第2話②ここを拠点に
◇08月06日 16時台/山小屋/健一、権蔵、唯、夏帆
話し合いが一段落すると、四人は山小屋の片付けを始めた。
地震のあと、権蔵が危険な物だけは片付けていたものの、室内にはまだ様々な物が散乱している。
健一は床に落ちていた日用品を拾い、元の場所を権蔵に確認しながら棚へ戻していく。
唯も無理のない範囲で手伝い、夏帆は割れ物が残っていないか床を確認していた。
『これ、こっちでいいですか?』
健一が箱を持ち上げる。
『ああ。その棚じゃ』
『結構いろいろ置いてあるんですね』
『山でしばらく過ごせるようにはしとるからの』
病院から逃げ出し、感染者のいる街を抜けてきたばかりだった。
ほんの数時間前まで斧や剣ナタを握っていた手で、今は床に落ちた物を拾っている。
その落差に、健一は妙な感覚を覚えた。
ガタン。
少し離れたところで、夏帆が何かを拾い上げた。
『あ、鹿の剥製……』
鹿の頭部だった。
地震で壁から落ちたらしく、床に転がっていた。
夏帆は角を傷つけないよう両手で持ち上げる。
『祖父の家にもこういうのありました』
『へえ』
健一が近づく。
夏帆は表面についた埃を軽く払い、元々掛けられていた壁へ戻した。
壁から突き出す立派な角を、健一が眺める。
『こういうの、ちょっと憧れるんですよね。俺も一度作ってみたかったです』
権蔵が振り返った。
『なら健一も作ったらええ。今なら材料には困らんじゃろ』
『材料?』
何のことか分からず、健一は権蔵を見る。
権蔵は平然と答えた。
『感染者の頭じゃ。玄関にでも飾っとけば魔除けになるかもしれんぞ』
『権蔵さん……さすがに趣味悪すぎですよ』
『そうか? 角の一本でも生えとりゃ、案外見栄えするかもしれんぞ』
『絶対いりませんって……』
『……私はこの鹿だけで十分です』
唯も鹿の剥製と権蔵を交互に見ていたが、何も言わなかった。
権蔵は三人の顔を順番に見る。
誰も笑っていない。
『……ハンターズジョークじゃ』
『……何ですかそれ』
『猟師の冗談じゃよ』
『冗談ならもう少し分かりやすくしてくださいよ……』
権蔵は少しだけ気まずそうに鹿の剥製へ目を戻した。
その後も四人で片付けを続ける。
床に散らばっていた物が減り、ようやく山小屋の中を普通に歩ける程度になった。
健一は腰を伸ばし、室内を見回す。
『だいぶ片付きましたね』
『次は倉庫じゃな』
権蔵が外を指した。
『あっちはまだ地震の後、そのままじゃ』
四人は残りの作業をするため、山小屋を出た。
◇08月06日 19時台/山小屋の倉庫/健一、権蔵、唯、夏帆
倉庫の中は、山小屋以上に荒れていた。
ここは権蔵が獲った動物を解体するためにも使っている場所だった。
地震によって棚の中身が床へ落ち、様々な道具が入り乱れている。
四人はそれを一つずつ拾い、整理していった。
『これはどこですか?』
『そっちの棚じゃ』
『こっちは?』
『それは壁に掛けといてくれ』
権蔵に聞きながら作業を進める。
外は少しずつ暗くなり始めていた。
唯は床に落ちている物を拾っているうちに、一本の細長い道具に気づいた。
見たことがない。
金属製で、先端には特徴的な形をした部分がついている。
唯はそれを手に取り、角度を変えながら眺めた。
『権蔵さん、これなんですか?』
権蔵が作業の手を止めて見る。
『ん?』
唯が持っている物を確認する。
『それは腸フックじゃな』
『腸フック?』
名前を聞いても、何に使うのか分からない。
『鳥を獲った時、肉が傷まんように尻から入れて腸を抜くための道具じゃ』
唯の動きが止まった。
『お、お尻から……?』
もう一度、手の中の腸フックを見る。
細長い金属。
それを尻から入れる。
《これをお尻に……》
一瞬だけ、自分に置き換えて想像してしまった。
《いやっ! ダメッ!》
唯はぶんぶんと首を振った。
そして腸フックを、壊れ物でも扱うようにそっと元の場所へ戻す。
その様子に夏帆が気づいた。
『……唯ちゃん? どうかした?』
『な、なんでもないです……』
『そう?』
『はい……』
夏帆は不思議そうに唯の顔を見た。
なぜか少し赤い。
『暑い?』
『だ、大丈夫です』
唯は逃げるように別の物を拾い始めた。
夏帆は首を傾げたものの、それ以上は聞かなかった。
健一は少し離れた場所で権蔵と棚を直しており、二人のやり取りには気づいていない。
作業を続けているうちに、倉庫の中も次第に暗くなってきた。
権蔵が外を見る。
『今日はここまでにするかの』
『そうですね。暗い中でやって怪我してもしょうがないですし』
全てを片付け終えたわけではない。
それでも、歩く場所を確保できる程度には整理できた。
四人は残った作業を明日以降へ回し、山小屋へ戻ることにした。
◇08月06日 20時台/山小屋/夏帆と権蔵
山小屋へ戻ると、権蔵が一本の剣ナタを持ってきた。
倉庫を片付けている途中、散乱した道具の中から見つけた物だった。
『夏帆さん、これ持っとき』
差し出された剣ナタを見て、夏帆が目を瞬く。
『剣ナタ……ですか?』
『山菜採りなんかで使っとったやつじゃ。藪を払ったり、枝を落としたりするのにも使える』
夏帆はすぐには受け取らなかった。
『でも、私が持ってていいんですか?』
『夏帆さんは山菜や薬草に詳しいんじゃろ?』
『まあ……多少なら』
『これから山に採りに行くこともあるじゃろうし、持っとった方がええ』
夏帆は剣ナタを受け取った。
柄を握り、慎重に重さを確かめる。
『……ありがとうございます。大事に使います』
『それに今は、山菜以外のもんが出てくるかもしれんからの』
夏帆の表情が少し変わった。
『……感染者ですか』
『使わんに越したことはないが、丸腰よりはええじゃろ』
夏帆は手の中の剣ナタへ目を落とした。
山菜を採るための道具。
枝を落とすための道具。
それを別の目的で使わなければならない時が来るかもしれない。
『……はい』
外はすでに暗くなっていた。
山の中には街の明かりも、人の声もない。
静かな山小屋で、四人にとって最初の夜が更けていった。




