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第3話④声の正体

◇08月07日 21時台/山小屋/唯、夏帆


健一と権蔵は、まだ戻ってこなかった。

唯は食卓の近くに座り、くまのぬいぐるみを膝の上に置いた。

窓は本棚や食器棚で塞いである。


外の様子は見えない。

だからこそ、時折耳を澄ませた。

軽トラックのエンジン音が聞こえないか。

山道から誰かが近づいてくる気配がないか。

だが、聞こえるのは山の中の音だけだった。


唯は膝の上のくまのぬいぐるみから日記帳を取り出した。


表紙を開く。

今日の日付を書く。

朝、お兄ちゃんと権蔵さんが街へ出かけた。

夏帆さんと山菜や野草を探した。

漆の木を見つけた。


分からない植物には触らないこと。

食べないこと。

燃やさないこと。

夏帆に教えてもらったことを思い出しながら、一つずつ書いていく。


ペンが止まった。

昼間の光景が蘇る。

木々の間から現れた感染者。

自分へ伸びてきた感染者の手。


血まみれになった夏帆。

何度も剣ナタを振り下ろしていた姿。

唯は顔を上げた。

少し離れたところに夏帆がいる。


『どうしたの?』


視線に気づいた夏帆が尋ねる。


『……なんでもないです』


唯は日記帳へ顔を戻した。

少しだけ考える。

それから、再びペンを動かした。

今日、感染者に襲われたこと。

夏帆が助けてくれたこと。


朝から街へ向かった健一と権蔵が、まだ山小屋へ戻ってきていないこと。

書き終える。


唯はしばらく最後の一文を見つめていた。

文字にすると、不安が余計に形になったような気がした。

日記帳を閉じる。


『今日も行動記録?』


夏帆が聞いた。


『はい』


『今日は書くこといっぱいあったね』


唯は閉じた日記帳に手を置いた。


『……ありましたね』


楽しいことだけではなかった。

むしろ、怖かったことの方が多い。

それでも今日あったことだった。


挿絵(By みてみん)


