第1話⑪約束を果たして
◇08月06日 12時台/病院・非常階段/健一、権蔵、唯、夏帆
四人は、来た時に使った非常階段を下りていた。
先頭を権蔵。
その後ろを健一が進み、唯と夏帆が続く。
健一は何度も後ろを振り返った。
『唯、大丈夫か?』
『うん』
返事はある。
足取りも問題ない。
夏帆も唯のすぐそばについている。
それを確認して、健一は斧を握り直した。
病院の中には、まだ感染者がいる。
どこから現れるか分からない。
階段を下りるにつれ、低い呻き声が鮮明に聞こえるようになる。
権蔵が足を止める。
『……おるな』
病院の正門入口へ続く広い場所に、感染者が集まっている。
数は十人。
さっきまでは、これほどいなかった。
窓越しに交わした大声を聞きつけ、周囲から集まってきたらしい。
ばらばらに立っていた者たちが、こちらの気配に反応して顔を向け始めた。
『あんなに……』
唯の声が震える。
健一は振り返った。
『俺たちの後ろにいろ』
唯が頷く。
感染者が近づいてくる。
一人。
二人。
それにつられるように、残りも動き始めた。
権蔵が肩から散弾銃を下ろし、スラッグ弾を3発装填する。
山小屋から持ってきたのは合計6発。
すぐに銃口を向ける。
『耳を塞いどけ』
唯と夏帆が両耳を押さえる。
権蔵が散弾銃を肩へ引きつけ、先頭の感染者へ銃口を向けた。
引き金が落ちる。
轟音とともに銃床が肩へ反動を返し、機関部が激しく動いた。
空薬莢が横へ弾き出され、地面を跳ねる。銃口の先に薄い煙が散り、焦げた火薬の臭いが漂った。
先頭の感染者の胸が大きく弾け、その身体が後ろへ倒れ込む。
だが、それだけではなかった。
先頭の身体を貫通したスラッグ弾は、その後ろにいた感染者の胸にも命中した。
二人目の身体が大きく仰け反る。
その胸にも、肉を抉った大きな穴が開いていた。
二人は重なるように地面へ倒れた。
健一は目を見開いた。
スラッグ弾の威力を間近で見るのは初めてだった。
権蔵はすぐに銃口をずらした。
二発目。
別の感染者が弾かれるように倒れる。
さらに狙いを移し、三発目。
また一人が地面へ崩れ落ちた。
短い間に、四人が動かなくなっていた。
それでも残った感染者たちは逃げない。
銃声に怯むこともなく、こちらへ向かってくる。
三発を撃ち切り、散弾銃の機関部が開いたまま止まる。
権蔵は銃口を下げ、残していた三発を装填した。
唯と夏帆を通すには、ここを抜けるしかない。
『来るぞ』
権蔵が再び散弾銃を構えた。
轟音が響く。
先頭の感染者が弾かれたように倒れた。
間髪を入れず、二発目。
続けて三発目。
銃声が響くたびに、迫っていた感染者が一人、また一人と地面へ崩れ落ちていく。
やがて、銃声が止んだ。
持ってきたスラッグ弾六発を使い果たした。
残っているのは三人だった。
権蔵が散弾銃を下げる。
『弾切れじゃ。健一、行くぞ!』
『はい!』
二人は病院の敷地外へ向かって走った。
軽トラックはその先の路上にある。
そこへ一人の感染者が近づく。
健一は頭部を狙って踏み込んだ。
さっきまでのような迷いはなかった。
やはり感染者が腕を上げる。
今度は慌てなかった。
健一は斧を振り切る前に止め、腹へ蹴りを入れる。
感染者の身体が後ろへ泳ぎ、上げていた腕が下がった。
空いた頭部へ斧を振り下ろす。
鈍い音とともに、感染者が地面へ倒れた。
横では権蔵が別の一体を引き受けていた。
伸びてきた腕の外へ半歩ずれ、そのまま間合いを詰める。
剣ナタの一撃が入り、感染者の動きが止まった。
残る一人が軽トラックの近くまで迫っていた。
『唯! 夏帆! そこで待ってろ!』
健一は二人の前へ出た。
感染者がこちらへ向きを変える。
頭を狙えば、また腕で止められるかもしれない。
なら、先に足を止める。
健一は狙いを下げた。
斧の刃が感染者の脚へ食い込み、身体が前のめりに崩れる。
そこへ権蔵が一歩で詰め、剣ナタを首へ突き立てた。
感染者の動きが止まる。
『今だ! 車へ!』
『うん!』
夏帆が唯を促し、二人は軽トラックへ走った。
『よしっ!乗れ!』
権蔵の声に、全員が動いた。
唯を軽トラックの助手席へ乗せる。
権蔵が運転席。
夏帆と健一は荷台へ上がった。
健一が荷台から病院を見る。
銃声を聞きつけたのか、建物の奥から感染者が姿を現し始めていた。
一人。
さらに一人。
遠くの道路にも人影が見える。
こちらへ向かって、ゆっくり歩いてくる。
『権蔵さん!』
『分かっとる!』
エンジンが唸った。
軽トラックが急発進する。
荷台が大きく揺れ、健一は側面へ手をついた。
夏帆も身体を支える。
病院の入口が遠ざかっていく。
感染者たちは追ってくる。
だが速くはない。
軽トラックとの距離はみるみる開いた。
健一はそれでもしばらく後ろを見続けていた。
やがて病院の建物が見えなくなる。
そこでようやく前を向いた。
運転席の横。
助手席に唯の頭が見える。
いる。
そこにいる。
健一は胸の奥に溜め込んでいた息を、ゆっくり吐いた。
二日前。
病院へ向かう道を何度探しても、辿り着けなかった。
橋に阻まれた。
崩落に阻まれた。
道を塞がれた。
それでも、ようやく唯を連れ出すことができた。
隣にいる夏帆も無事だった。
夏帆が荷台の壁に背を預け、大きく息を吐く。
健一はその顔を見る。
『夏帆』
『なに?』
夏帆が健一を見る。
『唯を守ってくれて、本当にありがとう』
夏帆はしばらく何も言わなかった。
それから疲れたように笑った。
『だから言ったでしょ。唯ちゃんは私にとっても妹みたいなものだって』
健一も小さく笑った。
道路は瓦礫だらけだった。
街には崩れた建物が並び、その間を感染者が歩いている。
聞こえるのは軽トラックのエンジン音と、荷台が揺れる音だけ。
健一は斧を手元へ置いた。
安心するには、まだ早い。
それでも今だけは。
助手席にいる唯の姿を見ながら、ようやく肩の力を抜いた。
軽トラックは壊れた街を抜けるように走り続けた。




