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第3話①見えない案内人

◇08月07日 14時台/ガソリンスタンド/健一、権蔵、刀の女性


ガソリンスタンドの敷地内に、一台のバイクが停まっていた。

そのすぐ近くでは、刀を手にした女性が四体の感染者に囲まれている。


『くっ……!』


女性は両手で刀を握り、迫ってくる感染者を近づけまいと必死に刃を走らせていた。

だが構え方も足運びもぎこちなく、狙って斬っているようには見えない。


正面の一体が踏み込んでくる。

女性は反射的に刀を横へ振った。


感染者が腕を上げ、刃を受け止める。

動きを止めることはできたが、その隙に別の一体が横から迫っていた。


『うわっ!』


女性が慌てて後ろへ下がる。

さらにもう一体。

四体を同時に相手にしているせいで、少しずつ逃げ場を失っていた。


『権蔵さん!』


健一が斧を握る。


『助けるぞ!』


権蔵も剣ナタを抜いた。

二人は感染者へ向かって駆け出した。


『おい! こっちだ!』


健一が声を張り上げた。

感染者のうち二体が、こちらへ顔を向けた。

そのまま健一と権蔵へ向かってくる。


《よし、分かれた》


午前中、健一は感染者との戦いで何度も苦戦した。


闇雲に斧を振れば外す。

深く入れば抜けなくなる。


相手も腕で防ぎ、こちらの武器を掴もうとする。

斧を持っているからといって、簡単に倒せるわけではない。

健一はすぐには踏み込まず、感染者の腕が届く距離を見極めた。


腕が伸びてくる。

届く寸前で半歩退くと、感染者の手が空を掴んだ。

その勢いで身体が前へ流れる。


『今だ!』


健一は踏み込み、頭部へ斧を入れた。


ゴッ!


