる。
このまま進めば、別の感染者と鉢合わせになる。
達也はドローンを女性の近くまで降ろした。
スピーカーを使う。
『おい! そっち行くな!』
女性が驚いて振り向いた。
空中に浮かぶドローンを見る。
『……何?』
『右は駄目だ。感染者がいる。左へ行け!』
女性は動かなかった。
当然だった。
突然現れたドローンから、知らない男の声が聞こえている。
信用できるはずがない。
『早くしろ! 後ろから来てるぞ!』
女性が振り返る。
感染者が近づいている。
迷っている時間はなかった。
女性は左へ走った。
達也はドローンを先行させる。
上空から周辺を見る。
『そのまま真っすぐ!』
女性が走る。
『次の角を右!』
指示通りに曲がる。
その先には、ほとんど人の気配がなくなった商店街があった。
シャッターの下りた店舗。
割れた看板。
道路には商品やゴミが散乱している。
『前の建物! 二階へ上がれ!』
女性が建物へ飛び込む。
階段を駆け上がった。
二階の一室へ飛び込み、扉を閉めて鍵をかける。
さらに安全のため部屋の中にあった棚を扉の前に移動させた。
しばらくして、窓から女性が顔を出した。
ドローンがその前へ近づく。
『聞こえるか?』
女性が息を切らしながら頷いた。
『……あんた、誰?』
『達也』
『どこにいるの?』
『それは今はいい』
女性の目が鋭くなる。
まだ警戒している。
『なんで助けたの?』
『感染者に食われそうな奴がいたから』
『それだけ?』
『それ以外に何があるんだよ』
女性は返事をしなかった。
モニターには、逃走時の音に反応した感染者が少しずつ建物の周辺へ集まってくる様子が映っていた。
一体。
二体。
さらに別の道からも来る。
『……まずいな』
『何が?』
『下に感染者が集まってる』
女性が窓から外を覗こうとする。
『顔出すな。見つかるぞ』
すぐに引っ込んだ。
『じゃあ、どうしたらいいの?』
『しばらくそこから出るな』
『しばらくって……』
『感染者が減るまでだ』
それしかなかった。
達也はドローンを戻した。
女性を安全な場所へ移動させるつもりだった。
だが翌日になっても、建物の周辺から感染者は消えなかった。
その次も。
達也は屋上倉庫にある水と食料を少しずつ運んだ。
ドローンで持てる量には限界がある。
それでも、何もないよりはいい。
商店街へ飛ばす。
二階の窓際まで運ぶ。
『ほら、水』
女性が窓から手を伸ばし、受け取る。
『……また来たんだ』
『来るって言っただろ』
『ほんとに来ると思わなかった』
『信用なさすぎだろ』
女性は初めて少し笑った。
別の日。
保存食を運ぶ。
『今日はこれだけ』
『ありがとう』
『感染者はまだ減ってない』
『……そっか』
女性の表情が沈む。
『必ず出られる時が来る。それまで待て』
『毎回それ言うね』
『他に言うことないからな』
最初はドローンが近づくだけで警戒していた女性も、少しずつ変わっていった。
声をかければ窓際へ来る。
物資を受け取る。
短い会話もするようになった。
名前は原口美樹と言った。
達也は感染者が減れば、安全な場所まで誘導するつもりでいた。
だが、建物周辺に集まった感染者はなかなか減らない。
美樹は今も、商店街の二階に取り残されたままだった。
【回想終了】
◇08月07日 21時台/マンション屋上/健一、権蔵、なおみ、達也
屋上から街を見下ろす。
暗闇の中でも、道路には感染者の姿が残っていた。
健一はガソリンスタンドの方向を見つめる。
軽トラックはあそこにある。
だが、その周囲にも複数体の感染者がいる。
『減りませんね……』
『夜に無理して動くのは危険じゃ』
権蔵が言った。
唯と夏帆が山小屋で待っている。
『でも、唯たちは俺たちがどうなったか分からないままです』
『分かっとる』
権蔵は街を見たまま答えた。
『じゃが、今戻る方が危険じゃ』
『……』
『暗い中で感染者に囲まれたら、昼間より厄介じゃぞ。道路も壊れとる。軽トラまで辿り着ける保証もない』
健一には反論できなかった。
街灯の消えた道路は、上から見てもほとんど闇だった。
どこに感染者がいるのか。
何体いるのか。
昼間以上に分かりにくい。
なおみも屋上から下を見る。
『うちも今動くんは怖いわ。昼でもあれやったんやで』
達也が言った。
『朝になったらドローン飛ばす。周りが空いてるのを確認してから動けばいい』
健一はしばらく黙っていた。
唯の『絶対帰って来てね』という声が頭に浮かぶ。
『……分かりました』
今日は戻れない。
そう決めるしかなかった。
『朝一で戻りましょう』
『ああ』
四人は倉庫へ戻った。
達也が備蓄品を確認する。
保存食。
水。
毛布。
夜を越すだけなら十分だった。
扉を閉める前に、達也は非常階段の方を確かめた。
感染者が上がってくる気配はない。
『ここなら今夜は大丈夫だ』
達也が言った。
健一は毛布を受け取り、壁際へ座った。
身体は疲れ切っている。
それでも、簡単には眠れそうになかった。
山小屋にいる唯と夏帆。
そして、達也が話した商店街の美樹。
この街にはまだ、生きている人間がいる。
助けを待っている者もいる。
健一は暗い倉庫の天井を見上げた。
明るくなったら、まず山小屋へ戻る。
そう決めて目を閉じた。




