第4話①即席の四人
◇08月07日 16時台/マンション屋上/健一、権蔵、なおみ、屋上の男
屋上倉庫から出てきた男を、健一は斧を構えたまま見つめた。
聞き覚えのある声だった。
ついさっきまで、ドローンのスピーカー越しに聞いていた声。
健一はゆっくり斧を下ろす。
『……あんたがドローンを?』
『そういうこと』
権蔵も剣ナタから手を離した。
なおみは男と倉庫を交互に見る。
男は屋上の端へ目を向けた。
『ドローンで周りを見てたら、ガソリンスタンドにお前らがいるのが見えてな。そのあと感染者が集まり始めてた』
『あのままあそこにいたら囲まれてただろ。だからここまで誘導した』
二十体を超える感染者。
あの場に留まっていれば、逃げることさえ難しくなっていたかもしれない。
健一は頭を下げた。
『……助かりました。ありがとうございます』
『礼はいい。それより座れよ。見てるこっちが疲れる』
言われて、健一は自分の状態に気づいた。
脚が震えている。
感染者との戦闘に加え、群れから逃げ続け、最後には非常階段を一気に駆け上がったのだ。
なおみも膝へ手をついたまま息を整えている。
『それは……賛成やわ』
男は倉庫の中へ戻った。
『入れよ』
三人も後に続く。
倉庫の中には、段ボール箱やペットボトル、保存食などが並んでいた。
健一は周囲を見回す。
『結構ありますね』
『このマンションの災害用備蓄らしい』
男が水を取り出し、三人へ一本ずつ渡した。
『ほら』
『ありがとうございます』
健一は受け取ると、すぐに蓋を開けた。
喉が渇いていた。
一気に飲みたいところを堪え、少しずつ口へ含む。
冷たくはない。
それでも今は十分だった。
なおみも水を飲み、ようやく大きく息を吐く。
『生き返るわぁ……』
権蔵は倉庫の中を見ながら尋ねた。
『あんたは、ずっとここにおったんか?』
『まあな』
男は壁へ背を預けた。
『パンデミックが始まった頃に、たまたまここを見つけたんだ。下より安全だし、備蓄もある。それに屋上ならドローンも飛ばしやすい』
『なるほどの。あれで周辺を見とったわけか』
『感染者相手に自分の足で偵察するより安全だからな』
健一は先ほどの逃走を思い出した。
曲がり角の先にいる感染者を、ドローンは自分たちより先に見つけていた。
上空から確認できることの利点は大きい。
男が三人を見渡した。
『そういや、まだ名乗ってなかったな。俺は安倍達也』
健一も姿勢を直す。
『不動健一です』
権蔵が続く。
『佐藤権蔵じゃ』
『うちは矢澤なおみや』
一通り名乗り終えると、達也が少し間を置いた。
『ところで……お前らも特殊赤血球持ちか?』
健一は達也を見る。
『はい。俺と権蔵さんはそうです』
『この状況で外を歩き回って、それでも発症しとらんからの』
なおみが自分を指さす。
『うちもやで。昔、病院で特殊な赤血球を持っとるって言われたことがあるわ』
健一は達也を見る。
『達也さんも?』
『ああ』
達也は当然のように答えた。
『じゃなきゃ、こんなところでドローン飛ばしてる場合じゃないだろ』
四人とも同じだった。
ウイルスに感染しにくいとされる、特殊な赤血球。
なぜ感染しにくいのか。
どの程度まで安全なのか。
そこまで詳しいことを知っている者はいない。
ただ、今この場所で発症していないという事実だけは共通していた。
『で、三人で行動してたのか?』
達也が尋ねる。
『いや。俺と権蔵さんは一緒ですけど、なおみさんとはさっきガソリンスタンドで会ったばかりです』
なおみが肩をすくめた。
『会ったというか、感染者に囲まれとったところを助けてもろたんや』
『なるほど。そりゃ災難だったな』
『あんたのドローンが来んかったら、そのあと全員まとめて災難になるところやったけどな』
達也が少し笑った。
健一は、自分たちが山中の権蔵の山小屋を拠点にしていることを話した。
そこには妹の唯と、幼馴染の夏帆が待っている。
『じゃあ、お前らも物資を探しに街まで来たのか?』
『ガソリンが必要だったんです。暗くなる前には戻るつもりだったんですけど……』
健一は倉庫を出て、屋上からガソリンスタンドの方向を見る。
道路にはまだ感染者の姿があった。
ガソリンスタンド周辺にも何体か残っている。
そして軽トラックも、あそこへ置いたままだ。
『……あそこまで戻るのは無理そうですね』
権蔵も隣から街を見下ろす。
『焦って戻って囲まれたら元も子もない。しばらく様子を見るしかなかろう』
『でも……』
唯と夏帆が待っている。
何時までに帰ると約束して出てきたわけではない。
それでも、これほど遅くなるとは二人も思っていないはずだった。
達也が後ろから言った。
『だったら、しばらくここにいろ。水くらいならある』
健一が振り返る。
『いいんですか?』
『助けといて今さら追い出してどうすんだよ』
なおみが達也をじっと見る。
『変わった人やな』
『初対面でそれ言うか?』
『褒めてんねん』
『絶対嘘だろ』
なおみが笑う。
健一も思わず少し笑った。
張り詰め続けていた空気が、わずかに緩んだ。
◇08月07日 20時台/マンション屋上倉庫/健一、権蔵、なおみ、達也
日が沈み、街は暗闇に包まれ始めていた。
四人は屋上倉庫で休みながら、それぞれパンデミック発生後のことを話していた。
達也はドローンを使い、極力自分では外へ出ずに周囲を偵察している。
健一と権蔵は山小屋周辺の状況や、街で遭遇した感染者について話した。
なおみも、一人で移動してきたことを話す。
全員がすべてを語ったわけではない。
知り合ったばかりだ。
完全に信用し合っているわけでもない。
それでも、少なくとも今この場にいる者同士に敵意がないことは、少しずつ分かってきた。
話の途中、達也が言った。
『そういや、ドローンで見た生存者はお前らだけじゃない』
『他にもいたんですか?』
『何人か見たな。遠くから見ただけの奴もいるけど、生きてる人間はまだいる』
『やっぱり……』
特殊赤血球保有者が自分たちだけではない以上、当然どこかに生存者はいる。
だが実際に目撃したという話を聞くと、健一は少し安心した。
達也はしばらく考えるように黙った。
やがて、三人を見る。
『なあ』
『なんです?』
『俺もずっと一人でここに籠もってるつもりはない』
健一たちは黙って聞く。
『この状況じゃ、一人でできることなんて限界がある。物資を取りに行くにも、感染者と遭遇した時にもな』
達也は倉庫に積まれた備蓄へ目を向けた。
『ここの物資を分けてやるから、一緒に行動しないか?』
健一は思わず権蔵を見る。
突然の提案だった。
だが達也のドローンがどれほど役に立つかは、すでに身をもって知っている。
何より、素性も知らない自分たちを助けた。
権蔵が腕を組む。
『わしは反対する理由はないの』
『うちも一人に戻るより、その方がええわ』
なおみはつい数時間前まで一人で行動し、感染者に囲まれていた。
健一も少し考えたあと、達也を見る。
『俺もいいと思います。ただ、俺たちの拠点には唯と夏帆もいます』
『分かってる。それも含めてだ』
『じゃあ……よろしくお願いします』
達也が手を差し出す。
健一はその手を握った。
権蔵となおみも、それぞれ意思を示す。
パンデミックの中で偶然出会った四人。
その場で決まった、即席の協力関係だった。