刃は当たった。

だが浅い。


感染者の身体が揺れただけで、まだ倒れない。


『くそっ!』


健一は斧を引き、相手の腕が届く前に一歩離れた。


横からもう一体が迫る。

権蔵は伸びてきた腕の外へ身体をずらし、そのまま懐へ入った。


『ふんっ!』


腹部へ剣ナタを刺し込み、そのまま斜め上へ突き上げる。

刃が胸の奥まで達すると、感染者の身体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。


『健一! そっちは任せたぞ!』


『はい!』


健一は再び目の前の感染者へ集中した。


今度は頭だけを追わない。

腕の動きと踏み込む足を見て、正面からわずかに外れる。


感染者がこちらへ身体を向け直すより先に踏み込み、頭部へ斧を入れた。

鈍い音とともに刃が深く食い込み、感染者がその場へ倒れる。


健一は足で身体を押さえながら斧を引き抜いた。


『はぁ……はぁ……』


息が上がる。

すぐに顔を上げた。


女性の方では、残った二体を相手にしていた。

健一たちが感染者を引きつけたことで、先ほどより動ける余裕ができている。


『来んなっ!』


女性は近づいてくる感染者へ刀を向けた。

焦って横へ払った刃は空を切る。


すぐに引き戻したが、次は肩へ浅く当たっただけだった。

それでも感染者は止まらず、腕を伸ばしてくる。


『いややって!』


女性は後ろへ下がりながら、刀を構え直した。

感染者が踏み込むたび、必死に刃先で押し返す。


急所を狙う余裕などなかった。

それでも必死に刀を振り続け、横へ振り払った一撃が感染者の首筋に深く食い込んだ。

鮮血を噴き出しながら、感染者が崩れ落ちる。


残る一体は、なおみに気を取られていた。

権蔵はその隙に背後へ回り込み、首筋へ剣ナタを入れた。

感染者は脚から力が抜けたように、地面へ倒れ込んだ。


それでもしばらくもがいていたが、やがて動かなくなった。


周囲はすこし静かになった。

四体とも動かない。


女性は刀を握ったまま、肩で大きく息をしていた。


『……大丈夫ですか? 怪我は?』


『……大丈夫やで。助かったわぁ』


関西訛りの混じった声だった。

健一はようやく斧を下ろす。


権蔵も剣ナタについた血を確認しながら近づいてきた。

女性は一度大きく息を吐く。


『うちはなおみや。よろしくやで』


『健一です』


『権蔵じゃ』


簡単に名乗り合う。

なおみの近くには、先ほど見えたバイクが停まっていた。

健一がそちらを見る。


『バイクで来たんですか?』


『そうや。移動しとったんやけど、途中で壊れてもうてな』


なおみは困ったようにバイクを指さした。


『直せんかな思って見とったら、あいつらが集まってきて……。逃げるにも逃げられんようになったんや』


『なるほど……』


健一の視線が、なおみの持つ刀へ移る。


『その刀……どうしたんですか?』


なおみも自分の刀を見る。


『うちの親が趣味で持ってたやつや』


『なおみさんは……剣道とかしてたんですか?』


なおみが健一を見る。


『しとるように見えたんか?』


『いや……』


『完全な素人やで? こんなの振ったこともなかったわ』


『やっぱり……』


『やっぱりってなんや』


なおみが少しむっとする。

健一は慌てて首を振った。


『いや、悪い意味じゃなくて。四体に囲まれてたのに、よく一人で持ちこたえたなって』


『必死やっただけや。刀持っとるからって、剣豪みたいに戦えるわけちゃうからな』


権蔵がバイクの方へ近づいた。


『壊れた原因は分かっとるのか?』


『それを見ようとしとったところで、あいつらが来たんや』


三人がバイクの状態を確認しようとした時だった。


ブゥゥゥン……。


小さな機械音が、頭上から近づいてくる。


『何の音だ?』


一機のドローンが、三人のいるガソリンスタンドへ向かって飛んできていた。


『……ドローン?』


ドローンはガソリンスタンドの上空へ入ると、高度を下げた。

そして三人から少し離れた位置で静止する。


健一は警戒しながら見上げた。

次の瞬間。


『おい、そこの三人。聞こえるか?』


男の声が聞こえた。

健一の目が丸くなる。


『……喋った?』


『誰かが操作しとるんじゃろ』


権蔵は冷静だった。

健一は近くの建物や窓を探ったが、操縦している人間の姿は見当たらない。


『誰だ! どこにいる!』


ドローンから男の声が返ってきた。


『説明はあとだ。それより、そこから早く離れた方がいい』


『どういう意味だ?』


『感染者の集団が向かってきているぞ』


三人が一斉に周囲を見る。

なおみが先に気づいた。


『……あれ』


なおみが道路の向こうを指した。

多数の人影が動いている。

健一も目を凝らす。

一体、二体という数ではない。

二十体以上。

感染者の集団が、ガソリンスタンドへ向かっていた。


『……あれ全部?』


なおみの声から、先ほどまでの軽さが消える。

権蔵も険しい表情になる。


『さすがに相手にしとれんな』


健一も同意だった。

たった四体でも簡単ではなかった。


それを二十体以上。

しかも三人とも、すでに戦った直後だ。

正面から相手をするのは無謀だった。


ドローンが少し移動する。


『こっちだ。俺が道を教える。ついてこい』


健一はドローンを睨んだ。

相手が誰なのか分からない。

どこから見ているのかも分からない。

信用できる保証は何もない。


だが背後からは感染者の集団が迫っている。


健一は権蔵を見る。


『今は離れる方が先じゃ』


なおみは壊れたバイクを一度振り返った。


『……うちも行くしかなさそうやな』


『分かった。案内してくれ!』


ドローンが向きを変える。

三人はその後を追って、ガソリンスタンドを離れた。


挿絵(By みてみん)





