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第18話②井戸を掘るために

◇08月17日 20時台/研究所の食堂/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹


夕食の時間になると、研究所で暮らす者たちが食堂へ集まった。

昼間に確保したガソリンのおかげで照明は戻っているものの、点いている蛍光灯は必要最低限に抑えられている。

それでも完全な停電を経験したあとでは、食卓の上を照らす明かりがあるだけでも随分と違って感じられた。


健一たちも住民たちと同じテーブルを囲み、食事を取りながら今後の課題について話し始めた。

真っ先に挙がったのは水だった。


研究員の一人が言う。


『飲み水は、まだ水道が生きている場所を探してペットボトルへ汲んでる。それ以外に使う水は、近くのため池から給水車で運んでるわ』


健一は箸を止めた。


『まだ水道が使える場所があるんですか?』


『今のところはね。でも、いつ止まるか分からない』


街の電気はすでに止まっている。

水道だけがいつまでも機能し続けるわけなどありえなかった。

ため池の水も、取りに行くたびに危険が伴い、燃料も消費する。


達也が聞く。


『給水車で毎回取りに行くのも結構危なくねぇか?』


『危険ね。それにガソリンも使う』


研究所で暮らす人数が増えれば、必要になる水の量も当然増えていく。

飲料だけならまだしも、調理や身体を洗うための水、農作業にも必要になる。


外部から運び続けるやり方では、いずれどこかで限界が来る。

権蔵が腕を組みながら言った。


『なら、ここで水を取れるようにするのが一番じゃな』


健一も頷く。

山小屋では井戸があったため、街の水道が止まることをそれほど恐れずに済んだ。

研究所でも同じように地下水を確保できれば、水のために外へ出る必要を大きく減らせる。


『井戸を掘れないかな』


健一が口にすると、住民の一人が顔を上げた。


『できるかもしれない』


皆の視線が集まる。

その男性はパンデミック前まで建設会社で働いていたという。


『俺、地中調査のボーリング車を扱ってたんだ。会社まで行ければ車が残ってると思う』


達也が聞き返す。


『ボーリング車って、地面掘るやつ?』


『そう。地盤調査とかで使うやつだ。水脈を探して掘ることもできる』


健一はすぐに興味を示した。


『研究所の敷地で地下水が見つかれば、井戸にできる?』


『場所次第だけどな。掘ってみないことには分からない。ただ、車さえ持って来られれば試せる』


研究所の外へ水を取りに行き続けるより、敷地内に水源を持つ方が圧倒的に安全だった。

問題は、そのボーリング車がある建設会社まで行き、無事に持ち帰れるかどうかだ。


今の街では走る感染者が増えている。

停電後は建物の内部も暗くなり、探索そのものが以前より危険になっていた。

それでも水は、生きていく限り必要になる。


健一は住民の男性を見る。


『明日、案内してもらえますか?』


『ああ。道も会社の中も分かる』


『じゃあ朝から行こう』


権蔵となおみ、美樹、達也も反対しなかった。

次の任務は決まった。

建設会社へ行き、ボーリング車を確保する。

そして研究所の敷地内に、自分たちの水源を作る。





食事を終える頃には、翌朝の出発に備えて必要な装備や車両についても大まかに決められていた。

食後、美樹は嵯峨を連れて研究所の敷地へ出た。


自衛隊員たちは交代で警備を続けており、金網フェンス沿いにも見張りが置かれている。

昼間には感染者が金網フェンスへ張りつき、何度も押し倒そうとしていた。

今のところ金網フェンスは無事だったが、美樹はそれ以来、外周の様子を以前より気にするようになっていた。


『嵯峨、行こ』


嵯峨と一緒に金網フェンス沿いをゆっくり歩く。

夜の向こうには人工の明かりがほとんどない。

研究所の照明も外へ漏れすぎないよう抑えられているため、金網フェンスの先へ行くほど暗闇が濃くなる。


美樹はフラッシュライトを必要な時だけ使いながら歩いた。

嵯峨はいつものように周囲の匂いを嗅ぎ、ときどき美樹より少し前へ出る。


その途中だった。

嵯峨が突然足を止めた。

美樹も数歩進んだところで気づき、振り返る。

それまでゆっくり動いていた尻尾が完全に止まっている。

嵯峨は身体を低くし、金網フェンスの向こうへ鼻先を向けたまま動かなかった。


吠えない。

唸りもしない。

ただ一点だけを見つめている。


『……嵯峨?』


美樹はすぐに同じ方向へ視線を向けた。

暗くて何も見えない。

美樹はフラッシュライトを向けた。

光の中に、充血した顔が浮かび上がる。


『いた……』


位置を確認すると、空気銃を構えた。

嵯峨が見つめている方向と感染者の位置は一致している。

金網フェンスまで来られる前に狙いを定め、引き金を引いた。

小さな発射音のあと、感染者が倒れる。


美樹はすぐには銃を下ろさず、その周辺に別の動きがないか確認した。

嵯峨もまだ同じ方向を見ている。

少し待つと、ようやく身体の緊張が解け、尻尾が動き始めた。

美樹は嵯峨の頭へ手を置いた。


『……分かってたの?』


当然、返事はない。

それでも今の反応は偶然とは思えなかった。

嵯峨は美樹より先に、暗闇の向こうにいた感染者へ気づいていた。


視覚なのか。

匂いなのか。

音なのか。

何で判断したのかは分からない。

美樹はそのことを覚えておくことにした。

これから先、嵯峨が急に動きを止め、一方向だけを見つめた時は何かいる可能性がある。


『頼りにしてるからね』


嵯峨の頭を撫でると、美樹は再び金網フェンス沿いの巡回を続けた。





◇08月18日 07時台/研究所/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹、元社員の男性


朝食を終える頃には、建設会社へ向かう準備が整っていた。

同行するのは健一、権蔵、達也、なおみ、美樹、それにボーリング車を扱える元社員の男性だった。

目的は戦闘ではない。


会社に残っているはずのボーリング車と、その鍵を確保して研究所まで持ち帰ることだ。

なおみはバイクを使い、先頭で道路の状況を確認する役を担う。

残る五人は八人乗りのバンへ乗り込んだ。


道路には放置車両が増えており、以前通れた道が今も使えるとは限らない。

なおみが前方を偵察し、バンが通れる経路を探しながら進むことになった。

元社員の男性が助手席から地図を確認する。


『会社までは普通ならそんなに掛からない。ただ、この辺は大きい道路が塞がれてる可能性がある』


『無理に最短距離では行きません。通れないなら迂回しましょう』


『それがいい』


外へ出たなおみがバイクのエンジンを始動させる。

続いてバンも動き始めた。


研究所の門が開く。

なおみが先に外へ出て、周囲を確認してから走り出した。

バンもその後ろへ続く。

研究所の敷地内で安定した水を確保するため、六人はボーリング車が残されている建設会社へ向かった。

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