第18話③ボーリング車
◇08月18日 09時台/建設会社/健一、権蔵、達也、なおみ、美樹、元社員の男性
建設会社へ到着すると、なおみが先にバイクを停め、周囲の道路を確認した。
幸い、感染者の姿は見えない。
少し遅れて八人乗りバンも敷地へ入り、健一たちは建物から距離を取った場所で降りる。
元社員の男性は久しぶりに戻った会社を見上げ、入口や駐車場の配置を確かめてから口を開いた。
『ボーリング車は駐車場にある。鍵は建物の中の保管室だ』
『まず鍵を取りに行きましょう』
健一が答え、六人は武器を手に建物へ向かった。
建物へ入る前に、権蔵が全員を見回した。
『わしは後ろを見る。もし後ろから群れが来たら、散弾銃を使う』
『その時は車を諦めて撤退ですね』
『そうじゃ。囲まれてまで取りに行くもんじゃない』
停電した社内は暗かったが、入口から差し込む朝の光で手前の廊下までは見える。
元社員を先頭にはせず、建物の構造を教えてもらいながら健一たちが周囲を確認して進んだ。
ほどなくして、廊下の先から足音が聞こえた。
『来るぞ』
権蔵が声を落とす。
角から現れた感染者は一体だけではなかった。
数体が健一たちへ気づくと、そのうちの一体がすぐに走り出す。
健一は元社員を後方へ下がらせ、なおみと並んで前へ出た。
狭い廊下では大きく横へ広がれない。
前から来る感染者を一体ずつ受け止めるしかなかったが、数は多くない。
最初の一体が距離を詰めてきたところで、健一は薪割り斧を振るう。
感染者の勢いを止めた隙に、なおみが横から踏み込み、続いてきた個体を刀で仕留めた。
元社員も工具を手にしていた。
三体目がなおみの側へ回り込もうとした瞬間、男性が前へ出て工具を叩きつける。
感染者の進路がずれたところへ健一が追撃し、動きを止めた。
残っていた感染者も三人で連携して倒す。
美樹と権蔵は銃を構えていたものの、狭い廊下で仲間の背中が射線へ入るため発砲しなかった。
達也も後方から周囲を見ながら、別方向から感染者が来ないか確認している。
最後の一体が動かなくなると、健一はすぐに奥へ視線を移した。
『他は?』
達也が少し進んで廊下の先を覗く。
『今のところ見えない』
元社員も頷いた。
『保管室はこの先だ。突き当たりを右』
六人は再び進み始めた。
会社の中には机や棚が残され、床には地震の時に落ちた書類や備品が散乱している。
元社員は足元を確認しながら道を案内した。
『この奥だ』
突き当たりを右へ曲がると、廊下の先に保管室の扉が見えた。
健一たちは一度立ち止まり、周囲に感染者がいないことを確認する。
元社員がドアノブへ手を掛けた。
『ここに鍵があるはずだ』
扉を開ける。
その瞬間だった。
けたたましい警報音が、建物中へ響き渡った。
『うわっ!?』
全員が反射的に周囲を見る。
停電していると思っていた建物の中で、アラームだけが鳴り続けている。
元社員が驚いた顔で天井を見上げた。
『くそ! 予備電源が生きてたか! 警備設備が反応しちまった!』
『まずい!』
健一はすぐに廊下の奥へ視線を向けた。
すでに複数の足音が聞こえている。
先ほどまで静かだった建物の各所から、警報音に引き寄せられた感染者が動き始めていた。
走る音。
棚へぶつかる音。
どこかで何かが倒れる音まで混じる。
達也が叫ぶ。
『鍵取ったらすぐ出るぞ!』
元社員は保管室へ入り、壁に掛けられた鍵の中から目的のものを探す。
『どれだ……どれだ……あった! これだ!』
ボーリング車の鍵を掴む。
健一は入口方向を見る。
『戻るぞ!』
六人は来た廊下を走り始めた。
警報音が建物中へ響き続けている。
もう銃声を気にする意味はない。
権蔵も後方警戒を切り上げ、前へ出る。
警報に反応した感染者は一方向からだけ来ているわけではなかった。
開いている部屋や横の通路からも次々と姿を現し、退路へ入り込もうとしている。
健一となおみ、権蔵が先頭で進路を確保し、元社員をその後ろへ置く。
後方に達也と美樹が続いた。
美樹は空気銃を構えながら走っていたが、狭い廊下では前の仲間が射線を塞ぐため、簡単には撃てない。
感染者が横から飛び出した時だけ、十分な距離と射線が取れる瞬間を選んで発砲した。