◇08月07日 15時台/市街地の道路/健一、権蔵、なおみ


ドローンは三人より少し先を飛んでいた。

上空から道路を確認しながら進んでいるらしく、ときどき進路を変える。


『そのまま真っすぐ。次の角を右だ』


男の声が飛ぶ。

健一たちは走った。

後方から感染者の声が聞こえてくる。

ガソリンスタンドに集まった群れが、こちらへ流れてきている。

曲がり角が近づいた。


『止まれ。右に一体いる』


三人の足が止まる。

健一が斧を構え、慎重に角から先を覗く。

いた。

一体の感染者が道路をふらついている。


『本当にいる……』


権蔵がドローンを見上げる。


『よう見えとるの』


『俺たちより先が見えるのは助かりますね』


健一たちは感染者をこちらへ引きつけた。

大きな音は立てない。

三人で囲むように動き、近接武器だけで仕留める。


感染者が倒れる。

すぐにドローンから声がした。


『その先、左側にもう一体いる。そいつを倒したら突き当たりまで走れ。フェンスがある』


『フェンス?』


『登って越えろ。向こう側は今のところ安全だ』


三人は再び走り出した。

言われた通り、左側から感染者が一体姿を現す。


今度は位置が分かっている。

不意を突かれることはなかった。


権蔵が注意を引き、健一となおみが左右から動く。

三人で感染者を倒す。


その直後、遠くから複数の呻き声が聞こえた。

健一が振り返る。


『来てる!』


ガソリンスタンドにいた感染者の一部が、こちらまで追ってきていた。


『走れ!』


ドローンの声が飛ぶ。

三人は一斉に走った。

前方に高いフェンスが見える。


『あれか!』


なおみが先に到着した。

刀を邪魔にならないようにしながらフェンスへ手をかけ、よじ登る。

反対側へ飛び降りる。


続いて権蔵。


最後に健一。


『はぁっ……!』


腕に力を入れ、身体を引き上げる。

後ろを見る。

感染者が迫っていた。


『健一! 早よせぇ!』


『分かってます!』


フェンスの上へ身体を乗せる。

反対側へ降りた直後、感染者たちがフェンスへぶつかった。


金網が大きく揺れる。

何体もの手が伸びてくる。

だが、すぐには越えてこられない。


『止まるな。そのまま進め!』


ドローンが先へ飛ぶ。

三人は息を整える暇もなく、また走り出した。

なおみが空を見ながら言う。


『あのドローン……いったい誰が飛ばしてるんや』


『分かりません。さっき突然現れて……』


『それについて行って大丈夫なんかな?』


『……今は信じるしかなさそうですね』


権蔵も前方のドローンを見た。


『少なくとも、わしらを感染者の群れに放り込むつもりはなさそうじゃな』


やがて古びたマンションが見えてきた。

ドローンが建物の横へ回る。


『そこの非常階段を上がれ! 屋上まで行け!』


『屋上?』


『いいから早くしろ。後ろからまだ来てるぞ』


三人は非常階段へ駆け込んだ。

なおみが上を見上げる。


『これ……何階まであるんや!』


『……どうですかね……』


階段を上る。


一階。


二階。


三階。


感染者との戦闘と逃走を続けた身体にはきつかった。

特に健一の足が重い。


息が苦しい。

それでも下から感染者の声が聞こえる。

止まれない。


『健一、遅れとるぞ』


『分かって……ますよ……!』


『ちょっと、ほんまに大丈夫なん?』


『大丈夫……です……!』


手すりを掴み、さらに上る。

ようやく屋上へ続く階段が見えた。

三人が最後の段を駆け上がる。

屋上へ出た。


『はぁ……っ、はぁ……』


健一は膝へ手をついた。

呼吸が整わない。


なおみも刀を持ったまま肩で息をしている。

権蔵も周囲を確認しながら呼吸を整えていた。

健一が顔を上げる。


『……あれ?』


空を見る。

さっきまで先導していたドローンがいない。


『ドローンは?』


なおみも周囲を見回した。

どこにも飛んでいない。

男の声も聞こえなかった。


『消えたのぅ』


権蔵が呟く。

健一は屋上の端まで視線を走らせた。


『どこ行ったんだ……?』


誰に連れてこられたのかも分からないまま、三人は見知らぬマンションの屋上に立っていた。


その時。

屋上の一角に、小さな倉庫があることに気づいた。

挿絵(By みてみん)

■唯のサバイバルメモ

・今日のテーマ:ドローン


皆さんこんにちは。唯です。

ドローンは、人が乗らずに遠隔操作で飛ばせる小型の無人航空機です。

カメラが付いているものなら、地上にいる人からは見えない道路の先や、建物の向こう側まで確認できるので、危険な場所を調べるのにはすっごく便利そう。


本編でも、お兄ちゃんたちはドローンのおかげで感染者の群れが近づいていることを知ったり、進む道の先に感染者がいることを教えてもらったりしていました。

自分で危険な場所まで見に行かなくてもいいって、こんな世界ではかなり大きいですよね。


ただし、ドローンも万能じゃないみたい。

バッテリーが切れれば飛べないし、操縦できる距離にも限界があります。

強い風や雨にも注意が必要だし、プロペラの音で目立っちゃうこともあります。


つまり――『安全な場所から、危険な場所を先に見る』

これがドローンの一番すごいところなのかも。


……ところで。

突然現れたドローンから知らない男の人の声がして、

『俺についてこい!』って言われたら……。


私だったら普通について行きません。

お兄ちゃんたち、大丈夫なのかな……?

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