忘れたくない。

忘れてはいけない気がした。


唯はくまのぬいぐるみの背中に手を回し、そこを開いた。

日記帳を、元の場所へ大切にしまった。


そして、もう一度ぬいぐるみを抱き締めた。





◇08月07日 22時台/山小屋/唯、夏帆


夜はさらに深くなった。

健一たちは帰ってこない。

唯は玄関の方を見る。


『……遅いですね』


『うん』


夏帆も心配しているのだろう。

返事が少し短かった。


『お兄ちゃんたち……大丈夫かな』


『きっと大丈夫だから』


夏帆がすぐに言った。


『権蔵さんも一緒だし、健一だって昨日あれだけ大変な思いをして唯ちゃんを迎えに来たんだから』


『……うん』


そう思いたい。

それでも、不安は消えなかった。


街には感染者がいる。

道路も崩れている。

昼間、自分たちのところにも感染者が現れた。

何が起きてもおかしくない。


夏帆が食卓を見る。


『今日はもう先に食べよっか』


健一と権蔵の分は残してある。

帰ってきた時に食べられるよう、そのまま取っておくことにした。

唯は小さく頷く。


『はい』


二人で遅い夕食を済ませる。

食べ終わったあと、夏帆はもう一度、山小屋の戸締まりを確認した。


玄関。

つっかえ棒。

窓を塞いだ家具。

一つずつ確かめる。


『大丈夫』


夏帆が戻ってくる。


『今日はもう寝よう。疲れたでしょ?』


『……はい』


唯は寝床へ入り、くまのぬいぐるみを抱いた。

健一が帰ってきたら、きっとエンジンの音で目が覚める。


そう思いながら目を閉じる。

身体は思っていた以上に疲れていた。


昼間の山歩き。

感染者との遭遇。

慣れない火起こし。

そして長い不安。

しばらくすると、唯の呼吸は静かな寝息へ変わっていった。


夏帆は隣で横になった。

だが、すぐには目を閉じなかった。

昼間の感染者が頭に浮かぶ。


唯へ迫る姿。

剣ナタを振るった感触。

自分へ浴びせられた血。

夏帆は枕元へ手を伸ばした。


そこには、洗った剣ナタが置いてある。

すぐ手が届く位置だった。


それを確認してから、夏帆はようやく横になる。

静かな山小屋で、二人だけの夜が更けていった。





◇08月07日 15時台/マンションの屋上/健一、権蔵、なおみ

──時はさかのぼり。


『はぁ……はぁ……』


非常階段を一気に駆け上がったせいで、脚が重い。

権蔵となおみも呼吸を整えながら周囲を警戒している。


ドローンはいない。


ここまで三人を誘導してきた男の声も、完全に途絶えていた。


『……どこ行ったんだ』


健一は空を見回す。

返事はない。


その時。

ガチャッ。

屋上の一角にある倉庫から音がした。


三人が一斉に振り向く。


健一は反射的に斧を構えた。

権蔵も剣ナタへ手をかける。

なおみも刀を握る。


倉庫のドアが開いた。

中から、一人の男が姿を現す。


男は三人を見渡した。

そして、何でもないことのように口を開いた。


『よう。元気か? だいぶ疲れているようだな』


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

■唯のサバイバルメモ

・今日のテーマ:火熾し


皆さんこんにちは。唯です。

今回のお題は『火熾し』についてです。

火を熾す時は、いきなり太い薪に火をつけようとしても、なかなか燃えてくれないんだって。


まずは枯草や木の皮みたいな燃えやすい物。

次にマッチ棒くらいの細い枝。

それから割り箸くらいの枝。

その次は、もう少し太い枝。

最後に薪。


小さい火に少しずつ太い物を足していくんだって。

『火を育てる』って言い方があるくらい、小さい火は慎重に扱わないとすぐ消えちゃうみたい。

ただマッチをつければ終わりじゃないんだね。



あと、お兄ちゃんが雨が降っていても火を熾せることがあるって言ってて驚いたよ!

表面が濡れていても、比較的乾いた枯れ木や太めの枝なら、割ってみると内側に乾いた部分が残っていることがあるんだって。

そういう時は、ナイフで内側の乾いた木を薄く削ったりして火種に使うみたい。

男の人の腕くらいの太さの枝を川に30分くらい沈めた後の枝を使って、火を熾したことがあるとも言ってた。

なんでそんな変な実験してるのかは疑問だけど……。


太い木はなかなか内部に水が入らないってのは驚きだね。

権蔵さんが昔は川に丸太を浮かせて乾燥させてたって言うんだよ?

信じられる?



あとあと!

薪と炭も、ちょっと性質が違うんだって。

薪でも料理はできるけど、木の種類や燃え方によっては煙や匂いが食べ物につくことがあるみたい。

特に炎や煙が強い時に焼くと、せっかくのご飯が美味しくなくなっちゃうこともあるんだって。

炭は、木を酸素の少ない状態で高温にして炭化させたもの。

木に含まれていた水分や揮発しやすい成分が少なくなっているから、薪より煙が少なくて、火力も安定しやすいみたい。

だからBBQでは炭がよく使われるんだね!


あと最後に大事な事!

漆みたいな毒性のある木は、絶対に薪に使わない事!

燃やした時の煙でも、かぶれたり体調を崩したりすることがあるんだって。

知らない木は適当に燃やさない方が安全だね!


みんなはいくつ知ってた?

唯は初めて知ることばかりだったよ!


それと、ここまで読んでくれてありがとう!

小さな火も、少しずつ薪を足して育てていくんだって。

このお話もまだまだ途中なので、

『面白かった!』『続きも読みたい!』

って思ってもらえたら、評価やブックマークで応援してもらえると嬉しいです!

みんなの応援を薪にして、作者さんにはこれからも頑張って燃えてもらいましょう!

……燃え尽きない程度にねw

では今日はここまで。

またね!

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