止まらない警報音が建物の外から感染者を集め続けた。
出口へ近づくほど、外のうめき声まで大きくなっていく。
『もうすぐ外だ!』
出口が見え、健一、なおみ、権蔵の三人が先に建物を抜けた。
三人は外に集まり始めていた感染者へ向かい、退路を確保する。
元社員がその後へ続く。
美樹と達也も出口へ向かった。
その途中だった。
横の部屋から飛び出した感染者の手が、美樹の髪へ絡みついた。
『っ!』
強く引かれ、美樹の身体が後ろへ崩れた。
空気銃を抱えたまま床へ押し倒される。
強く床へ叩きつけられ、肘と膝に鋭い痛みが走った。
『美樹!』
達也が振り返る。
美樹はすぐに起き上がろうとしたが、髪を掴んだ感染者が背後から覆いかぶさるように迫り、その向こうからも数体が集まってくる。
逃げ道が一瞬で狭まった。
美樹は腕で顔と首を守りながら、必死に身体を捩る。
感染者の手が肩へ掛かり、別の個体もすぐそこまで来ていた。
《無理……》
数が多すぎる。
一体を振りほどいても、次が来る。
美樹の頭に、『ここで死ぬ』という考えがはっきり浮かんだ。
その直後。
横からバールが振り抜かれ、最も近かった感染者の頭部へ叩き込まれた。
振り抜いた勢いで、達也の左耳の傷に鋭い痛みが走る。
一瞬顔をしかめたが、止まっている暇はなかった。
『美樹! 掴まれ!』
達也だった。
倒れた感染者と入れ替わるように前へ出ると、もう一体をバールで牽制しながら、美樹の腕を掴む。
『立て!』
美樹は達也の力を借りて身体を起こした。
だが背後からさらに感染者が来る。
達也は美樹を自分の側へ引き寄せ、そのまま出口へ向かって走った。
『急げ!』
二人は元社員の後を追って建物の外へ飛び出した。
外もすでに感染者で埋まり始めていた。
警報音を聞きつけた個体が敷地の入口や道路から流れ込み、駐車場へ次々と集まっている。
先に外へ出ていた健一たちは、そこに残って退路を確保していた。
なおみはバイクへ跨がり、エンジンを掛ける。
『美樹! こっちや!』
美樹が走る先へ感染者が入り込もうとした。
なおみは迷わずアクセルを開け、バイクを前へ出す。
感染者の身体へ車体をぶつけて進路から跳ね飛ばし、そのまま美樹のそばへ停車した。
『乗って!』
『うん!』
美樹はすぐに後ろへ跨がる。
達也と元社員はバイクの後ろを追い、駐車場に停められているボーリング車へ向かった。
『あれだ!』
元社員が指す。
駐車場には大型のボーリング車が残されていた。
二人は感染者を避けながら車へ辿り着き、運転席と助手席へ飛び込む。
元社員が先ほど取ってきた鍵を差し込んだ。
『頼む……掛かれ!』
セルが回る。
一度目では掛からない。
周囲では感染者が車体へ近づいている。
達也が窓の外を見る。
『早くしろ!』
もう一度。
エンジンが大きく唸り、ようやく始動した。
『掛かった!』
元社員はすぐにギアを入れる。
一方、健一と権蔵もバンへ戻り、なおみのバイクとボーリング車が動き出すのを確認した。
敷地内には、もう数え切れないほどの感染者が入り込んでいる。
道路の向こうからも群れが押し寄せていた。
健一はハンドルを切り、感染者の少ない方向へバンを向ける。
なおみのバイクが先頭へ出て、美樹を乗せたまま退路を探す。
その後ろへボーリング車、さらにバンが続いた。
建設会社の周囲には、警報音に引き寄せられた何百体もの感染者が集まり始めていた。
六人はその中心から離れるように速度を上げ、建設会社を後にした。
■唯のサバイバルメモ
・今日のテーマ:停電しても警報は鳴る?
皆さんこんにちは。唯です。
今回のお題は『停電と警報装置』についてです。
建物が停電していても、
警報装置まで全部止まっているとは限りません。
火災報知設備や防犯設備の中には、
停電すると予備のバッテリーへ切り替わるものがあります。
さらに、最初から電池だけで動く防犯センサーもあります。
電池だけで数年間動くものまであるそうです。
つまり、《真っ暗だし、電気も止まってるから大丈夫!》と思ってドアを開けたら――
ウーーーーー!!!
……なんてこともあるわけですね。
感染者が音に集まる世界では、
かなり嫌なサプライズです。
では今日はここまで。
またね。




