約束。
廊下に響いていた衝撃音が止んだ。
『……終わったか』
権蔵が短く息を吐く。
床に投げ捨てられた斧を拾う。
健一は注意深く周囲を見回した。
動く感染者はいない。
目の前には、静まり返った非常用倉庫の扉だけがあった。
『唯! 夏帆! もう大丈夫だ!』
健一が声を張り上げる。
扉の向こうで、小さく物音がした。
『……お兄ちゃん?』
唯の震えた声が返ってくる。
その声を聞いた健一の胸から、張り詰めていた緊張が少しだけほどけた。
『俺だ。迎えに来た』
夏帆は耳を澄ませ、外の気配を確認した。
感染者のうめき声は聞こえない。
先ほどまで続いていた扉を叩く音も消えていた。
『……もう大丈夫みたい』
夏帆は、入り口を塞いでいた棚へ手を掛けた。
二人で少しずつ押し、通路を作る。
ギギギ……
重い棚がゆっくりと動く。
続いて鍵へ手を伸ばす。
『開けるわ』
カチャリ。
静かな音とともに鍵が外れた。
ゆっくりと扉が開いた。
そこに立っていたのは、汗と返り血にまみれた健一だった。
唯は兄の姿を見た瞬間、それまで張り詰めていたものが一気にあふれ出した。
『お兄ちゃん……!』
涙を流しながら健一へ駆け寄る。
健一は唯をしっかりと抱きしめた。
『遅くなってごめん』
『ううん……』
唯は首を横に振る。
『来てくれるって……信じてた』
健一は静かにうなずいた。
『約束したからな』
少し離れた場所で、その様子を見ていた夏帆も安堵の表情を浮かべる。
『本当に来てくれたのね』
『夏帆も、無事でよかった』
健一がそう言うと、夏帆は小さく微笑んだ。
『あなたとの約束だから、唯ちゃんと一緒に待っていたの』
その時、権蔵が周囲を警戒しながら口を開く。
『再会を喜ぶのは後じゃ。このまま病院におるのは危険じゃ』
その一言で全員の表情が引き締まる。
夏帆は唯のバッグを肩に掛けた。
その中には、唯の薬と、救急医療バッグに入っていた薬類が入っている。
『行こう』
健一が唯を支える。
権蔵は廊下の先へ視線を向け、低い声で言う。
『軽トラまで急いで戻るぞ。』
四人は非常用倉庫を後にし、病院から脱出するため来た道を戻り始めた。
非常階段を駆け下り、一階へ到着する。
そこで健一たちは思わず足を止めた。
『……っ』
一階へ到達するとそこには、およそ十体の感染者がいた。
血に染まった服をまとい、赤く充血した目で中庭を徘徊している。
こちらへ気付くと、一斉にゆっくりと身体を向けた。
『まずい……』
唯が健一の腕を強く握る。
感染者たちは唸り声を上げながら、じわじわと距離を詰めてくる。
権蔵は一歩前へ出ると、背中越しに言った。
『三人とも、わしの後ろじゃ』
健一は唯と夏帆をかばうように後ろへ下がる。
権蔵は肩から散弾銃を下ろし、ゆっくりと構えた。
『耳を塞ぐな。前だけ見とれ』
静かな声だった。
しかし、その言葉には長年の経験からくる揺るぎない落ち着きがあった。
感染者との距離が縮まる。
あと十メートル。
八メートル。
六メートル――。
『ダンッ!』
轟音が病院に響き渡る。
散弾は先頭の感染者の胸を貫き、その勢いのまま後方にいた感染者にも命中した。
二体の身体が大きく仰け反り、その場へ崩れ落ちる。
『ダンッ!』
二発目。
散弾が一体の胸を貫いた。
床へ鮮血が飛び散り、感染者は動きを止める。
『ダンッ!』
三発目。
乾いた銃声がロビーへ響き、さらに感染者が倒れ込んだ。
一瞬で四体の感染者が地面へ崩れ落ちた。
周囲に硝煙の匂いが漂った。
散弾銃を下へ向けると、慣れた手つきで薬莢を排出し、新しい弾を一本ずつ装填していく。
カチャン。
カチャン。
その間も感染者は残る距離をゆっくりと詰めてくる。
『行くぞ』
健一たちは権蔵のすぐ後ろを歩いた。
『ダンッ!』
再び発砲。
一体が吹き飛ぶ。
『ダンッ!』
さらに一体。
『ダンッ!』
最後の一発が響き、三体が地面へ倒れた。
六発すべてを撃ち終えた時には、感染者は三体だけになっていた。
権蔵は散弾銃を背負い直し、腰の剣ナタを抜く。
刃先を感染者へ向け、力強く叫んだ。
『健一、やるぞ!』
今回は権蔵が使用した散弾銃について少しだけ。
使用した弾は一般的な散弾ではなく、イノシシやシカなど大型獣を仕留めるための一発弾(スラッグ弾)です。そのため近距離では非常に高い威力がありますが、弾数が限られるため権蔵はここまで使用を控えていました。




